第207話 ヴァイレンの拠点
ランヴェルド王国はエルドリア王国の東、ベルセルク王国の北に位置している。
セプトリア海の北西側には、まるで大地をえぐったような長い入り江がある。首都ヴァイレンは、その広大な入り江の最奥部に築かれた湾岸都市である。
王国への書簡の配達は、俺たち月盟の絆がその任を受けている。
だから今回も呼ばれるのは全員だと思っていたのだが、実際に呼ばれたのはパーティリーダーの俺だけだった。どうやらここの王様は、大勢との謁見を好まないらしい。
ひとりでは行かせられないとメグはかなり反対したが、服の内側に仕込んでいる魔道バッグからは、いつでも武器が取り出せる状態なので心配いらないと説き伏せた。しかし、心配するあまりか、「憂慮しているのは身の安全ではないのですが」と意味の分からないことを言っていた。
ランヴェルド王国の王はアルギルダス・ヴィリョーナス陛下という比較的若い国王だったが、その眼差しには老獪な政治家の光が宿っている。北の三国の中では一番若い王で、年のころは三十代半ばといったところか。
国王としての経験が浅いこともあり、多くの冒険者を相手に形式的な応対をするのは気が進まなかったらしい。
スロヴィンスキ陛下からの書簡には、エルドリア国王からも提案されていた三国の同盟関係と、これら国家間での農産物や工業製品の貿易拡大について書かれていたようだ。
「それはこの国にとって大いな利益につながる話だと思われる。ご存じのように我が国では、広大で肥沃な土地を生かした農作物が多く採れる。これまでは国内での需要が頭打ちなので生産を増やせなかったが、もしこの計画が実行に移れば生産量を増やして外貨を稼ぐことが可能になるだろう」
内需だけでなく、外需を拡大させることで国が豊かになる。そう言ってヴィリョーナス陛下は他の二国の意見に賛同した。提案を承諾し、その旨返事を送るという。
返書を俺に託すという話にならなかったのは、正直助かった。この国とは、まだ十分な信頼関係を築けていないということだ。
思ったより早く王宮から解放された俺は、この国にある諜報拠点の場所を聞くためにベンノに連絡を取ってみた。すると、なんと――ちょうど今、彼はヴァイレンの拠点にいて、魔道転移ドアを設置中なのだという。
俺たちがベルセルク国王からの書簡を預かり、王都フォルステンを発ってからここヴァイレンにたどり着いたのがわずか半月だった。
その間にベンノもフォルステンから陸路を進み、王都ヴァイレンまで移動してきたのだそうだ。相変わらず人間離れしている……もしかして、獣耳を隠している獣人族なのか?
「なあベンノ、ここは花屋さんなのか?」
「まあ、そうですね」
ベンノが諜報拠点として立ち上げた花屋に来ている。
「フォルステンにあるような、アンテナショップではないんだな」
「アンテナ……?」
この国の言葉と日本語を混同していた。この世界にはアンテナショップという単語は無い。フォルステンの諜報活動拠点となっていた商店は、アンテナショップばりにアルセリアの産物が並べてあったはずだ。
「アルセリアの特産品を売るような店の事だよ」
「ああ、特産品ですか。まだ沢山は置いておりません、今は奥の方に少しあるだけです」
アルセリアからの輸送に時間がかかるから、大量には仕入れられないとのことだ。
魔道転移ドアが稼働して活発に行き来が出来るようになれば、この店もアルセリア王国の特産品を扱う店としてもう少し繁盛するのではないだろうか。
「主様、この店は利益を上げることが第一の目的ではありませんので、普通にある店らしくカモフラージュされていればいいのですよ」
「そうだったな」
店を出したのだからと採算を上げる方法を考えてしまっていたが、この店は我が国の諜報部門の拠点なのだった。
「ここの転移ドアの設置は、俺の担当だったはずだけど」
「そうですが……主様は他の業務で忙しそうなので、可能な限り俺が設置して回ります」
確かに、冒険者ギルドの依頼を受けながらでは、魔道転移ドアの設置がままならない。
「分かった、そうしてもらうと助かる。で、ここも設置場所はやはり二階なのか?」
「地下はどうかという話もあったのですが、リスクもあるのでやはり2階にしました」
海や川が近いから、浸水のリスクもあるのだろう。
「分かった。では、早速設置状況を確認しよう」
転移ドアには転移可能な人間を登録する必要がある。今日は王都ヴァイレン市街で皆と食事会をする約束があるので、早く済ませたいところだ。俺は、転移ドアの設定を慣れた手つきで進めていった。
「ところで、この花は売っているのか?」
「ええ、ちゃんと売っていますよ」
「全部、店頭販売なのか?」
「店頭販売の他にも、注文による配達とか式場への飾りつけも請けますね」
花束の配達業務や結婚式場の飾りつけなど、販売形態は多岐にわたっているようだ。
「あ、それと街頭販売もやっとるんですわ」
「街頭販売って?」
「いわゆる引き売りってやつですな。押し車にある程度の花を入れて、街中を回って花を売る娘がいるんです」
お、それは珍しいな。
「それがね、主様。その子は目が見えないんですわ」
「目が見えないって、どうやって売ってるんだ? 付き添いがいるのか?」
「いえいえ、それが全部一人でやってるんですよ。不思議でしょ?」
「一人で? 花を? 色の見分けは? お金は?」
俺はその“盲目の花売り娘”と言われている娘に、なぜか興味を惹かれてしまった。
「その娘って、今もどこかで販売とかしてるの?」
「はい、今日も公園の片隅で売ってると思いますがね」
「連れてって」
「いいですよ」
盲目の娘がどうやって花を売っているのか、どうしても一度見たくなってしまったのだ。
「あれですよ」
「ふむ、手際がいいな」
「でしょ?」
だから不思議なんですよとベンノは言うが、全くその通りだ。実は見えているのに何らかの理由でそれを偽っているのではないかと疑ってしまう。
「不思議だな。実は見えているんじゃないか?」
「いえいえ、嘘をついていないことは確認済みです。それに、花を選ぶのも彼女がやってるんですわ」
「ほお……」
「ちょっと、主様!」
俺は無意識に彼女の方に歩いて行った。俺の中の何かが、引き寄せられているのだ。
「……」
「あっ! そこのお兄さん、お花は如何ですか?」
「な、何で俺がここにいる事が分かったんだ?」
彼女の目の焦点は俺の視線と合っていない。微妙にずれている。
「何となく分かります」
見えていなくても、気配を感じるという事なのだろうか。
「奥様にお花は如何ですか?」
「えっと、そんな歳に感じるのかな?」
「いえ、お兄さんはお若いです。でも奥様がいらっしゃることは分かります」
「何で?」
「何でと言われましても……何となくです」
うん? 何となくなのに疑いもなく「奥様に」って言ってたじゃないか? まあ、そこは後回しでいいか。
「じゃあ、妻に花を持って帰りたいから見繕ってくれるか?」
「はい! 喜んで!」
彼女はパッと顔を明るくして鼻歌交じりに花を選び始めた。好みは聞かなくてもいいのかなと思ったが、俺はメグの好みを聞いたことが無かった。ダメダメ夫だ。
しかし、彼女はいろいろな種類の花の中からいとも簡単に、そして手際よく、メグに似合いそうな花を手にしていった。
「お兄さんの奥さんには、こんな感じがいいと思いますよ?」
「おお、そう……だな。妻にはあんまり好みを聞いたことが無かったけど、それでいいと思う。でも、何で俺に妻がいて、その妻がこの色の花を好むと思ったんだ?」
俺の妻は二人いるんだぞって言いそうになったが、この娘に言っても引かれるだけだ。しかし今は、彼女が何で好みの花の色を探し出せたのかという理由が気になって仕方がない。
「それはですね、1つは香水です。お兄さんに微かに漂っている香水の匂いが、奥さんの付けている匂いだと分かります。そしてお兄さんの色が、奥さんの好みの色を示しています」
なに? 彼女は今、俺の色って言わなかったか?




