意外な答え
凛は剣道を再開することを心に決めたが、一度投げ出してやめてしまい、周りに迷惑をかけてしまったことから両親の同意を得るのが難しいかもしれないと考えていた。思い切って相談したところ、思いがけない答えが返ってきたのである。
「いいわよ、また始めても」
意外だった。凛は帰宅し、母親に再び剣道を始めたいと願い出た。剣道部への入部は厳しいだろうと考えていたことから、この答えは予想外だった。
「前に剣道を投げ出すようにやめたのにまた始めていいの?」
「そうね、最初は高い防具まで買ったのにやめるなんてと思ってたんだけど、あなたが最後の大会でボロボロの姿を見ていたら、これ以上は続けさせられないなって。だから剣道から手を引かせたのよ」
「じゃあどうして――」
母の話から、凛はどうして再び始めていいのか尋ねようとしたが、母は続ける。
「蘭が言ってたのよ」
「蘭は、凛だったらまた剣道を始めると思うよって言ってたのよね。時が進めば、切磋琢磨できる親しい仲間が出来て、そうしたら自ずと道場に足を運べるだろうって」
母のその言葉から凛は衝撃を覚えた。今は大学の寮生活をしている姉だが、姉とまだ一緒に暮らしていた時期に剣道をやめて以来、本当は大好きであった姉を邪険にしてしまい、極力合わないようにしてしまったのにそこまで考えていたのかと凛は震えていた。
「普段から明るい性格だった蘭自身も責めていたのよ、自分のせいで凛を苦しめたせいだって」
凛は、思い出していた。姉は、小学生時代から技術・精神面においても、同学年の子を圧倒していた。そんな姉の姿に触発され、凛は姉のように強くなりたいと考えていた。凛にとっては、姉は、誇り、憧れであったが、姉が最強と呼ばれている重みが自身にも理解ができるようになった頃に、周囲の期待、重圧から姉と同じレベルでなければならないという、感情に取り付かれてしまっていた。
「凛だったらまた這い上がれるだけの力はあるし、自ら進んで始めたいって言うんだったら、止める理由なんかないね」
「ありがとう…お母さん…」
母と今はいない姉からの後押しがあり、凛は剣道部に入部する決意を固めた。
凛は内心そう思う。周囲の人の助けがあり、自分が存在していける。。
「あ、でも今お金ないから防具とか買うんだったら自分でお金貯めてね」
「あっはい」
母親に対して、凛は抵抗できなかった。買ってもらうなんて発想が甘かったことに今気づいた。アルバイトでもしてお金を貯めないといけないな、凛はそう考えていた。
「冗談よ。あっ、そういえばおばあちゃん家に蘭が高校生の時に使ってた剣道着、防具一式を蘭が置いていったって言ってたわね」
「本当!?」
「蔵の中に置いていてあるはずよ。本当にこのために置いていったのかしら、あの子は?」
「今すぐ行ってきます」
「あまり遅くならないでよ~」
「は~い」
母と話し終えた凛は、夕日の陽ざしを背に自転車にまたがり、同じ市内に住んでいる、祖母の家に駆けていった。
凛が出かけていくのを見送り母は自分の実家に電話した。
「もしもし、母さん?今そっちに凛が向かったからね」
「まあ急にどうして?」
「また剣道始めたいって言ってたから、蘭の置いていった防具一式を取りに行ったよ」
「あらあら、爺さんに無理やり始めさせられて、あんなにボロボロになってかわいそうだったのにまたどうして……」
「ふふ、詳しくは聞いてないけど学校で突き動かされた何かがあったんじゃないの?」
「分かったわ、あんまり無茶をさせないようにね」
そうして、電話を切り凛の母は、自身の母親との電話を終えた。
凛は、田んぼ景色の横を走り受けながら祖母の家に到着した。
「凛ちゃん、よく来たわねぇ、さあ上がって」
「でも迷惑かけるといけないから、蔵に取りに行くよ」
「もう部屋に運び込んであるから、おあがりなさい」
「はい、お邪魔します」
凛は、母方の実家に足を踏み入れた。敷地は広く、家は大きな木造二階建ての家である。周辺は森に囲まれており、敷地の隅に蔵がある。
家に上がると祖母は最初に仏壇のほうに向かっていった。そして仏壇の前に座り、鈴を鳴らした。
「爺さん、凛が来ましたよ」
「おばあちゃん、まだ死んでないよ」
「ふん、こんなかわいい孫たちに無理やり剣道を始めさせたんですもの、本当だったら蘭にも始めさせたくなかったわい」
祖母はそうつぶやいていた。事実、祖父の勧めで蘭が剣道を始めていた。だが、凛は姉の影響で始めているが祖父が原因だと思っているそうだ。
本当に仲がいいんだか悪いんだか、わからない。祖父はというと、最近、庭で転び骨折したため入院している。
「防具はそこに置いてあるよ」
祖母の指さす先に剣道着、防具一式、そして竹刀まで置いてあった。
「蘭が高校卒業するときに置いていったんだよ。自分は心機一転して使わないから蔵に置いてといてくれって言われちまったんだよ」
そう祖母が言っていた。しかし凛は迷っていた。姉の防具があると聞いて、勢いで飛び出してきたのはいいものの、本当に自分が使っていいものなのか。
「おばあちゃん…、これ私が使っていいものなのかな?」
「使っていいも何も、蘭が使わないって言ったんだから、持ち主はもういない。大事に使ってあげなさい」
凛の疑問を祖母はすぐに答えた。大事に使いなさい。この言葉を凛は心に深く刻んだ。
「お邪魔しました。おばあちゃん、また来るよ」
「今度は家族みんなでいらっしゃいな。爺さんは始末しておくからの」
凛は苦笑いしつつも、道着、防具一式の入った黒い防具袋と3本の竹刀の入った青い竹刀袋を手にし、帰宅の途についた。




