再開、そして始動
凛は姉のおさがりの道具一式を持ち、剣道を再開すると共に、新しい仲間と一緒に成長していくことを心に誓った。
次の日。祖母の家から引き取った姉の防具と竹刀を持ち、登校の準備をしていた。
「そんな大荷物で大丈夫なの?車で送っていこうか?」
「大丈夫、ひとりで行けるよ」
「それじゃあ、いってきます」
凛は母に見送られながら登校していった。父親からの剣道部入部の許可はというと、昨晩は酒を飲んで帰ってきたため、半分寝ぼけていたらしいが、許可はしてくれていた模様。心配せずとも大丈夫だろうという判断である。
高校の校門付近を歩いていると、聞き覚えのある声が背後から近付いてきた。
「凛ちゃ~ん、おはよ~」
振り向くと声の主とその隣にはスケッチブック会話術の無口の同級生が歩いていた。
「おはよ~、桃ちゃん、音穏ちゃん」
「おはよ~。無事許可が下りたんだね」
「うん、おかげさまで」
凛は桃香と音穏に挨拶し合い合流した。しかし、隣にいた音穏が不自然である。
「桃ちゃん、昨日あの後何かあった?」
「昨日凛ちゃんが帰った後、私以外の3人が高杉先輩にこってり絞られてたよ~」
「何故に?」
「芹沢先輩のばっちりもあるけど、自業自得だねぇ」
凛と桃香はひそひそと話していた。
『早く行きますわよ』
凛は、音穏と友達2日目だが、気品のあるキャラの合わなさの違和感があふれていた。
教室につき、各々荷物を自席に置いた後、桃香は凛に訪ねた。
「凛ちゃんは剣道部にもう入部するんだよね?」
「もちろん、っていうか入らなかったら、こんな重たい荷物なんかは持ってこないよ」
「よかった~。私も昨日先輩にいろいろ教えてもらいながらやってたんだけど、面白くなっちゃって~」
「桃ちゃんはもう入部届出すの?」
「そうだよ~、今日出すつもり」
「じゃあ今日一緒に出そうよ」
「うん!」
昨日から凛が剣道部に入部するかに引っかかっていた桃香だったが、再び剣道始められるようになった凛を見て安堵の表情を浮かべた。そして、教室の後列の一席には、気品にあふれた音穏が座っていたが、その唐突なキャラ変更には誰もついていくことが出来なかった。
そして放課後。本校舎の3階、1―E組にて。
『おいっす。部活に行こうよ~』
「見事にもとに戻ったか…」
午前中へこみ気味だった音穏は、調子もスケッチブックの字体も昼休みから元に戻っていった。
「私はこっちの音穏ちゃんのほうが好きだよ~」
「正直午前中は気色が悪かったからね」
桃香と凛はそれぞれ午前中の音穏に対する感想を述べた。
『酷い扱いなんですけど』
そんな音穏をスルーしつつ、3人は剣道場へと向かっていった。
そして剣道場へと到着し、部室に入っていった。凛の荷物を見るなり、先輩である涼子、薫が喰い付いた。
「よかったよかった~、部員が増えるよ」
「まあ来なかったら、拉致するつもりだったけどな」
薫の考えていることは凛には理解ができなかった。
「ようこそ剣道部へ、河上さん。これからよろしくね」
「はい、宜しくお願いします」
風見に歓迎された後、自分の割り当てられたロッカーに防具を入れた。
「河上さん、入ってくれたのはいいんだけど、防具はどこから調達したの?」
「はい、おねーちゃんのおさがりを貰ってきました」
「お姉さん?」
「年が3つ上で、今は大学でも剣道をやっています」
凛は、風見からの質問に丁寧に答えていった。
「大学ってことは竹刀の規定が違うな。その竹刀は大丈夫か?」
「高校生の時に使っていたものなので大丈夫です」
薫に竹刀の指摘をされている中、桃香は疑問に思う。
「音穏ちゃん、竹刀の規定って?」
『竹刀は公式試合で使える竹刀の長さが決まっているの。高校生が試合使える竹刀の規定で女性は3尺8寸以下、重さが420g以上って決まっているんだよ』
「へー、いろいろと決まってるんだね」
桃香の疑問に音穏が説明していた。
「さすが音穏ちゃん解説が早いね」
『当然です』
「あらかじめ用意していたみたいだし、友達思いだね」
丁寧に解説していた所を気づいた涼子に褒められて、どや顔していた音穏だが、あらかじめ解説用に用意していたスケッチブックを看破され、赤面した。
『そんなことないです。超高速で書きました』
「そんなこと言っちゃって、かわいいんだから~」
赤面する後輩の頭を撫でて褒めまくっていた。
「あと桃香ちゃんも分からないことがあったらいろいろ聞いてね。私も初心者から始めたから、初心者ならではのところも何でも聞いてくれちゃっていいよ」
「はい、ありがとうございます」
涼子の気遣いにより、桃香の中にあった、これからの剣道初心者としての不安も少し和らいだように感じた。
「思い出した、河上と言えば、見覚えがあるわね薫」
「なんだよ」
「ほら1年生の時に…」
風見の発言により、唐突に思い出した薫は、咄嗟に風見の口を抑えにかかった。
「それ以上しゃべったらぶっ飛ばす」
「悪かったわよ。これは軽率だったわね」
そうしてこの話題は封印することになった。
「先輩方どうしたんですか?」
「あんまり気にしないで」
風見にそう言われたが、凛はキョトンとしていた。
そのやり取りを横目に、涼子は手拍子を2回取り、部室の注目を集めた。
「おしゃべりはここまでにして、稽古始めるよ」
各々が返事した後、剣道着へと着替え始めた。
「風見ちゃん、薫ちゃん、坂本さんの面倒は誰が見る?」
「私が見ます」
涼子に返答し、自分が桃香の面倒を見ると伝える。
「いや、俺が見る」
「あなたは昨日、河上さん見てたでしょう」
「いや、こんな不愛想に任せて逃げられちゃったら困るからな」
風見と薫はどちらが桃香の面倒を見るかいがみ合っていた。
「坂本さん、あっちはなんかやってるからこっちにおいで」
桃香を連れて行こうとしたが、涼子の背後に魔の手が迫る。
「おっと、先輩とはいえ、抜け駆けは許さんぞ」
「ここは譲れません」
抜け駆けは許さないと薫と風見は涼子の首根っこを掴みこちらに手繰り寄せた。
「じゃあ後腐れもなくジャンケンだ。部室の外で決めるぞ、ついてこい!」
桃香の面倒を見るに当たって、薫がそう宣言しそれに了承し、3人の先輩は部室の外へと出ていった。
「先輩たちっていつもこうなのかな?」
『私が初めて剣道部に見学しに行ったときも理由は分からないけど、何かを賭けて勝負事してたよ』
先に入部していた音穏の先輩の動向に対する書き込みを目にし、凛は呆れ気味だった。
「桃ちゃんもモテモテだね」
「そんなことないよ~」
先輩たちの桃香争奪戦に本人は恐縮気味だった。
そして部室の外の剣道場では、ジャンケン大会が繰り広げられていた。
「やった~、私の勝ちだよ~」
「今の後出しだろ。ノーカン、ノーカン」
涼子の勝利により決着がついたようにも見えたが、薫が愚図っていた。
しかし、このあまり意味のない勝負事は顧問の先生の襲来により終わった。
「お前らは一体何してんだ。稽古はどうした稽古は」
「山崎先生、こんにちは~」
「はいこんにちは、ってちがぁあーーーう!」
山崎先生と呼ばれる若い男の先生と薫によるノリツッコミ芸が繰り広げられていた。
「放課後になって大分経っているのに何をやっているんだと聞いている」
「すみません。初心者の後輩の面倒を誰が担当するかを決めていたのです」
失礼を働いてしまったことを謝りつつ、ことの発端を風見が説明をしていた。
「初心者の後輩?榊原一人しかまだ入部してないだろ」
「ところがどっこい3人に増えたんですよ先生」
山崎の疑問に対し、薫が自慢げに話し、そして部室の中にいた凛、桃香を手招きし呼び寄せた。凛たちも顧問の先生に挨拶がまだであることを思い出し、入部届を片手に部室を出た。
「河上さんと島田さんね。はい、承諾しました。ケガと問題を起こさないように気を付けることを第一によろしくお願いします」
「「宜しくお願いします」」
山崎の了承に凛と桃香は同時に発した。しかし、凛は山崎の言っていた問題を起こすというところに疑問を持っていた。そう聞かされた最初の一瞬はそう感じていたが、周りの先輩方を見て理解した。先生方も大変だなとしみじみ感じていた。
それと同時に、凛の中で抱えていた剣道に対するわだかまりが一つ消え、原点に立ち返ることができたと思う凛であった。




