第203話 海上の移動
次の日の朝早く。空を見上げると、あいにくの曇り空だった。
昨日からずっと、この国の諜報員らしき者に監視されていたが、魔道レーダーを利用してうまく追跡を振り切った。そして、人のいない場所で、普通のバッグから特大バッグを取り出すと、さらにその特大バッグからサンドモービルを引っ張り出した。
お決まりのごとく銀月の誓盟の皆は固まってしまったが、それでも強制的に彼らを乗せ、俺は舵を握りゆっくりと上昇させた。
「すっ、すげーな、これ!」
銀月の誓盟のメンバーたちは、場数を踏んだ冒険者だけあって高さには恐怖しなかった。
「皆さんは、こんな高い場所でも怖くないんですね」
「この位、怖くないさ」
爪の垢を煎じて、ジムに飲ませたいものだ。
「しかし、ずっと海だよな」
「景色の変化が……ないわね」
フォルステンからオルデミアまでは、そのほとんどが海の上の移動だ。
出発して1時間ほどは陸の上を飛んでいたが、今は変化のない海の上である。「海の上だと退屈で眠くなるのじゃ」というフィンリアンの言葉がよく理解できた。
「ずっと海だもんな」
「あれは何だ?」
さすが斥候職だ、目のいいフェルが10時方向に浮かぶ二つの点を指さした。
「あれって、飛んでいるよね?」
「ワイバーンじゃね?!」
確かにワイバーンのように見える。赤龍の飛び方と違い、彼らの飛び方は上下に揺れるのだ。
「どうする? 戦うか?」
「いや、迂回してやり過ごそう」
別に悪さをしている訳ではなさそうだし、討伐依頼を受けている訳でもないのだ。
「このまま右に旋回して、気付かれないようにしますね」
触らぬ神に祟りなしだ。
そう思って舵をきっていたが、2匹のワイバーンは急に方向を変えた。
「あれ、こっちに気付いたんじゃねえか?」
「うーん、そうかもしれない」
大きく右側に回って追い越そうと考えていたのだが……さすがにワイバーンも目がいいらしい。晴れた日なら太陽光に隠れて気付かなかったかもしれないのにな。
「飛ぶスピードは同じくらいなのか?」
「ワイバーンのスピードは、時速80から120キタールと言われていますわ」
定員オーバーのせいで、時速100kmほどしか出ていない。これでは振り切れないじゃないか!
「この乗り物は、もっとスピードを出せないのかよ?」
「定員オーバーだから、これが精いっぱいなんだよ」
「では、追いつかれますわね」
「仕方ねーな、迎撃するか」
全員が戦闘態勢に入ろうとしたとき、俺の膝の上で眠っていたフィンリアンが、よだれを垂らしながら目を覚ました。
「何りゃ?」
「ごめんなリアン、ワイバーンが近づいて来てるんだよ」
「ワイバーンじゃと? わらわが居るというのに?」
確かに、ワイバーンより赤龍の方が格は上だ。体の大きさだって数倍の差がある。
「リアンは今人化状態だから、お前が龍だってことに向こうは気付いてないんじゃないか?」
2匹のワイバーンは、初めて見る飛行体を不思議そうに見ていたが、50mほどまで近づくと人間が何人も乗っていることに気付いて咆哮をあげた。
「ギャアア!」
「あれで威嚇しておるつもりかのう」
フィンリアンからしてみれば、赤ちゃんの泣き声のように聞こえるのかもしれないが、俺たち人間からすれば体長が10mもある魔物が並走しているのだ。あまり気持ちがいいものではない。
「ミラ!」
「うん、分かってる」
1匹のワイバーンが更に近づいて来たかと思えば、いきなりこちらに向かって火を吹いた。
「ウインドシールド」
時速100kmで移動しながらも、風にあまり流されずに灼熱の炎がこちらに向かってきた。しかし、ミラの展開したシールドに跳ね返される。
「ギャギャギャー」
「やれやれ、こ奴らにはお仕置きをせねばならんのじゃー」
完全に目が覚めたらしいフィンリアンは、後ろの荷台に立って恨めしそうにワイバーンを睨んでいる。安眠を妨害されて癇に障ったのではないだろうか。
ふっと飛び上がったかと思えば、リアンの体がまばゆく光った。龍化を始めたのである。
「あっ、リアンちゃん!」
(あーあ、服がまた1着だめになった)
「うおーっ!」
「すげー!!」
「……」
銀月の誓盟はフィンリアンが龍になるところを初めて見るのだ。それは驚くだろう。
あんなに小さな幼女が、今は全長30mもある巨大な赤龍に変化したのだから。
「凄いわリアンちゃん、本当に龍だったのね!」
『赤龍だと言っておったじゃろう? さて、わらわの安眠を妨げたワイバーンに罰の時間なのじゃ』
そう言うと、怯えるワイバーンの方を向いて魔力を溜め始めた。2匹のワイバーンは驚愕し、慌てて急旋回して逃げ始めた。
「ギャワワワッ」
『逃げられんのじゃー』
赤龍化したフィンリアンも、ワイバーンを威圧しながら追従する。
「おっと、スピードを落とさないと離れてしまうな」
サンドモービルから離れていくフィンリアンたちを見て、俺はスピードを落としていった。
「すげーな」
「ええ、あの子があんな大きな龍だったなんて」
暫くの間ワイバーンを追い回していたフィンリアンは、大きく口を開けて灼熱の炎をワイバーンに向かって吐き出した。ワイバーンのそれとは比べ物にならない炎の量だ。
「何じゃありゃ!」
「すご!」
炎に飲み込まれた2匹のワイバーンたちは、あっという間に黒焦げになって海に落下していった。もはやワイバーンの形は留めておらず、消し炭の塊だ。
「怖えーな」
「ああ」
俺はあの炎で腕を焼かれたし、危うく死ぬところだったのだ。
しかし、その事実は黙っておく事にする。その時のことを知らないメグもいるし、心配するだろうから。
「あたし達もあの炎で死にかけた」
(おいおい、ミラさんや)
「何ですって? ミラさんたちって、リアンさんのブレスを受けたことがあるんですの?」
「うん」
せっかくメグには黙っていようと思ったのに。
仕方なく、俺はフィンリアンと初めて出会ったキプリア山頂での出来事を皆に話した。
「そんな事があったのですね」
「あんな可愛いリアンちゃんからは想像できないわ」
「だろう? あの龍の姿と人化した状態のリアンとのギャップが半端ないんだよ」
ギャップ萌えという言葉が脳裏に浮かぶが、極端な違いに脳の理解は追い付かないものである。
大きく首を縦に振る四人。だが、戻ってきたフィンリアンはどうやってこのサンドモービルに戻るのだろうか?
「なあリアン、このままオルデミアまでその姿で行くのか?」
『いや、疲れるし皆と一緒が良いのじゃ。そろそろ人化してよいかの?』
そのままの姿で王都オルデミアまで行くと、大騒動になるのは間違いない。それを分かったうえで聞いてみたが、龍の状態で飛び続けるのは嫌なようだ。
「どうやって人化するんだ?」
『アルの真上で人化するから、受け止めて欲しいのじゃ』
なるほど。
「分かった」
(受け損ねて落としたらどうしよう。まあいいか、その時はまた龍になるだろう)
『いくぞ、人化』
眩しい光が赤龍の全身を覆ったかと思えば、その姿は次第に小さくなっていく。
他のみんなは眩しくて目を開けていられない様だが、MR装着の俺には全てが見える。幼女になったフィンリアンがどこに落ちてくるか分からなければ、ちゃんと受け止められないからな。
案の定、人化したフィンリアンは素っ裸のまま俺の頭に抱き着いてきた。
「無事、着地したのじゃー」
「俺は地面じゃないぞ」
俺がフィンリアンを抱え直すと、男どもは微妙に視線をそらしている。俺への不信感が沸かないように、早く身に纏うものを用意してやらなければならないな。
「なあリアン、さっきまで着ていた服はどこ行ったんだ?」
「取り込むのは出来るようになったが、着る所まではできんのじゃ」
そう言って、リアンはお腹の辺りでくしゃくしゃになった服を取り出した。
この前までは龍化した時に服は破れて落ちるか、無くなるかのどちらかだった。しかし今回は、龍化の時に服を亜空間に収納し、人化の時にそれを取り出すところまで出来たようだ。
「おお、だいぶ上達したんじゃないか? 人化の時に服を着られるようになったら完璧じゃん」
「そうなのじゃ」
「もう少しで完璧に出来るかもしれないな、よしよし」
そう言って、リアンの頭を撫でてやる。目を細めて嬉しそうだ。
羨ましそうな表情で唇をかむセラさんの視線が気になったが、そこはスルーしておいた。




