第195話 盟友の証
共同依頼を受けた俺たちは、オルデミアから北西へ約10キタール進んだ草原へやって来ていた。
「この辺りじゃねえか?」
「本当にあなた達、大丈夫なのよね?」
「ゴブリン討伐……ですよね?」
見せてもらった依頼書の討伐対象は、初級の魔物ゴブリンだ。
「Dランクの依頼になるんだけど、その、ごめんなさい。だって……ねえ」
「わらわの事じゃろう?」
「そうよ! 危ないのにリアンちゃんがついて来てるんだもの!」
子供は普通、ギルドの託児所に預けるのだ。それなのに、フィンリアンは俺たちと一緒にここまで来ている。
理由は後で話すと説明を先延ばしにしていたが、魔物が現れる前には明かしておくべきだろう。
「わらわの事なら心配要らんぞ。何と言っても、龍族じゃからな」
「……」
銀月の誓盟の皆も苦笑いでごまかしている。
やはり、子供の戯言にしか聞こえないのが可哀そうだ。
「そう、リアンは龍の子。55歳」
「……」
皆、苦笑いの中にも少し苛立ちの表情が出ている。
とうとう、ミラも信用されなくなってきた。
「皆さん、信じられないと思いますが、この子は私たちの子ではなくて、赤龍の里から付いてきた本物の龍の子ですのよ」
「赤龍の里……?」
赤龍の里と聞いた途端、4人の表情が変わった。
「そうなのじゃ。わらわは赤龍の里の長、ヴァルゼグリオスの娘なのじゃ」
「ねえリアンさん、魔法をお見せしたらどうかしら? そうしたら皆さんも信じてくれますわ」
そう言えばこのフィンリアン、前にステータスを覗いたら魔法属性が数種類あったような気がするけれど、何の魔法が使えるんだ?
「ちょ、ちょっとまて!」
「私の耳がおかしいのかな、赤龍の里って聞こえたのだけど……」
「いや、確かに赤龍は人の姿になって街を歩いていることがあるって話は、俺も聞いたことがある」
「まさか……」
フィンリアンは最近人化が出来るようになったばかりだがな。
「そのまさかがこのリアンなんだけど、多分彼女は火魔法が得意なはずだから、取りあえずファイアボールなんてどう?」
「そんなもん、ちょちょいのちょいじゃ」
まるで爺さんのような言い回しだが、55歳という歳相応の言葉なのか?
「じゃあ、やってみて」
「よし、ではいくのじゃ」
そう言って、彼女は前方に無言で人差し指を向けると、直径1m近くもある特大のファイアボールが撃ち放たれた。
その火球は100mほど先にある小高い丘まで届き、ドドーンという地響きをたてて燃えている。
「ちょ!」
丘に生えていた草木は、メラメラと音をたてて火が燃え移っている。俺は思わず走り出して丘の手前まで行くと、魔道ロッドを取り出した。
熱風が俺の皮膚をかすめて痛い。
「ウォータミスト!」
ウォータミストは、見える範囲に小雨を降らせるものであり、小規模な火災を消すのには持って来いの魔法だ。
燃え盛る炎はみるみる弱まり、白煙と黒く焼けた草木だけが跡に残った。
「すまんのじゃ、大きさが調整できんのじゃ」
「まあ、赤龍だからな。リアンは制御が上手くできるまで、火魔法は禁止な」
「ううー、分かったのじゃ」
誰もいないところで良かった。そう思って辺りを見回すと、銀月の誓盟のメンバーは無表情のまま腰を抜かしている。
どうやら思考が停止しているようなので、少しの間そっとしておこう。
「リアンは他に何の属性の魔法が出来るんだ?」
「わらわは火魔法の他に、風と水と雷じゃ」
「4属性を操れるのか、リアンは凄いな」
子供に見えるリアンの頭を撫でてやる。
目を閉じて気持ちよさそうにしているが、実際の歳は55歳だ。
「あたしも4属性」
そうかそうかと、ミラの頭も撫でてあげる。そうしないとこいつは面倒だからな。
「私は3属性ですわ……」
「メグだって3属性も出来るんだから凄いじゃないか」
残念そうに下を向くメグも可愛いから、短く切った髪を撫でてやると嬉しそうに腕を回してすり寄って来た。
「おいおい! そこの4人! 頭の撫でっこなんて、してる場合じゃねえよ!」
一番若いフェリックが、こちらの世界に戻って来た。
「魔法が良く出来る子たちだから、撫でてたんだが」
「おま、お前も魔法放ってたじゃねえか! それも無詠唱で!」
「いや、あれは簡易詠唱で、こっちのリアンが放ったファイアボールが無詠唱だぞ?」
「どっちも同じだよ!」
無詠唱という言葉に国家間での齟齬はある。でも、一緒ではないと思うのだ。
「いや、一緒とは言えないわね。私たち魔術師にしかわからないかもだけど、魔法名だけでも口にしないと魔力が制御できないの。それを無言で発動するってなると、やっぱりリアンちゃんって人並外れてるわ」
「龍じゃからな」
人外だからな。
「という事はよアル、お前たち4人とも上級魔術者じゃねえか。何でお前らのランクがCなんだ?」
「そうだよな。私もそこが不思議に思ったんだよ」
はい。レイサムさんも戻って来られましたね。
「俺とミラの本当のランクは……実はCランクじゃない」
「だろうな。では、Aか?」
「Aより上だ」
「……Sか?」
「いや、SSだ」
ごめん、また皆さんの思考が停止してしまった。
ルナ迷宮で初めてヒュドラを倒した時は、まだSランクだった。だがその後、俺たち月盟の絆の4人で、戦艦用の魔石集めでヒュドラを10回以上倒している。
さすがにこの状況で、「この赤龍の子リアンは、XSランクなんです」と追い打ちをかけることなど、とてもできない。
「アルは何で皆のランクが分かるのだ?」
「それはその、勘で?」
「勘で分かる訳がないじゃろう!」
MRの話は……やはり、ここではできない。
緊張で胸が冷える。
「アルは魔眼持ち」
「そうです! アルさんは何で私たちのランクが見ただけで分かるのか、とても不思議だったのですわ」
「だから……魔眼?」
MRのことは、エミーには打ち明けている。しかし、他の仲間には話してなかった。
それにしても、ミラは俺のことを魔眼持ちだと思ってたのか。それで助かったのだが。
「どうして疑問形なのですの?」
「後で教えるから。なっ」
俺はメグを引き寄せて、「後で教えるから」と耳打ちする。
「そこの二人! 俺たちの前でいちゃつくんじゃねえーよ!」
やはり最初に戻ってくるのはフェリックだ。若いだけあって血の巡りがいいのかな?
「もう何を話しても驚かねーからよ、そのSSランクが何でCランクでまかり通ってんだ?」
「ああ、どうしようメグ……」
「この際ですから……」
「ミラもいい?」
「うん」
彼女らの同意ももらったという事で、そろそろ俺たちの身分を明かすか。
「分かった、説明するよ。なぜ俺たちがSSランクなのにCランクのギルドカードを持っているのかというと、俺がアルセリア王国の国王で、メグが第2王妃だからだ」
そう言った瞬間、周りの音が消え、風が止まった。
銀月の誓盟の4人の誰もが、少しの間呼吸をしていなかった。
俺たちの本当のギルドカードを見せる。その上で、国王の特権で偽装用のカードを作った理由も説明した。
「「「……」」」
4人の反応が返ってこない。
「レイサムさん?」
「む、少し時間をくれないか」
「はい、好きなだけどうぞ」
「す、すまんな」
銀月の誓盟さん4人は、丸くなって井戸端会議を始めた。
しばらく4人で「ごにょごにょ」と話し合った後、全員が一列に並んで片膝をついた。
「知らなかったとはいえ、これまでの無礼を平にお詫びいたします。どうかお許しください」
「はい、そこまで。俺たちは畏まられるのが嫌いだから膝を上げるように」
今は冒険者。無用な気遣いはいらない。
「で、でも……」
「俺たち、お忍びで冒険者だから」
「そうですわ、そうやって畏まれると私たちが困ってしまいますわね」
「そ、そうですか……じゃあ、お言葉に甘えるが……」
やはり、順応が早いのは一番若いフェリックのようだ。
「お、お前、俺と同じ24歳で国王なのかよ!」
「フェリック! 不敬だぞ!」
いきなりフレンドリーになるから、真面目なレイサムさんがビックリしているじゃないか。
「いいよいいよ、その方が俺たちには心地いいんだから」
「メグさんの言葉遣いも、俺はずっと気になっていたんだ。やっと疑問が晴れたぜ」
「あら、わたくしとしたことが、この癖早く治しませんとね」
メグの話し方は少し特殊だが、俺は気に入っている。
「メグのその話し方、俺は気に入ってるぞ」
「まあ、アルさんったら」
メグがおでこを俺の方に当ててくる。
「おい! お前ら、さっきから人前でイチャイチャしすぎなんだよ!」
「ちょっとフェリック、あなた言い過ぎなんじゃないの?」
「セリスティアさん、いいんですのよ。その方が落ち着きますから」
「そうですか……」
その代わり……。
「その代わりなのですが……皆さんは、これを着けてもらいます」
「それは?」
「盟友の証といって、我々の身分を知ってもらった方には着けてもらっています」
誤ってついつい喋ってしまう事が無いように、言動を制限する魔道具である。
「これ、危険はないのですか?」
「何か、魔力の流れを感じるわ」
レイサムさんとセリスティアさんは慎重だ。
「制限がかかるのは俺たちの身分と、ランク偽称に関する事だけです。なので、日常生活には支障はありません。あと、身体強化と自己治癒の魔術が常時かかります」
常時魔術の効果も効いたのか、4人は無言で頷いた。
彼らが腕に着けた瞬間、リングが明るく光り、柔らかな温もりが手首へと流れる。まるでそれは、盟友の証を月光で血に刻んでいるように見えた。




