第197話 乗船
護衛する商船が出航する当日、宿屋から出ると空は青く澄みわたっていた。
「フォルステン港まではどのくらいの時間がかかるのじゃ?」
「季節にもよるが、だいたい1週間だな」
王都オルデミアから目的地のフォルステン港までは、約700kmある。風の向きにも左右されるが、帆船の平均速度は3ノット程度だ。
そうすると、かかる日数は片道6日間程度と計算できる。
「むう……時間がかかるのう」
「帆船は風任せだからな」
「わらわが飛んで行ったら、夕方には着くのじゃ」
「リアンと船じゃ運べる量が違うからさ。リアンは大きな荷物は運べないだろう? 船だと馬車の何十台分もの荷物を運ぶことができる。でもそのかわり遅いんだ」
「そんなもんかのう」
リアンに説明している途中でひらめいたが、ヒッグス魔術理論による貨物輸送ドローンみたいなものを作ったら、物流分野で他国に対して大きな優位を築けるんじゃないか?
拠点間を無人で飛んで行けばコストもだいぶ抑えられるし、複製不可能な構造にして、独占的な運用権を確保すればかなりの財源を確保できそうだ。
「アルが、何か悪い顔になってるのじゃ」
「悪巧みをなさってる時の顔ですわね」
「お金儲けを企む時の顔」
三人から酷い言われようだ。でも、あながち間違ってはいないのが悔しい。
「いや、物流に関するいい方法を思いついたんだが、問題も色々とありそうだ。実行に移すのは、その問題を解決してからかな」
飛行中にワイバーンに襲われたらどうするか。フィンリアンのような龍に燃やされる可能性もある。他のドローンとの衝突を避けるために飛行コースも決めなければならないし、そもそもGPSもない。解決すべき課題は山ほどある。
実行に移すためには、もっと熟慮する必要がありそうだ。
「リアンは船に乗ったままでじっとしているのは退屈だろうから、時々赤龍の里に帰ってもいいんだぞ?」
「うーん、でもわらわはアル達と一緒にいる方が楽しいのじゃ。里に帰っても1日中寝て過ごすだけなのじゃ」
確かに、赤龍の里に行くとみんな寝ている。里で一日中眠って過ごすよりも、船の上で皆と過ごす方がずっと楽しいのだろう。
「そういえばリアン、最近ずっと王宮にいるけど、里の家族は心配していないのか?」
フィンリアンは最近、アルセリアの王宮に入り浸っている。
「帰らんでいいのじゃ、今は簡単に連絡が出来るからの」
「リアンは練習しなくても、念話が出来るのな」
フィンリアンは人化状態でもブレスレットをする事により念話の到達範囲が広がった。赤龍の里の住人といつでも会話が可能になったのだという。
必要な場合は向こうからも念話が届くので、両親の心配事も解消されたようだ。もともと家出の多い娘だったみたいだからな。
「今日は、冒険者ギルドで待ち合わせですの?」
「いや、商船の係留所まで行くよ。そこには乗船待合所があるらしいから、そこで銀月の誓盟と落ち合うことになってる」
「では、こっちじゃな」
最近はある程度この街も歩き回った。フィンリアンでさえも土地勘が備わってきているようだ。
「船の方向が良く分かったな?」
「だって、帆が見えておろうが」
「なんだって?」
街並みの上から帆船のマストが見えていたのには、俺も気づかなかった。
彼女は龍となって空を飛ぶから、ある程度高い木や建物は確認しておく癖がついているらしい。いつも目線が上を向くのは、まだ背が低いからだと思っていたが、そういう理由もあったのか。
俺も浮遊魔法を使う以上、高い建物や木には注意しなければならない。そのことを、奇しくもフィンリアンから教わってしまった。
係留所に着くと、荷物の積み込みが盛んに行われていた。働いている人たちは、主に船に乗る商会の従業員であるが、力仕事は冒険者ギルドに依頼される場合も多い。
「おお、来たな!」
「やあ、フェル! 早かったな」
「ハハ、お前からフェルって呼んでもらえると、立場の違いを考えなくていいな」
どの口が言ってるんだとつっ込みたくなるが、面倒だからやめておく。
先日のゴブリン討伐依頼が終わった時、今後商船の護衛を一緒に受けるのであれば、お互いの名前は愛称で呼び合うことに決めた。
単に仲良くなったから愛称で呼ぶという訳ではなく、戦闘時の意思疎通の速さを考慮してのことだ。
「あれ? トリスさんは?」
「あいつなら、荷物積みの依頼を受けてるんだ」
「ほら、あそこよ」
本当だ。自分より大きな木箱を肩に担いで運んでいる。
「あいつは重騎士でよ、タンクの役割を果たさなきゃなんねえから、こうやっていつも体を鍛えてんだよ」
「しかし、あなた達ってその恰好も似合ってるわよね」
さらに、俺たち月盟の絆は、冒険者であることをカモフラージュするために商人風の服装をしている。
「普段着ですからね」
「やっぱりお前、貴族様だったんだな。でもまあ、さすがにお前がこ……」
「言ってはならないワードを喋ろうとすると、喉が詰まるだろ?」
フェリックは、「お前が国王様とは思わねえだろうな」とか言いかけたのだろう。最近作った“盟友の証”というブレスレットは、奴隷の首輪から波及した契約の魔道具を改良したものだからな。
亜空間を利用したAIエンジンを搭載して、危険なワードを前の文章から判断して神経を通じて脳に刺激を伝え、一瞬だけ呼吸を詰まらせる仕組みにしている。
「すげえなこれ。俺のように口の軽い人間には持って来いじゃねえか」
「お? 自分でも分かってるじゃないか」
「何だよてめえ!」
「おいおいフェル、その位にしておけ。アルさん達は、最近事業を拡大した商家の家族という設定なんだから」
今回俺たちは大きな商会の家族として船に乗り込む。冒険者として乗り込むには、フィンリアンの見た目が子供で違和感があるからだ。
商船の持ち主には、フィンリアンは俺たち冒険者夫婦の子供で、旅にも慣れているから心配ないと言いくるめているが、従業員や他の利用者には商家の家族で、旅行中の親子として認識させているのである。
「まあ、俺が冒険者と仲がいいのは、いつも護衛をしてもらっているからって設定でいいんじゃないか?」
「それも有りだがアルさん、一般には商人と冒険者じゃそれほど仲がいいってのは珍しいですよ?」
「とりあえずは、フェルがアルさんのことを『てめえ』とか言うのをやめればいいんじゃないかしら?」
フェルがあまりにも俺たちに馴れ馴れしいと、かえって不信感を与えてしまうという指摘だ。
「そのワードも、ブレスレットの禁止語に加えるか?」
「分かったよ、もう人前では言わねえよ」
『てめえ』が言えなくなると、自分が自分でなくなってしまうからそれだけはやめてほしいとのこと。
フェルの元気が無くなったように思うが、そのうちまた元に戻るだろう。
「そろそろ積み荷の方は終わりみたいね。そろそろ乗船しましょうか?」
「わーい、船に乗るのは初めてなのじゃー」
「リアンは、これまで人化ができなかったから、船にも乗れなかったのな」
「船に乗った仲間の話が羨ましかったのじゃ」
そんなやり取りをしながら、俺たちは風を孕み始めた帆船へと乗り込んだ。
55年もの長い間、人化が出来ずに人の住む町には出ていけず、船にも乗れなかったフィンリアンだ。そう考えると、少し不憫に思えてくる。
「この子が赤龍の子なんて、とても思えないわね」
「セラさん、この子ですけど貴女より年上なんですからね」
「え? そうなの?」
「わらわは5歳なのじゃ。セラお姉ちゃん、抱っこ!」
「あらあら、可愛いー」
セラさん、騙されてはなりませんよ。抱っこをせがむ幼女は貴女の2倍ほど生きてるんですからね。
こんなフィンリアンに騙されたまま、この人たちを船に乗せるのだ。船の旅が前途多難に思えてきたその時、帆布が風を受け、重みのある音を立てた。




