第192話 王都オルデミア
「これからはベンノと呼ばせてもらうよ?」
「それは……もう、仕方のない事でございますね」
アリアナに正体をバラしたベンノは、これまでのルビオンという偽名を一部の場所では改める事になった。
ただし、アルセリア王宮の一部とそれ以外では、今までと同じルビオンを併用しコードネームとして使い分けている。その方が諜報員らしくて格好いい。
「それで今、大陸には何人の諜報員が出ているんだ?」
「六か国に二人一組で配置してますんで、今のところ全部で12名ですな」
「フィオレッティ公国は?」
「あそこはストルガルド王国の諜報員が兼務しております」
大陸は7つの国が大きなセプトリア海を囲んで連なっている。北の方から順に並べると……。
先日フィンリアンと行ったヴィルトラン半島にあるエルドリア王国、その東にはランヴェルド王国。
そこからは南に行くとベルセルク王国があって、フィンラーデン帝国と続く。
その西側にヴィルセニア王国、ストルガルド王国、そして、ベンノがストルガルド王国の一部であると認識しているフィオレッティ公国という順に数珠つなぎになっている。
最後のフィオレッティ公国にまで、活動に割ける人材が確保できていないという。
そして、この中で最も国土が広く、軍事力も強大なのが、使節団を差し向けて来たフィンラーデン帝国だ。
「フィンラーデン帝国は2名で足りるのか? この前の件もあるし、もっと情報を集めた方が良くないか?」
「その通りですが主様、なかなか諜報活動に秀でた人材が見つからないんですわ。大陸までの航路も、片道で13日もかかる有様なんで」
大陸までは行き来が大変で、皆が嫌がるのだという。
「なら、各国の拠点に転移ドアを置けばいいじゃないか」
「いいんですかい? 盗まれでもしたら大変ですぜ?」
魔道転移ドアは、以前にセキュリティー強化を図って盤石だ。
「兵舎と拠点間の専用扉として、転移者を限定すればいい」
「それは助かります。拠点間の情報共有もあっという間にできるようになりますな」
そうして、拠点へ設置する魔道転移ドアは、俺とベンノ自らが拠点を回って設置することとなった。
そして今回作った転移ドアは利用者を限定する。生体情報をノブで検知し、登録者以外は普通のドアとして機能する。さらに善悪判定機能も取り入れた。
利用者登録は、俺のMR経由でないと書き替えられない。完璧なセキュリティーシステムである。
「俺たちも利用者に入れとくからな」
「勿論でさぁ」
次回の大陸に渡る目的は、各国に関与するフィンラーデン帝国の動きの調査だ。
あれだけ高飛車な態度で使者を送って来た国が、どのような方法で情報を仕入れているのか。また、その後の動きはどうなのか。うちの諜報部隊を総動員してつぶさに調べておく必要がある。
そして、次の日。
「あたしも行く」
王宮内の厨房で趣味の料理を作っていると、自分も行きたいと申告した輩がいた。
「ミラも? お前には王宮魔術師団の仕事があるだろう?」
「誰もいない」
「そりゃあ、今は誰もいないかもしれないが、そのうち志願者が来てくれるかもしれないぞ?」
「その時はその時」
その時は、帰ればいいとあっさりと言い放った。まあ、この国で魔術師が必要になるというシチュエーションは当分無いだろうけど。
「嘘を見抜く人材がいた方がいい」
「分かったよ。その方が都合がいいかも知れないからな」
「やった」
ひかえ目にこぶしを握るミラ。こいつ、旅行気分じゃないのか?
「まずはどこへ行く?」
「お前、旅行気分じゃないだろうな? もしそうだったら、ジムに言いつけるぞ」
「あう」
図星だったが、次の行き先としては王都オルデミアと決めている。赤龍の里から近いのがその理由だが、一国ずつ状況を把握して片付けていくほうがいい。
「次の目的地は、エルドリア王国の王都オルデミアだ」
「エルドリアって寒い?」
「寒くはないぞ、火山が近くにあって地熱の影響もあるからな」
「よし」
再度、こぶしを握っているが、ミラってそんなに寒いの弱かったかな?
◇
赤龍の里に設置した転移ドアもセキュリティー強化版に変更している。大陸に設置する転移ドアは、全て強化版に統一する必要があるからだ。
(まあ、ある意味ここを通ることができるのは俺たちだけなんだけどね)
ここには、ベンノでさえ自由に来させることはできない。見知らぬ人間が突然現れれば、赤龍たちが黙っていないからだ。
そして、赤龍の里には、サンドモービルを常時待機させている。
俺はメグとミラ、それに赤龍で人化状態のフィンリアンを連れて、王都オルデミアを目指して飛び立った。
「この方が楽でいいのじゃ」
「下が見えるからいい」
ミラ曰く、ドラゴンの背中に乗っても下が見えないから面白くないと言う。確かに日本では、飛行機の窓から眼下に流れる地表を眺めるのが好きな人がいるが、そんな感じだろうか。ジムとは正反対だ。
赤龍の里からエルドリア王国の王都オルデミアまでは直線距離で約250kmほどだ。サンドモービルの平常速度では、約2時間半で着く。
途中フェルデンの街を左下に見ながらさらに川沿いを南下すると、やがてオルデミアの街並みが見えてきた。
王都に入るには、当然検問所を通らなければならない。
人気のない場所を選んで着地すると、サンドモービルをわずかに浮かせたまま、新しく作った専用の魔道バッグへ収納する。
「専用の魔道バッグを作られたのですね」
「隠しておくのもマズいし、隠したところまで戻るのも面倒だしね」
「見つかったら大変なのじゃ」
「折りたためるのはいい」
今回の旅のメンバーは、俺も入れて4人。
「初めての王都なのじゃ」
「検問所は結構人が多いな。冒険者はこっちの列かな」
「一般の方と同じ入り口ですわね」
王都の検問所では、少し心配だった全員分の偽造カードも問題なく通用した。
王都オルデミアは港湾都市として栄えた街で、人口は約9万人と聞いている。
グランデール王国にあるエイヴォンの港町によく似た感じで、王宮を備えるこの街はエルドリア王国の海の玄関口でもある。流通の一大拠点だけあって商店街はかなり賑わっているようだ。
「今日はここに泊まってみようか」
「いいですわね」
「まずは宿をおさえてから冒険者ギルドだな」
夜の食堂や酒場での情報収集も肝要だ。俺たちは港に近い宿に宿をおさえた。
そしてすぐに街に繰り出すと、俺たちは冒険者ギルドに向かった。
「どのような依頼があるのかしらね」
「荷物の積み下ろし」
「ああ、そんなのが多いな」
商船から陸上への積み下ろしは、人手が足りないとギルドへの依頼があるようだ。その中で、フィンリアンがある一つの依頼を指差した。
「変わった依頼じゃろ?」
「商船の護衛?」
陸路を行く商隊には護衛がつく場合が多い。それは魔物や野生動物、盗賊などから人と商品を守るためだ。しかし、商船が魔物に襲われるという事はあまり聞いたことが無い。
「もしかして海賊が出るのかな?」
俺は独り言を口にしていた。
「なんだあんた知らねえのか?」
「うおっ」
いきなり、後ろから声がしてびっくりした。俺より少し年上に見える兄ちゃんだ。
「あんた見ねえ顔だな、他所から来たのかい?」
「ああ、この街には来たばっかなんだ」
「じゃあ知らねえのも無理はねえな、あんたが言った通りこの海には海賊が出るのよ」
やっぱり海賊だった。しかし、「この海には」という言葉が妙に引っかかる。
「この海にはっていうのは、どういう意味なんだ?」
「ここだけの話だがよ、何でも特定の国の商船しか襲わないって話なんだよ」
「特定の国?」
「ああ、ちょっと耳貸せ」
どうやらこの兄ちゃん、ヒソヒソ話が好きらしい。
正直、いきなり耳打ちされるのは好きじゃないが、話に興味が湧いたので聞いてやらない事もない。
「特定の国ってのはよう、どうも北の三国らしいんだよ」
「北の三国?」
「ああ、だからよ……あれだよ……」
そこまで言った兄ちゃんは、困った顔をして口を閉じてしまった。しきりに周りを気にしているようだ。




