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第202話 密勅依頼

 直売店の建物を一通り見た俺とメグは、夕方までの時間を王都の街並みを散策して過ごした。

 尾行をしてきた不審人物を、俺はてっきりフィンラーデン帝国の間諜だと思っていたが、調べてくれたベンノが「主様、あれはベルセルク王国の諜報員ですぜ」と俺の勘違いを訂正してくれた。

 謁見の間での俺の発言がもとで、この国の王が俺たちの行動の調査を指示したのではないかとのこと。


「フィンラーデン帝国の間者じゃなくて良かったね」

「ベルセルク国王は、気づいていたのかもしれませんわね、アルさんがただの冒険者ではないことに」


 疑いを持っているのは確かだ。俺たちの行動調査を指示して不思議ではない。

 そうと分かれば、襲われる心配はない。だからこうして、メグとデートができるというものだ。


 メグは、嫁いで来てからは王宮の外に出ることはなかった。実質的に、これが初めてのデートである。


「メグとこうやってゆっくり過ごすのは初めてだったね」

「ええ、そうですわね、とても幸せですわ」


 眩いばかりの笑顔でそう答えてくれる。


「王女殿下時代にこうやって他所の国を旅した事はあるの?」

「ありませんわねぇ。バーン帝国やカルトール公国は国交がありませんでしたから」


 王族が国境を跨ぐことはできなかったし、海を越えてこの大陸を旅することも考えられなかったという。


「そうだろうね。そう考えると、今こうやって大陸を一緒に旅してるのって不思議なことだよね」

「ええ。アルさんがいてくれて、私の願いがいくつも叶っておりますのよ」


 バーン帝国もグランデールの統治下となって国境がなくなった。カルトール公国も今ではアルセリア王国に復帰し、自分が嫁いで暮らす土地へと変化した。

 そして今まさに、嫁いだ先の国王と一緒に大陸を旅している。

 最近起こった急激な運命の変化も、全てメグの希望を俺が叶えてくれている結果だと彼女は言う。


「だから今は、とても幸せですのよ。この幸せがいつまでも続きますようにって、毎朝祈ってますの」


 俺がメグを第2夫人として迎える決心をするまで、メグは霧の中で過ごすような不安な毎日を送っていた。

 その苦しみを乗り越えたからこそ、「今が幸せだ」と心から言えるのだと思う。俺だけの力ではなくて、メグが本来持っている直向きな忍耐力で勝ち取った幸せと言えるだろう。

 くるくるとカールした自分の大切な髪を切ってまで、冒険者として俺に付いてきた決心も、メグの心の強さを物語っている。


「それはメグが頑張り屋さんだから叶った幸せだよ。髪まで切って俺に付いて来てくれてありがとう。その髪型もチャーミングで似合っているよ」


 目の前を流れている大きな川は、その大量の水を緩やかに運んでいる。はるか東方にそびえ、南北に連なっているアルバリオン山脈の大量の雪解け水だ。


 「まあ! アルさん……」


 水面に浮かぶ小舟を見ていたメグは、一度俺の方を見上げると左腕をぎゅっと握りしめてきた。そして俺の肩に頭を寄せる。


「なあメグ、前に俺の秘密を後で教えるって言ったことがあったよね」

「アルさんは魔眼持ちだって、ミラさんが言った時ですわね」


 さすが、メグは記憶力がいい。


「そう、あの時は周りにいろんな人がいたんで話せなかったんだ。俺の本当の秘密は……」

「実は、エミーさんから聞いておりますのよ。アルさんの秘密」


 何だって?! 一念発起して切り出したのに……まさか、エミーから既に聞いていたとは……。


「でも、アルさんはアルさんですわ。その、遠い国の方の記憶も含めたアルさんを、私はお慕いしているのですから」


 泣けることを言ってくれる。

 俺は何も言えず、ただメグを抱きしめた。



 フォルステンの宿屋に戻ると、ミラとリアンは部屋に戻っていた。

 どうやらミラの顔を見ると、残念ながら浮遊魔法は発現できなかったようだ。古代魔法だから難しいはずなのである。


 表情の変化にも乏しいミラではあるが、微妙な表情の変化で落ち込んでいるのが分かる。


「また練習しような」

「うん」


 それだけで十分。こちらの気遣いを酌んでくれるのが、ミラの賢いところだ。


     ◇


 次の日の朝、俺は宿泊所の一室に設置した魔道転移ドアを回収しながら、三人に話しかけた。


「今日はまっすぐ冒険者ギルドに行くぞ。銀月の誓盟の皆もそろそろ集まるころだ」

「わらわも行くのじゃー」

「うん、いいぞ」


 今日は冒険者ギルドに、国王からの指名依頼が入っているはずだ。それを俺たち月盟の絆と銀月の誓盟は受け取りに行く事になっている。


 冒険者ギルドに着くと、銀月の誓盟のメンバーは既に到着していた。


「おせーよー! 痛! じゃなくておせーでございます?」


 俺を見るなり文句を言ってくるフェルの足先を、セラさんが踏んでいる。


「大丈夫、無礼討ちとかしないから」

「こわ! その、無礼討ちって何だよ」


 フェルは慌てて言い直したが、言葉尻に敬語を付け加えただけで無礼感はまったく消えていない。しかし、それがかえって心地良かった。

 フェルの大きな声で、カウンターの内側にいたお姉さんが俺たちに気付いて出てきた。


「皆さんお揃いのようですね、ではギルド長室にご案内します」


 ギルド長室に入った俺たちは、向かい合わせの長椅子に着席を促された。テーブルの真ん中には、国王の紋章が刻まれた木箱が置かれている。


「さて、君たちには国王陛下からの指名依頼が出されている」


 ギルド長がテーブルの木箱に視線を移す。


「昨日君たちは国王陛下との謁見の後に、それぞれが指名依頼の打診を受けたかと思う。君、開けてくれ」


 指示された職員のお姉さんは、恭しく箱を開けて2通の依頼書を取り出し、俺とレイサムさんに1通ずつ手渡した。

 確かに昨日、王宮で宰相閣下から打診された内容だ。


「はい、問題ありません」

「問題ありません」

「では、それらにサインをしてくれるか?」


 依頼を受けた証として、2枚の依頼書にサインをするのは特別な依頼の時だけだ。通常の依頼の場合はギルドで作成した依頼票のみだが、このように両者で同じ文書を共有するのは特殊な依頼に限られる。

 形式的には指名依頼の体をなしているが、実際のところは国王からの密勅依頼なのだ。



 無事に国王からの勅書を受けた俺たちは、冒険者ギルドを後にした。そして、食事をしながら今後の事について話し合う。


「アル達も一緒にエルドリア行きの船に乗るんだろ?」


 俺たちへの依頼は一つの依頼で二つの行き先がある。先ずはエルドリア王国へ行ってギルドの海賊討伐の依頼を達成させ、その後ランヴェルド王国へ行き、最後にアルセリア王国へ向かうだろうと考えるのは至極当然のことだ。だが……。


「いや、乗らないよ」

「陸上を行くのかよ?」

「いや、そうでもない」


 ここからエルドリア王国へは海上を船で行く方法と、陸上を馬車で行く二つの方法がある。しかし、その常識は俺たちには通用しない。どちらも時間がかかる行程であり、今の俺たちにはとても無理だ。


「じゃあ、どうするんだよ?」

「あのな……」


 フェルの場合、驚くと店中に聞こえるような大声を出すから「驚いても大声を出すなよ」と皆に耳打ちする。


「空を飛んで行くよ」

「空を飛ぶだあー?……あぶっ!」

「だから声、大きいって」


 こいつの性質は理解していたから、慌てる事は無い。口を押えているフェルの隣から、冷静さを失わないレイサムさんの質問が入る。


「空を飛ぶって……まさか、リアンちゃんに乗っていくのか?」

「いや、そうでもないんです」


 フィンリアンの背中に乗るには人数が多いし、それに彼女が長時間飛べば途中で寝てしまう可能性がある。

 だから、俺が作った空を飛べる魔道具“サンドモービル”に乗って王都オルデミアまで全員で行き、その後に俺たちだけランヴェルド王国に向かう予定だと説明を行った。


「そんなもんまで作ってんのかよ。半端ねえな……お前は。で、オルデミアまではどのくらいの時間で着くんだ?」


 ここフォルステンからオルデミアまで時速100kmで行けば……。


「そうだな、7時間ほどで着くと思うぞ」

「7じかんーーー?!」

「だから、声が大きいって」

「す、すまん」


 今度フェル専用の消音の魔道具を、マジで作ろうか……と、そう思った。

 銀月の誓盟のメンバーは、サンドモービルに乗るのが初めてだ。と言うか、空を飛ぶのも初めてだろう。フェルがどのような顔になるのか、今から楽しみである。


 そんな邪な思いを巡らせている折、空の上で起こる厄介な出来事を想定している余裕など――この時の俺には、まだ無かった。

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