第198話 領海と公海
商船に乗り込んで4日目。穏やかな風を帆に受けたこの船は、ヘルヴァルドという港町を経由した後、フォルステン港を目指している。
オルデミア港からヘルヴァルド港までは海岸線と並行した形だったが、ヘルヴァルド港から目的地のフォルステン港まではセプトリア海を横断することとなる。陸も見えない為か、外洋に出たような雰囲気である。
「リーダー、海賊が出やすい領域ってここから先じゃないか?」
フェルがフラグを口にする。まあ、準備万端だからこの際フラグであっても大歓迎である。
「海賊に遭遇する可能性があるのは、4日目以降になるとギルドでも言っていた。これからはエルドリア王国の領海を離れる事になる。みんなも準備を怠らないようにしておいてくれ」
銀月の誓盟のリーダー、レイサムさんもそう口にする。
このあたりの国々では、沿岸から50kmまでを“領海”と定めている。セプトリア海を横断する形となって2日目、陸の山々も見えなくなるとどの国にも属さない“公海”に出たことが分かる。
海賊はこの無法地帯とも言える公海のどこかで、特定の国の商船だけを狙ってくるらしい。
セプトリア海の中ほどまで来ると、穏やかな晴天が続いた。しかし五日目の午後、周囲に陸影のない外洋で、ついに風が完全に止んでしまった。
「この船には推進を担う風魔法魔術師は何人ほど乗船してるんですか?」
「えっと、けっこう乗ってるぞ。たしか18人じゃなかったかな?」
帆船は風が無いと進めない。
そのために風魔法が得意な魔術師を甲板上の操舵室に乗せて、帆に直接風を送る方法をとっているのである。1日中魔術を使い続けることは出来ないので、3交代で6人が左右の横帆をそれぞれ3人ずつで担当しているらしい。
「その魔術師の中には、子供はいないよね?」
「子供ができる訳ねえだろ」
「だよね」
どうも、アリアナが乗っていたバーン帝国の船を思い出してしまう。
あの軍艦は甲板上に魔術師をそのまま一列に座らせていたが、この船は雨が降っても濡れないように専用の部屋を作ってある。魔術師に優しい配慮だ。
「もっと早く進むようにできないかなあ?」
「アルさん? それを魔術師の方々が聞いてしまわれると、怒られますよ?」
セラさんが勇気を出して、俺を諫めてくれている。
「ごめん、そんな意味で言ったのではないんです」
もちろん、風魔法の魔術師の方々を責めている訳ではない。戦艦ハルナを操舵している感覚と比較すれば、この速度はかなり遅く、商船にも魔道タービンを搭載できないかと考えていたのだ。
「アルは魔道戦艦を作った。この船の10倍以上の速度が出る」
「魔道戦艦?」
ミラはいつもサラッと重要機密を口にする。銀月のメンバーだったら大丈夫だとは思っているのだろうが、俺にしてみればミラが軽はずみで言ってるのではないかと気が気ではない。
「えっとですね。俺がグランデール王国の貴族だった頃に、軍艦を作ったんです。ヒュドラの魔石を搭載させて推進力にする船でね。これが結構スピードが速くて……」
「「「ヒュドラ……」」」
銀月の誓盟の皆さんが久しぶりに、お固まりになった。
「そんなに早い船だったら、わらわも乗ってみたいのじゃ」
「戦艦ハルナは、わたくしが進水式のロープを切りましたの。ですが、わたくしもまだ乗ったことがないんですの」
メグが俺を上目遣いで見てくる。
「そうだったね。あの時は、メグを処女航海に連れて行く事が出来なかったけど……今度、メグの駆逐艦アキヅキに乗せるからな」
メグの嫁入り道具は、駆逐艦のアキヅキだ。
「ちょっと待て! 戦艦が何だって? え? ヒュドラ? この船の10倍の速度? それもアルが作ったって言ったか? それに駆逐艦って恐ろしいワードもあったような……」
若いだけあって、一番最初にフェルが戻って来た。でも面倒くさいからスルーしよう。
「うん、商船も魔道船にしたらどうだろうか?」
商船にもスクリューを搭載して、魔道タービンでぐいぐい回す。20ノットくらいまでは速度が出るはずだ。
「それ、国家間の大きな交渉カードになりますわね?」
「お金の臭いがプンプンするのじゃ」
アルセリア王国を今よりもっと安全にするには、流通にかかる経費を減らし友好国との間で貿易を盛んにする。友好国と共に経済発展を促すことで、戦争の抑止力へも繋げられるというものだ。
「大金持ちになれるかな」
「アルさんったら、もう既にお金持ちじゃありませんか」
「それもそうか」
「「アハハハハハ」」
無邪気に笑い合っている俺たちを見て、引きつった笑いを見せていた銀月のメンバーたちだったが、フェルもそれ以上はつっ込まずに大人しくなった。
「俺はもう、ついていけねえや」
そんな他愛もない話をしている時だった。大きな声が甲板上に響く。
「セイール! セイール!」
マストの中腹で見張りをしている船員が、”帆影が見えた”という意味の警報を発したのだ。
この海域ですれ違う帆船は滅多にない。稀に行き帰りの商船同士がすれ違うことはあるらしいが、見張りの様子がそれを否定している。
携帯型魔道レーダーを取り出して確認すると、右舷前方の約500mに赤い点が見える。悪人判定の赤い反応は、海賊と考えて間違いないだろう。
「来やがったか」
「ああ、間違いなく海賊だな」
海賊船の出現に、俺たち冒険者の空気が一気に張り詰める。銀月の誓盟も先ほどとは打って変わり、真剣な表情で身構えるところは、さすが名の通った冒険者パーティだ。
「このまま迎え撃ちますか?」
「そうなるな。相手はロープを使って船に乗り込んで来るらしい。気を付けてくれ」
俺の問いに堅実思考のレイサムさんが答える。スタンで固まらせることができなければ、リアンに特大のファイアボールを撃ってもらおう。
「大丈夫です。こっちは4人で同時にスタンが撃てます。万一スタン対策をしていても、リアンがファイアボールを撃ちますから」
「そうか、……分かった」
レイサムさんは、フィンリアンが前に撃った特大魔法を思い出したのだろう。一瞬躊躇してから頷いた。
「では、前衛が後衛を守る形で配置につこう」
「「「了解!」」」
斥候のフェルも今回は剣スタイルの前衛だ。
「フェルって剣も使えたんだな?」
「あたりめえよ。おめーの方こそ、ロッドと剣とを両手に持ってどうやって戦おうってんだ?」
フェルは甲板上の接近戦に対応するため、剣を持って迎え撃つようだ。
かく言う俺も、万一のスタン対策に備えて剣を持っている。
甲板の上で操船を行っている魔術師さんたちも含めて全員船内に避難してもらい、冒険者である俺たち二つのパーティ8人が甲板上で迎え撃つ。
魔術師の風魔法も止まっているベタ凪の中――停船した状態で海賊船を迎えることになる。
色々と準備をする間にも、するすると音もなく海賊船はこちらに近づいてくる。
その船影は不気味で、その船からは、誰一人として声が聞こえてこない。待ち受ける俺たちの間にも、緊張が走った。




