舞い降りる変態
高杉風見の兄、高杉隼人が高杉武具店の出張と称して穂希田南高校にやってきたが、違う目的があるようだ…。
「そうだ、あと君たちにお客さんだ。高杉武具店から隼人さんが来てるぞ。ってあれ……さっきまでいたんだけどなぁ」
「すみません、ちょっと探してきます」
放課後の部活の時間。剣道部顧問の山崎が校外からの客を案内していたが、途中で行方をくらましていた。それに心当たりがあった風見は突然走り出し道場から出ていった。
「先輩、高杉武具店っていうのは一体?」
「ああ、名前の通り高杉家が経営している武具店だ。そして高杉隼人は、風見の兄だ」
そんな感じだろうと思った凛は、薫に尋ね確信に変わった。
そして数分も経たない内に、風見は大きな荷物を持った若い男性と思しき人を引きずり剣道場へと帰還した。
「お待たせしました」
「おっ、相変わらず見つけるの早いな」
「…校舎裏ののテニスコートに入ろうと女子部員に話しかけていた所を捕まえてきた」
風見と薫の会話を聞き、凛は確信した。この人は変態だということを。
「すまんが、先生はこの後職員会議があるので、ちゃんと稽古するんだぞ」
そう言い去り、山崎は道場を後にしていった。
「先生逃げたな」
「そりゃそうでしょ。こんな変態紛いな人がいたら、いくら点数があっても足りないくらい教師の点数が下がる」
「女好きであることを除けばものすごくいい人なんだけどなぁ」
薫と風見は普通の会話をしているように見えるが、1年生の3人は話しの内容を聞き、女好きの変態だということが分かった。
『2日目にして初めて意見が合いましたね』
「桃ちゃんもこういうタイプは気をつけなきゃだめだよ」
「分かってるよ~」
まごうことなき全会一致。音穏はスケッチブックに太字のマーカーで「祝・全会一致」をでかでかと書き振り回していた。
「辛辣だなお前ら」
「間違ってないからね。……ほらいつまで寝てるの、早く起きなさい」
後輩3人の辛辣なツッコミを薫が拾いながら、風見は床に転がっている兄を起こした。
「……僕は、そんなやらしいことなんかしてないのに」
「ごめん兄さん、警察呼ぼうか?」
床にうずくまりながら、隼人は泣きながらつぶやいていたが、風見は半分怒りかけながら、聞き返した。
「どんなに覗きがダメでも、見れないなんて嫌なんだ!」
「それがダメだって言ってるでしょうが?」
「だって、店番してても男の人しか来ないんだもの」
「はいはい」
隼人は力説したが風見は流していた。そして、隼人のターゲットは凛へと移っていった。
「あら、蘭ちゃんじゃ~ん、どうしてここにいるんだい?」
「あの…私は…」
「僕のこと忘れちゃった?ほら、あの時の大会で――」
凛に詰め寄り、グイグイと迫る隼人だったが、風見の介入によって中断させられ、道場の端のほうで正座させられ、説教された。
「先ほどは、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「河上さんもごめんね、大丈夫?」
高杉兄妹は兄の愚行により妹と共に謝罪をしていた。
「この子は、河上凛さん、蘭さんはお姉さんです」
「あー、妹さんがいたのね。そんな話一度も聞いたないんだけどな…。剣道やってるなら噂も出るはずなんだが…」
「兄さん。それ以上は禁句です。察してください」
隼人は風見のその一言で、なんとなく事情を理解した。空気が悪くなったような感じがした為、話題を変える。
「蘭ちゃんといえば、いつかの剣道大会で薫ちゃんを瞬殺してたっけ」
咄嗟に思い付いた話題を隼人からその一言が発せられた途端、無表情になった薫が背後から隼人を道場の端に連れ去り、呆れた風見もその後についていき、しばらくして戻ってきた。
「度重なる失言で、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
高杉兄妹は兄の愚行により妹と共に謝罪をしていた。(2回目)
「あぁ、隠してもしょうがない…、そうだよ、俺は去年の大会で蘭さんと当たって、ぼこぼこに負けたんだよ」
「そして大泣きしてたんだよなぁ」
薫の告白に隼人の暴露が入った。
そして、薫は再び隼人を道場の端に連れ去り、問い詰める。
「河上さん、今のことだけどあんまり弄らないで上げてね」
「そんなことはしないですよ。」
風見にそう言われた凛だったが、弄ったら後が怖いのが目に見えていたため、言うことはないだろう考えていた。それと同時に薫と風見の間で封印していた、薫の剣道の試合で惨敗した話は、隼人の介入で解かれることになった。
それから、薫と問い詰められていた隼人が皆の元へに戻り、薫が尋ねる。
「まあいいや、隼人さん。今日はどんな用件で来たんです?」
「新入生が入ったって聞いたんで、来ちゃいました」
意気揚々と薫の質問に答えていた。
「兄さんに教えてないんだけど」
「風見が店の常連さんに話しているところを聞いたんだ」
「ごめんなさい、私の落ち度でした」
「これで出張する口実…いや、義務ができたねって」
やけに自信満々の隼人に風見は呆れ気味だった。
「あっ、自己紹介がまだでした。僕は高杉武具店の店長の高杉隼人です。武道に関する商品からメンテナンスまで色々やってるんで以後宜しく」
高杉兄妹は、体格差は違えど、顔のパーツはよく似ているように思える。性格はまさに正反対、静の妹に対し動の兄、相反しているもののつり合いが取れているようにも感じ、とても仲の良い兄妹と感じた。こちらに飛び火しなければだが。
「さて仕事に取り掛かるか」
「その両手に持ってる道着と巻き尺はどうする気?」
「私直々に測ろうかと――」
「ダメです。私がやります」
「ですよね~」
またしても愚行を重ねようとしていた兄を風見は静止させたが、今回はわざとだという表情を覗かせていた。
「高杉先輩、剣道の防具等々の相場はどれくらいなんですか?」
「そうね、竹刀とかも合わせると大体10万円前後かしら」
「10万!?」
桃香は剣道に必要な道具の相場を風見に質問したが、10万という額に少々驚きを隠せなかった。
「剣道ならそれくらいかかるね」
「どうしよう、バイトとかしないと」
「あー、うちの店なら分割払いとかもやってるから、あんまり気にしなくても大丈夫」
「大体どれくらいまでに払えれば?」
「ちゃんと剣道続けられるなら、高校卒業するくらいまで大丈夫かな~」
「私、頑張ります」
「おっ、いいね。しっかり頑張るんだぞ」
金銭面に不安に感じていた桃香だったが、隼人の説明で不安がなくなりこれからのやる気を見せていた。そして、こうみると意外といい人なのが憎めないと感じていた凛であった。そして桃香は風見に連れられて、道着、防具のサイズを測るため部室の中に入っていった。
「あとは、凛ちゃんも垂ネーム作るでしょ」
「あっ、はい作ります」
『私も欲しいです』
垂ネーム。垂の前面に自分の所属と氏名を示すもので所謂、ゼッケンのようなものだ。凛は、しばらく剣道から離れていたため、必要なことを忘れかけていたが、隼人に促されて思い出した。それにスケッチブック会話術で呼応した音穏も注文し、それぞれの名前を注文票へと書き出した。
「はい、承りました」
「宜しくお願いします」
「今月中には、持ってこれるようにしておくよ」
隼人は凛と音穏の注文を受けた。
しばらくして、部室から桃香と風見が出てきた。どうやらサイズが決まったようだ。
「はい、兄さんこれで全部よ」
「おう、了解」
風見から注文票を受け取り、今回の仕事は終わったのかのように見えた。しかし、隼人は帰らずに道場の端に正座で待機していた。
「兄さん何やってんの?」
「見学」
「……もういいや」
風見自身、見学で気が済むならいいやと半ば心が折れかけていた中、隼人は顔には出さなかったが、ようやく折れた妹を出し抜き、内心ガッツポーズをしていた。
そうして、ようやく稽古が始まった。初心者の桃香の指導は、繰り広げられたじゃんけん大会の結果の通り、涼子が務めていた。そして残りの4人は、竹刀を片手に、面、小手、手ぬぐいを抱えて、道場の端の方に集まり、学年順に横一列で並び、正座をした。
「面付け!」
「「はいっ!」」
薫の号令に一斉に面を付け始める。そして、付け終わり各々立ち上がる。
「今日の稽古は俺が固定で時計回りにやっていくから、その都度臨機応変によろしく」
「「はいっ!」」
薫の指示に返答をし、稽古が始まった。
稽古の内容は地域、指導者等で変わってくる。この高校では切り返しから始まり、面、小手、胴、突き、またそこから派生する技の稽古の技を行っている。
稽古が始まる前に高杉兄の愚行により悪い意味で体育館前の通行人や体育館を利用している他の部活のギャラリーを集めつつあった。その一件もあるが、去年までの剣道部員の少なさもあり、突然の増加にも注目が集まる。そんな視線に凛は稽古への集中力が欠けていた。
「おやおや~。視姦プレイがお好きかい」
「なっ、そんなことはないです…」
「ならそんなものに気を取られるな。目の前の稽古に集中しろ」
「はいっ!」
気が散っている凛へ薫の叱咤が飛ぶ。それに対し、凛も気合を入れなおし、目の前の稽古に集中し直した。
「坂本さんも気になると思うけど、今は竹刀の振り方を覚えないとね」
「はい」
涼子は、稽古と周りの視線に気が散りかけている桃香を注意しながら、基礎を大事にするよう仕向けた。去年まではやる気の感じられない先輩が多かったため、部内の空気は怠惰気味であまりよくなかった。世代が変わり、涼子自身が部長になり、剣道に真摯に向き合っている薫と風見、やる気のある1年生が入部してきてくれたことに一種の高揚感を感じていた。
1時間後。
「それじゃあ、5分休憩」
「「はいっ」」
薫の指示に返答し、稽古が始まる前と同じように道場の端の方に横一列で並び、正座をし、面を外した。
「すぅぅ、はぁぁぁ~」
『昨日あんな泣き言言いながら、ブランクがある割になかなか動けるじゃないの』
「なんでこんなところまでスケッチブック……まあ、音穏ちゃんも普段はあんなに無口なのに結構声出せるわね」
『当然です』
凛は大きく深呼吸し息を整えているところに音穏のスケッチブックが眼前に止まった。音穏からはブランクの割には動けていると、凛はいつも無口の割には声が張れていることを互いに皮肉を込めながら称賛した。そうして水分補給をしに、部室へと向かっていった。
「何か足りないな……」
「何がよ」
「いやちょっとね。凛ちゃんの動きを見ていたんだが、確かに基礎の部分は過去の遺産というべきか、ブランクの割には構え・刃筋・手の内・間合い・呼吸・足さばき、剣道に必要な要素はそこそこいいとは思うんだけど、なんかもったいぶってる気がするんだよね」
「最初の稽古で全力出すわけないでしょ、薫はどう思う?」
稽古を遠くで眺めていた隼人は、休憩中に風見に寄り、稽古中に感じた疑問を風見に尋ねたが、答えに近づけなかった風見は薫に振った。
「俺も隼人さんに同意見だ。ただ稽古ではそれが見抜けなった。実際、昨日俺が受けた抜き胴のような衝撃はなかった」
「と、言いますと?」
「試合稽古。実戦に近い中でしか感じ取れないものもあるだろう?」
薫は不敵な笑顔を浮かべ、また風見も実力を見るためにもまあいいだろうと考えていた。




