初試合! 凛vs音穏
薫の思惑によって試合稽古をすることになった凛と音穏。果たして、凛の真の実力が発揮されるのだろうか…。
稽古再開時に、薫は凛と音穏を呼ぶ。
「試合稽古ですか?」
「そうだ。榊原さんとやってもらう」
薫の発言に凛は強張った。稽古とはいえ、試合形式となれば嫌でも緊張する。そして凛は、試合相手である音穏のほうに視線を向けた。
『相手にとって不足はないです』
凛の緊張とは真逆で音穏はスケッチブックに自信満々な様子を掲げた。予想通りというかなんというか、凛は少し呆れていた。
「よし決まりだな」
そう言い、薫はその場を離れた。
「凛ちゃんも音穏ちゃん試合頑張ってね」
桃香は試合稽古を行う2人にエールを送っていた。
「ありがとう桃ちゃん」
『抜かりはないです』
そうして、試合稽古が始まった。
「試合形式は、3分間3本勝負。今回は審判を俺一人でやる」
薫は概要を2人に伝えた。
「坂本先輩、3本勝負って何ですか?」
「3本勝負は、先に2本先取した方が勝ちの試合形式だよ~。試合のルールもたくさんあるけど一気に覚えるのも大変だからその都度、分からなかったら私に聞いたり、勉強したりしてね」
桃香は隣に座っていた涼子に質問し、丁寧に教えてもらっていた。
そして、凛と音穏は互いに面を付け、小手を装着し、竹刀を片手に納めた。そして白い線で囲われた正方形の試合場の外側に待機し、審判の合図を待った。
「試合…」
凛は小さくつぶやいていた。最後の試合からおよそ4年。正直またこの場に立つことを予想できなかった。あの時のトラウマはもう遠くに放り捨てようと考えていた。
薫の手元の審判旗の合図で前に進み、礼、そして、中央の開始線へと足を進め竹刀を構え蹲踞をし、試合開始の合図を待つ。
河上 凛
対
榊原 音穏
数秒の静寂の後。
「始めぇ」
薫の試合開始の合図と共に立ち上がる。
凛と音穏は互いに気勢を上げ、互いの出方を窺っている。
(音穏ちゃんは、どう攻めてくるか)
凛は声にこそ出しはしなかったが、攻め方が未知数の音穏に攻めあぐねいていた。
(身長差もあり面を打突しに来ることはまずない。来たとしても十分に対応できる。そう考えると、狙われるのは面を打つときに確実に応じ技で小手か胴を狙われる。牽制しつつ、カウンターに気を付けよう)
凛はそのように考えていた。
互いの剣先が中央を捉えようと取り合っている中、音穏の竹刀が動いた。竹刀の軌道が上下にゆっくりと刻みだし、誘っているようにも捉えられた。凛は誘われていることを承知の上、面を打突しに強引に攻め入ろうと試みる。
面を打ちにいったが、音穏の竹刀は、狙われていた箇所をしっかりとガードをしていた。凛はそのまま斬り抜け、振り返り再度、打突を試みる。
次の瞬間、凛は目を疑った。音穏の竹刀に弧を描くように大きく揺さぶられた。そして凛の手元には竹刀がなくなっていた。
(なん…だと)
「めぇぇーん」
凛の隙を突き、音穏は面を放つ。その音穏の打突後にガチャァーンと物が落ちた衝撃音が聞こえた。衝撃音の正体は、凛の竹刀であった。
それと同時に音穏側の審判旗が上がった。
「面あり」
薫は、今の音穏の打突にそう下した。
河上 凛
対
メ
榊原 音穏
「巻き技か~中々やるね。手首の強さはもちろんのこと相手の竹刀の持ち手の緩みを見極めないとなかなか決まらないからね」
「音穏ちゃん、スケッチブックで会話するときに高速で書いたりするから手首も強いのかな?」
隼人の解説に音穏の手首の強さの秘密を桃香が分析した。
(それだけじゃない。休憩前までの河上さんの稽古を見て、どこで力を抜くのかを観察している。中々やるじゃないか)
試合を目の前で見ていた薫もそう分析していた。
(ただ手の内を晒せば同じ手は通じづらくなる。ここからどうするか。そして、同じ轍を踏まないためにどう対処するか。ここからが勝負どころだな)
薫は試合を行っている両者に視線を移しながら、そう考えていた。
そして、有効打突により中断していた試合を再開した。
「始めぇ」
薫の合図とともに両者の切先は、攻め合っていた。試合の進展はなく膠着状態となり、刻一刻と時間が過ぎていった。
(このままだとまずい、戦い方を変える)
凛は出方を窺う攻め方を諦め、相手を崩していく作戦に変えていった。対して音穏は、体格差からの怒涛の攻めにより防戦一方を余儀なくされた。
試合時間は残り30秒。
(さすがに早い。だけど……)
音穏は、急な凛の攻めへの転身を脅威に感じていたが、次第に慣れていく。
(見た目は派手だが、手元はがら空きだぞ)
音穏は、次の凛の面の打突に合わせて出小手を狙う、そう考えていた。
そして、音穏の思惑通りそのチャンスが巡ってきた。凛の竹刀が音穏の面を喰らうかのように手元が上がっていった。それに合わせて小手を狙いにいく。
しかし、音穏の思惑が大きく外れた。
凛の竹刀は音穏の面ではなく、音穏が打ちに来た小手への攻撃を竹刀で受けた。
(読まれた!?だけど、この間合いだったら、もう何もできまい)
そう思った音穏だが、凛はそのまま右に体を体重移動させ、足元が不安定な状態から攻撃を打ち込む。
「めぇぇぇーーんっ!」
凛は勢いよく面を放ち、そして審判旗が上がる。
「面あり」
薫は今の打突を有効とした。
河上 凛
メ
対
メ
榊原 音穏
(見込んだだけのことはあるな、果たして――)
そう感じていた薫だったが、凛に視線を向けた瞬間、言葉を失った。目に見えない巨大な荒波が押し寄せてくる錯覚を覚えるようなプレッシャーがどっと押し寄せてきたのである。
(驚いた。思わず言葉を失っちまった……。どうやら感覚を取り戻しつつあるようだな)
しかし、試合時間は残り10秒であり、試合の流れから決着はつかないものだろうと、誰もが考えていた。
「始めぇ」
審判の薫は再び合図し、試合を再開した。その合図とともに凛の竹刀が動いた。
駿足。
凛の踏み込みは速かった。それに伴い、竹刀も真っ直ぐ音穏の面に喰らいつく。
「めぇぇぇーーんっ!」
打突。反応の遅れた音穏は間に合わず、凛の打突を許した。
「面ありぃ」
有効打突。薫はそう下す。
凛の勝利が決まった。両者開始線に戻り、互いに竹刀を構える。
河上 凛
メメ
対
メ
榊原 音穏
「勝負あり」
薫の合図で蹲踞をし、竹刀を納め、そこから立ち上がり正方形の試合場の外へと後退、一礼し試合が終わった。
「すごいよ凛ちゃん!かっこよかったよ~」
「ありがとう桃ちゃん」
面を取り、桃香の祝福を受けた。さっきまでの集中力は途切れている。さすがに4年のブランクには敵わなかったようだ。
「音穏ちゃんもお疲れさま~」
『ざまあないぜ』
桃香は音穏にも労いの言葉を送ったが、スケッチブックの字面を見ても結構悔しかったようだ。
「途中までは良かったが最後の最後に油断したな」
『ギクッ』
「そこのところは要稽古だな」
薫の追及に音穏は焦りの色が字面にも滲み出ていた。
「こっちはこっちで序盤がガタガタだったが」
「すみません……」
「まあ、初日だし今回は許してやる」
「ありがとうございます…」
薫は凛の序盤の試合運びの不安定さを指摘していた。
それと同時に薫・風見・隼人は、凛の強さの片鱗を感じ取れたことに満足した。
試合を見ていた、桃香だが隣で涼子が何かを書き込んでいた。
「坂本先輩、何を書いているんですか?」
「試合のスコア表だよ~」
河上 凛
メメ
対
メ
榊原 音穏
「今回は面しかなかったけど、技が入ったら、面はメ・小手はコ・胴はド・突きはツを反則は△を記入していくよ」
「独特な書き方なんですね。私しっかり覚えます!」
「おぉ、えらいえらい。期待してるよ~」
涼子は桃香に教えつつ、向上心の高さを頭を撫でて褒めた。
試合稽古が終わった後、職員会議が終わった顧問の山崎が道場に訪れた。
「すまない、稽古のほうはどうだい?」
「えぇ、一通り稽古が終わった後に、一年生の試合稽古をやってました」
「どうだった?」
「どちらも課題はありますが、とてもいいです」
近くで審判やりながら、試合を観察していた薫が山崎にそう伝えた。
「そうだそうだ。連絡があったんだが、今週の土曜日に豪木町高校との合同練習があるので、各人覚えといてくれ」
「ああ~。もうその時期ですね~」
「そうだな。毎年恒例で生徒間の交流を大事にしたいとかなんとかで。まあそれでも人数が少ないうちの高校は結構助かっているんだがな」
山崎と涼子はそのような会話をしている。
そして稽古が終わり、部室に戻り帰り支度を始めた。
「音穏ちゃん、豪木町高校ってどんなところ?」
『豪木町高校。私立の高校で運動部はそこそこ強いらしい。剣道部も男女共に人数が多くて、県内では昨年ベスト4の実力があるよ』
凛は音穏に尋ねたが返答が早く、ペンを高速で走らせ教えてくれた。物知りなところもあるのね。
「今回は女子だけ来るって話だな。まあ、男子が来たところでこっちの部員に男子居ないし」
「そっちのほうが気は楽だしいいけど」
「そうだ1年共。こっちにカモーン」
「今度は何する気、変なことだったらぶっ飛ばすわよ」
「別に変なことはしないぞ。写真撮ってゆりゆりに送ろうと思っただけだよ」
「……ならいいか」
薫と風見の話の中で急に1年生で写真を撮ることになり、凛たちはカメラに向かった。
「先輩、そのゆりゆりって人は誰なんですか?」
「豪木町高校2年の宮部由利。通称ゆりゆりだ。まあいい関係だよな風見」
「そうね。薫が泣かせたこと除けばね」
この人はほかの高校の人にもなんかやっているのかと凛は思った。
「今年の新入部員だぞ。いいだろう?っと。メッセージ送信」
「自慢したところで向こうはこっちの数倍入ってくるんだから意味ないでしょ」
「やる気だけなら絶対に負けない自信あるんで、大丈夫っ」
「…それもそうね」
薫と風見が話している中、1年生の画像を添付したメッセージを豪木町高校にいる剣道部、宮部由利へ送った。
豪木町高校剣道部。道場にて。
「面取りっ!」
豪木町高校剣道部の今日の稽古が終わり、部長の古高千鶴の合図で各々面を外す。
「みんなお疲れさま。中村さんもお疲れ、部活入部から1週間たつけど慣れた?」
「はい。稽古も充実していて、とても為になっています」
「それはよかったよかった。それでも中学剣道の県内ベスト4は伊達じゃないね~」
「恐縮です」
中村と呼ばれている剣道部新入部員の1年生が、千鶴の労いに答える。
「終わった終わったぁ。水分を取らねば!っておや?」
稽古が終わり、水分補給をするべく、部室に駆けこんだ由利だったが、自身の携帯電話にメッセージが届いてることに気が付き手に取る。
「古高先輩~、薫ちゃんとこの剣道部、3人の後輩が出来たみたいです」
「それはよかったな。今年の合同練習は充実しそうだな」
薫からの連絡に気付いた由利が携帯電話を片手に千鶴のもとへと駆け寄った。
「ご丁寧に名前まで添付してあるね。なになに、島田桃香に榊原音穏。それと…河上凛――」
由利がそこそこ大きな声で読み上げていたため、部室内の人の耳に届いている。
そしてそれを聞いていたただ一人に戦慄が走る。
中村芳乃。
河上凛という名を聞いて衝撃を覚える。
「島田桃香って子は、初心者だそうです。後の2人は経験者で河上凛って子は、小学生の時に剣道をやってて、それ以来の再開したみたいです」
由利のこの言葉に芳乃は確信した。
(小学校以来…佐々木剣友会…河上凛…)
芳乃は内心そうつぶやく。そして当時の記憶が思い出す。凛の最後の試合を。
(あいつは…自分に……許すわけにはいかない)
部活終了後の部室。和気あいあいしている中、中村芳乃ただ一人、憤りを感じていた。




