第208話 盲目の少女
つまり、目の前にいる少女は、目が見えていないのに、色だけは見える――と言っているのだ。
「もしかして、君には俺を包んでいる色が分かるのかい?」
昔、ミラが俺の色を紫色だと言った事を思い出した。目の前にいる盲目の少女が見えているのも同じ色だったら……。
「いえ、分かるというより……見えるんです」
「見える? その、もしかして俺の色って紫だったりする?」
「はい! その色は紫って言うそうです!」
俺が言い当てた事で、彼女のテンションが上がった。
「その色って、どうやって……」
「この色ですよね?」
そう言って彼女は、沢山の花が入った容器からラベンダーに似た花を取り出した。
確かに彼女が俺に見繕った花束には、紫系の花が多い。
「この花が見えるのかい?」
「形は見えませんが、色だけが見えるのです。あ、でも触れば形も分かります」
色で花の位置を捉え、触れて形を確かめている。それで、あたかも見えているかのように手際よく選べたのか。
しかし、分からないのはなぜ目が見えないのに色が見えるのかって事なんだよな。
「君は目を瞑っていても色が見えたりする?」
「それが、目を瞑ると色も見えなくなるんです」
これはもう、ミラの世界に入ってきている。彼女だったら何か分かるはずだ。
「ねえ君、実は俺の友達にも色が見えるという人がいるんだけど、これから一緒に会いに行かないか? 実は、俺の体の周りに紫色が見えるって言ったのも彼女なんだ」
「本当ですか? あ、でも……私は今、仕事中でして……」
「大丈夫、花屋は何とかするから」
仕事熱心なのはとてもいいことだ。しかし、ここは何とか彼女に仕事を抜けてもらって、色が見えるという不思議を解明したい。
「おーい、ベンノ?」
「はい、ここにおります」
仕事人のように音も無く傍に来ていたベンノが、冷静沈着な声で答えた。
「うおっと、そこに居たのか」
「ぷふ、お店のオーナーさんですね。という事は、あなたはお店の経営者さんですか?」
「まあ、そんなところだ。俺はアルフレッドという。仕事のことなら心配しなくていい」
あの店の経営者ということになってしまったが、構わないだろう。
「はい。オーナーさん、いいですか?」
「ああ、商会長に連れて行ってもらいなさい」
ベンノは機転を利かせ、俺を経営者ではなく商会長ということにした。
「分かりました。あの、私はエバと申します。宜しくお願いします」
俺は少女に選んでもらった花束を抱え、エバの手を引いてミラのいる宿泊所へと向かった。
「ベンノ、花代は俺の商業ギルドカードから引いてくれ」
「分かりました。そんな事は気にしなくていいですよ」
「でも、彼女がせっかく選んでくれたんだから対価は払わないとな」
「分かりやした」
いくら商会長という立場でも、代金を払わなければ彼女は嫌がるような気がする。
「やっぱり、いい人ですね。商会長さんは」
「やっぱりって、どういう事?」
彼女は最初から、俺をいい人だと見抜いていたということだろうか。それとも声色とか言葉遣い……いや、それは無いな。
「そういえば俺が近づいて行った時、他の人には声を掛けなかった君が『お花を買いませんか?』みたいに俺に話しかけてきたよね? それって、俺の見た目が紫色だったからなのか?」
「いえ、実は私、その人がいい人か悪い人か大体わかるんです」
「ほら、やっぱりミラと一緒だ」
ミラも、赤外線でしか見えなかったが善悪判定の魔法陣を背中に出していた。こっそりとMR装置のフィルタを赤外線の波長に合わせてみる。
「そのミラって人が、私と同じ色が見える人ですね?」
「そうそう」
しかし、魔法陣は彼女の背後には浮かんでいない。
「いい人とか、悪い人とかって、意識して見ようとしているの?」
「いえ、目を開けている時にはいつも感じます。何となくですけど」
いつもそれが見えているってことは、どこかに魔法陣が浮かび上がっているはずだ。もしかして赤外線の波長が合っていないのだろうか。ミラとはちょっと違う方法で見えているのか?
そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にかみんなが待っている宿泊所に辿り着いていた。
丁度、ミラが1階にある食堂のカウンターで、果物のジュースらしきものを飲んでいた。その傍にはメグもいるし、リアンもいる。
「アル、遅かったのじゃー」
「ああ、やっぱり連れてきましたわね」
「うん、連れて来た」
うん? 彼女たちはこの娘を連れてくることが分かっていたのか?
「今日は朝から、いやな予感がしていたのですわ。それも、こんなに若い娘の方と手を繋いで来るんですもの」
「アルは節操がない」
何言ってるの? 二人とも。
「あの、メグさん? いやな予感ってどんな予感ですか?」
「あら、開き直っていますわね」
「エミーを呼ぶ?」
何でエミー? エミーはもう臨月に近いんだぞ?
「ちょっと待った! エミーを呼ぶって……君たち何か勘違いをしてないか?」
「ははは、アルが新しい彼女を連れて帰ってくるんじゃないかって、そんな予感がするってメグが言っておったのじゃー」
「だから、ここで待ち伏せしてた」
新しい彼女? 何それ?
「いやいやいやいや、彼女なんか連れてきませんって!」
「じゃあ、その娘は何なのですか?」
「勿論、彼女でもないし、そんな気持ちで連れて来た訳ではないんだ。この子は目が見えないから手を握ってここまで歩いてきただけで、そうそう、この子をミラに会わせたかったんだよね」
そうだった。彼女をここに連れて来た、本来の目的を忘れそうになっていたじゃないか。
「その娘、目が見えないのですか?」
「それにしては、ちゃんと私たちを見てる」
「目が見えないようには感じないですわよ?」
君たちからはある程度離れているので分からないだろうけど、近くだったら微妙に目線がズレるから分かるんだぞ。
「いや、確かに彼女は目が見えない。でもね、人が固有に持ってる色が見えるらしいんだ。そう、ミラみたいにね」
メグとミラは互いに目を合わせて何かを確認し合っている。もしかして念話で話しているのか? 俺だってまだ出来ないんだぞ。
「あなた、お名前は何と言いますの? 私はそこのアルさんの二人目の妻でマーガレットと言いますのよ」
「わ、私はエバといいます」
「ミラさんの色はアルさんも知らないでしょう?」
「私はミラ、私の色を当ててみて」
メグの色は赤だったはずだ。それで、俺が知らないミラの色を当てさせようと考えたのか。
確かに今まで、ミラの色を教えてもらった事はないな。
「ミラさんの色は黄色です」
「当たり」
ミラの色って、黄色だったのか。
「本当みたいですわね」
「この子は?」
「えっと……赤……ですか?」
「さすが。私には見えない」
フィンリアンは赤龍だから赤なのか? しかし、ミラが見えないってなぜ?
「眩しい白の中に、微かに赤色が見えます。でもこの子どもさんは普通の人とは何か違います」
「わらわが赤龍だからなのじゃ。人間族ではないのじゃー」
「……」
エバは俺の手をギュッと強く握り、そのまま動かなくなってしまった。
「エバさん、心配しなくてもいいのですわ。龍族と言っても今は人化して子供の姿になっていますし、龍に戻っても人に危害を与えるようなことはなさらないのですわよ」
驚いたら火を吹くけどな。
「だから、大丈夫だよエバ」
「は、はい」
メグが、フィンリアンには危険が無いのですよと、優しく諭してくれたのでやっと手を離してくれた。
「そしてなミラ、この娘も人の善悪判定が出来るようなんだ」
「あたしと一緒?」
「ただ、ちょっと違うかな。ミラが判断している方法とは何か違う気がするんだ」
ミラの場合は、頭の後ろに肉眼では見えない魔法陣が現れていたけれど、この娘にはその魔法陣が発生していない。
すると、ミラはトコトコとエバの前まで歩いて来た。そして爪先立って彼女の顔を覗き込んでいる。
「あ、あの……」
「魔眼」
ミラはそう言って俺を見上げた。




