第199話 海賊
海賊船は、甲板上を視認できる距離まで近づくと、動きを緩めた。
こちらから相手の人数が分かるように、相手からもこちらの人数は見えている。海賊たちは、俺たちの戦力を自分たちの十分の一程度と見積もっただろう。
こちらの人数の少なさに、ほとんどの海賊たちは薄汚れた顔でニヤニヤしている。しかし、それを束ねる海賊の長らしい人物は、手を組んだまま首を傾げて怪訝そうな表情を崩さない。
それもそうだろう、こちらの甲板の上は人数が僅かに8人。それも男は4人しかおらず、あとは女が3人……それに幼女が1人という奇妙な構成だ。何か裏があると考えるのは至極当然のことである。
「相手の長もバカじゃねえらしいな」
「小さな女の子が甲板にいるのは、さすがに訝しがるでしょう」
「だいぶ警戒してますね」
普通ならばとうに乗り込んできている頃合いなのに、その命令が出せないでいるのだ。
しかし、睨み合いの均衡を破ったのは海賊の方だった。
褐色に焼けた頬から顎にかけて、真っ黒な髭を蓄えた海賊の長。その男が、こちらを見据えたまま隣の小柄な男に指示を出す。
次の瞬間――いくつものフック付きのロープが、こちらの商船のマストや甲板を目掛けて投げこまれた。
どうやら、接舷して白兵戦に打って出るようだ。女や子供は弓で射って殺すより、人質にするのが得策だと考えたのだろう。
彼らは甲板に投げ込んだロープを少しずつ引っ張りながら船を接舷させてくる。そして、曲刀を手にした男たちが、マストに掛けたロープを使い、猿のような身軽さで俺たちの頭上を滑空してくる。
マズい、後衛が狙われた!
「みんな!」
しかし、俺の叫びは途中で女性三人の簡易詠唱にかき消された。
「スタン」
「スタンですわ」
「スタンなのじゃ」
海賊がロープから手を離そうとした瞬間、三人がスタン魔法を唱えると、彼らは硬直しそのまま鈍い音とともに甲板を転がった。皆一様に目を丸くしたまま硬直している。
「暫くはそのまま動かないから、後続だけ注意して!」
先陣の3人が硬直させられた時には、海賊たちの動きも一瞬止まったが、またすぐに後続の3人が同じようにロープを持って滑空してきた。
「スタン」
「スタンですわ」
「スタンなのじゃー」
スタン魔法は雷属性なので、彼女たちの正面には黄色の魔法陣が現れている。
2回目の奇襲部隊が甲板上で硬直する様を見て、さすがに海賊側には待ったがかかった。
女性三人によるスタン魔法。それも即座の短縮詠唱。そして幼女に見える女の子からの魔法陣の出現。さすがにこの状況は、相手も襲撃の続行を躊躇せざるを得ない。
次の瞬間、海賊は接舷用のロープを切り始めた。
「ミラ、魔道ロッドは持ってる?」
「うん」
「じゃあ、火矢対策を頼む」
「分かった。任せて」
床に寝転がっている6人の海賊たちは、銀月の誓盟のメンバーによってぐるぐる巻きにされた。
海賊船は彼らを見捨てて、少しずつ離れ始めた。正攻法では太刀打ちできないと判断したのだろうが、このまま逃がす訳にもいかない。
俺は皆に宣言をする。
「このまま逃げられて、背後にいる黒幕に報告されては困る。船籍を持たない海賊は、海の藻屑と消えても文句は言えぬであろう。よって、我々は、敵をせん滅せんとする!」
「お、おう?」
フェルは良く分かっていないようだが、すぐ近くで呼応を返した。
携帯型魔道レーダーでは、相手の船にいる全員が赤色判定だ。これまで悪行の限りを尽くした連中なので悪人判定が全員に出ているのだ。
ミラが甲板の右舷側に向かう。俺も魔道ロッドを持ってその後を追う。
「ウインドシールド」
飛んで来るであろう火矢対策として、ミラにはウインドシールドの魔法を構築してもらった。
この魔法は、矢や投擲類を跳ね返す風魔法による物理シールドだ。
案の定、海賊船からは無数の火矢が飛んできた。しかし、我々には痛くも痒くもない。ミラが展開するシールドに阻まれて、次々に海面に落ちてはジュジュッと音をたてて消えてゆく。
そして……。
「バリスタライトニング!」
俺が雷属性の上位魔法であるバリスタライトニングの短縮詠唱を唱えると、『ババババーン』という耳を劈くような轟音と共に、巨大な電撃の渦が海賊船を襲った。そして船体中央から大きな炎の柱が立ち上る。
――帆の骨組みが白く透けて見えるほどの閃光だ。
「おめえ、容赦ねえな……って、そんな珍しい魔法も使えんのかよ……」
「海賊行為は許されない」
ロープを伝わって来た海賊たちは、明らかに後衛の女性たちを目掛けて飛び移って来た。力の弱い者を狙って人質にするのは賊としての定石だが、その行動は俺にとって許しがたい行為なのだ。
「弱いものを盾にするような卑怯な行為を、俺たちは許さない」
「ああ、俺たちもそれに同感だ」
リーダーのレイサムさんも俺に同意してくれた。
上位級の雷魔法を撃ちこまれた海賊船は、木造船であるため帆と船体を燃やしながら徐々に沈んでいる。巨大な雷撃が船底まで走り、大穴を開けてしまったのだろう。
乗組員たちは全て雷魔法で絶命しているためか、火を消そうとする者は誰もいない。このまま海中の魔物の餌となり、藻屑と化すだろう。
先に乗り込んできた6人の海賊たちは、海賊船の最後の姿を目の当たりにして絶句している。
「こいつらはどうすんだ?」
「そうだな、このまま船底の倉庫に監禁して、フォルステンに着いたら冒険者ギルドに引き取ってもらうことになる。生きたままな」
◇
6人の海賊を確保して、脱走を企てないように食事は与えず、水だけを飲ませて一日が経過した。
さすがに海賊をやっているだけあって、まだまだ元気がある。中には抗う者もいたが、既にスタンを一発かまされているのが効いているのだろう。無理に逃げようとする者はいない。
しかし、それでも自害しようとする者が後を絶たず、その度にミラが呼び出された。
生きたまま引き渡すことがとても重要だったので、ミラがハイヒールをかけたり解毒を色々試みたりして、何とか全員を生き残らせることができた。
ただし、目だけは死んだ状態になってきている。これは致し方ないだろう。
それからフォルステン港までの航海は順調に運び、その翌日の朝には港内の船着き場に係留された。
レイサムさんと俺は、一緒に港の近くにあるという冒険者ギルドに出向き、海賊を捕らえた経緯を説明。6人の引き取りを要求した。
「銀月の誓盟、そして月盟の絆よ。この度の働き、誠にご苦労であった。捕らえた海賊については、国王陛下直属の騎士隊に引き渡す事になる。生きたままの確保ということなので、それ相応の報酬を期待されてよいと思うぞ」
冒険者ギルドのギルド長と思しき人物からは、労いの言葉とともに報酬について言及があった。
「ああ、すまない。私は王都フォルステンで冒険者ギルド長をしているローベルトと申す。海賊の引き取りに用いる護送用の馬車を用意するまで、あと一刻ほどの時間がかかる。その間、船に戻り待機していてくれないだろうか?」
「分かりました」
少々時間がかかりそうだから、先に宿を取っておいた方がいいだろう。
「その間に宿の手配などをしてもいいでしょうか?」
「宿については、ギルドからの推薦宿を紹介しておこう」
商船の係留所から6人の海賊に縄を付けてしょっ引くのかと思っていたが、さすがにそれは問題があるらしい。
一般の人には分からないように運ぶようだ。万が一でも途中で問題が起こっては、冒険者ギルドの威厳に関わるのかもしれない。
宿も無事に取れたところで、俺は乗ってきた商船に戻った。まだギルド手配の護送車は来ていないようだから、船室で、これからの事を皆に話しておくことにする。
「捕らえた海賊は、王宮の騎士隊が引き取りに来るらしいけど、その後は宿泊所にて2~3日滞在することになる。今回の仕事はエルドリアとベルセルク両国からの共同依頼となっているので、こちらの国王からも報酬が出るらしい」
「あら、それでしたら謁見の場が設けられそうですわね」
「やっぱりそうなるよね」
報酬を期待していいぞと言われた時に、そういう予感はしたのだ。




