第191話 応接の間
なぜかキャサリン王妃は、食堂横の応接室の入り口で携帯用のペニーナイフを持って構えている。
「どうしました?! キャサリン様……」
「賊ですわ!」
キャサリン王妃の前へ出て中を覗くと、……やはりそうか。キャサリン王妃が”賊”だと認識しているのは、我が国の諜報部隊の長であるルビオンだ。恥ずかしそうにして両手を挙げている。
「何やってんのルビオン」
「主様、すいません」
「……アルフレッドさんの使用人だったのですか?」
「使用人というか、部下というか……」
ルビオンは、諜報活動で使う道具“盗聴の魔道具”を壁に貼り付けている。俺が作って支給している特殊魔道具だ。なるほど、そういう事か。
「俺の部下であり、アルセリア王国の諜報員ですよ」
「面目ない」
「……?」
なぜアルセリア王国の諜報員が、ルノザールの俺の屋敷で諜報活動をしなければならないのか。王妃様は気になって仕方がない様子だ。
「ベンノ、言ってもいいか?」
「はっ、御心のままに」
諜報員としての名は“ルビオン”だが、俺はあえて“ベンノ”の名を出した。
「ベンノは、今日魔道学園を卒業したアリアナの父親なんです……」
未だ顔に疑問符を貼り付けているキャサリン王妃に、俺は訳を話した。
その間、気になって様子を見に来たミラがドアに張り付き、顔だけ出してこちらを伺っていたが、その内にいなくなった。多分、心配ないことを皆に伝えに行ったのだろう。
「そうだったのですか。わたくしはてっきり、賊が侵入して隣の部屋の様子を伺っていたのかと」
「どうして王妃様はこの部屋に?」
賊の気配を察知してこの部屋のドアを開けた王妃様は、何か特殊な才能――またはそういう危機に対してのセンサーが働く人なのではないだろうか。過去のメグの誘拐の時にも、キャサリン王妃の判断で無事にメグを救出できたのだ。
「キャサリン様は、彼がここにいるという事をどの様にして感知されたのですか?」
「あ、いえ、それは……お直し部屋に行った帰りに、開けるドアを間違えただけなのです」
お直し部屋というのは、いわゆるトイレのことだ。1階のホールの手前には男性と女性用に分けられた個室トイレが8カ所ずつ作ってある。そこから帰る途中で、入る場所を1つ間違えたのだという。
間違えたまでは良かったが、ドアを開けたら見知らぬ男が壁に貼り着いていたという訳だ。
「ああ、そうだったのですか……」
「でも、それだったらなお更、今日、この場で正体を明かすべきだわ」
キャサリン様がドアの場所を間違えたという話は、これ以上しない方がいい。本人もはぐらかすように話を変えてきたからだ。
「俺もそう思うぞ?」
「……」
まあ、あと一押しは必要かな。
「父親が生きていれば、娘さんも喜ぶと……」
「連れて来た」
なんと、ミラがアリアナの手を引いてドアの前まで連れてきていた。
「お……お父さん!」
「あ、ああう」
アリアナは大きく目を見開いて、小さい頃の記憶を頼りに父親だと視認した。しかし、ベンノさんは狼狽してしまい、うまく言葉が出せていない。
「お父さん、生きていたんだね!」
しかし、小走りに近寄るアリアナを前に逃げようとはしなかった。
「お父さん!」
「ああ……ああ、ごめんな……アリアナ」
「ううっ……会いたかったよ!」
「寂しい思いをさせたな……」
食堂の皆も、応接間の入り口に移動して、この様子を見守っている。そして、エミーだけ中に入って来ると、アリアナに近づき彼女の背中に手を当てた。
「お父さんはね、アリアナがここに来てからずっとあなたのことを見守ってきたんだよ」
「え? でも……どうして?」
「お父さんは、バーン帝国の……」
「すまない、エミリー殿下、それ以上は……」
ベンノさんは、バーン帝国時代のアリアナ親子に思うように構ってあげられず、それがもとで母親を亡くしてしまっている。アリアナに対して後ろめたい想いがあるのだろう。
「……アリアナ。ベンノさんは今、アルセリア王国の俺のもとで働いてもらっているんだ」
「じゃあ、じゃあ! 何で?」
何で私の前に、姿を現わさなかったのか。
それは、彼女にとっては理解できないことだ。そしてベンノさんも、弁解の余地がない。
「ベンノさんは、君に申し訳ないと思っているんだと思うよ。バーン帝国では強制労働をさせられていたから、君たち親子に会いにも行けなかった。お母さんが亡くなった時にも家に戻れなかったんだ。その事をベンノさんはずっと悔やんでいるし、アリアナにも申し訳ないって思ってるんだ。会わせる顔がないと言って、俺が会わせようとしてもそれをずっと拒んできたんだよ」
俺は彼にとって少しだけ都合のいい話をするが、バーン帝国でのことは嘘ではない。裏社会での仕事をしていたというのを言わなかっただけだ。
アルセリア王国での仕事も、諜報工作員としての立場を伏せるために、部屋の外にいる皆にも聞いておいてもらった。察しのいいみんなは俺の考えを察してくれるはずだ。
「ベンノさんは俺がたまたま見つけてきて、俺のもとで外交員として働いてもらっているんだ。それ以来、アリアナを見守ってくれているし、魔道学園の授業料もベンノさんがずっと出し続けているんだよ」
「……えっ、ずっと?」
「ああ、ずっとだ……」
「親方様、それは言わない約束じゃ……」
「いいじゃないか、見つかってしまったベンノが悪いんだから」
面目ないと首を垂れるベンノさんは、この屋敷の従業員には知られているし話もしていたので見られても問題無いと思ったらしい。しかし、キャサリン王妃が来ていた事に気づかなかったことが今回の自分の失態だったと、素直に吐露した。
「まあ、ではわたくしが来ていたことが、親子の対面のきっかけになった訳ですわね。せっかくですから、ベンノさんもご一緒にアリアナちゃんの卒業祝いを致しましょう?」
ほら、この国の王妃様からのお誘いだ。無暗には断れないぞ。
「は、はあ」
ベンノさんの声は嫌々な声色ではなく、少し喜びの響きを伴っていた。
「ところで、ベンノさんが見つかってしまうまで俺たち何を話してたんだっけ?」
「覚えてないんだアル。何って、アリアナの就職先の話だよ」
ああ、そうだった……ベンノさんの騒動で、それまでの話の内容を失念してしまっていた。
「そうか、アリアナの就職希望先を聞いていたんだったな」
「主様、娘は治療院に勤めたいって言っておりやした」
俺が忘れてしまっていたのに、何で当事者がそこまで覚えているんだ? ああ……そうか。娘の就職先をどうするかという話の最中だったから、集中して聞くあまり、王妃様の気配に気づけなかったんだな。
「主様、アルセリア王国で営む治療院ならいくつかあります。それらを取り仕切っておられる宰相殿に打診をしてみるというのは如何でしょう」
「アリアナがアルセリアでいいって言うのであれば、宰相殿に話をしてみてもいいかな?」
「はい、……私もお父さんがいるアルセリア王国で就職できた方が嬉しいです」
アルセリア王国内の治療院は、今ではエクストラヒールを極めたリュシアノス公爵が統括している。
これからは親であることを隠す必要も無く、一緒に暮らすことも可能かもしれない。就職先も、公爵の推薦する治療院であれば間違いないだろう。
今後、ベンノには大陸にも渡って、アルセリアの拠点づくりに尽力してもらうことになっている。娘に隠し事をしなくて良くなったことで、張り合いを持って仕事に就いてもらえるだろう。




