自分の弱さ
凛は悪夢から覚め、桃香と音穏に自分の過去を話していく。凛が話していく中、剣道の嫌いな理由に納得のいかなかった音穏と言い合いになってしまう…。
凛は薄暗い空間を漂っていた。
「私は剣道が――」
凛は言いかけるも意識が現実へと戻っていく。そして凛は夢から覚め、ゆっくりと瞼を開け、起き上がり辺りを見渡した。
「あれ…ここは?」
「凛ちゃ~ん」
凛が目を覚ますと近くで看病していた桃香が飛びついてきた。
「急に倒れちゃって、どうなっちゃうかって心配したんだよ~」
「心配かけちゃってごめんね、私はもう大丈夫だから」
心配している桃香を落ちつけながら、凛はそう答えた。ゆっくり周りを観察するとどうやら保健室のようだ。凛はベッドに横たわり、近くで桃子が椅子に座り看病していたのが見て取れた。そしてスケッチブックを抱えた音穏も確認できる。
『夢の中でだいぶうなされているようだったが大丈夫か我が親友よ』
音穏がスケッチブックにでかでかと書き込んでいた。
「わが親友よって…親友になった記憶がないんだけど」
『ごめんなさい調子に乗りました。私を見捨てないでください』
凛は音穏の質問攻めに対する軽い仕返しをしたつもりだったが意外に効いているようだ。
「冗談冗談。音穏ちゃんも心配してくれてありがとう」
凛は音穏に対してお礼を言うと、涙目だった音穏の表情に笑顔が戻った。
『ところで寝ている間、だいぶうなされているようだったが大丈夫なのか?』
「そうそう、途中からすごい苦しそうな顔になったりして――」
桃子と音穏は夢にうなされていた凛を心配そうに問いかけてくる。
(隠し通せるのはここまでか……)
やはりすべてを話すことにしよう。凛は心に決めた。
「桃ちゃん、音穏ちゃん話があるの」
桃香ならまだしも今日初めて会ったばかりの音穏にも話すべきか迷ったが、ここまで私の身を案じてくれている人なら問題ないと思い話し始めた。
自分自身が剣道をやっていたこと、剣道をやめたこと、剣道が嫌いであることを話していく。
「これで全部…」
凛は自身の剣道のことをすべて話したが、桃香と音穏は言葉に詰まっていた。無理もないことも分かっている。そして桃香が凛に質問を投げかけた。
「凛ちゃんはもう剣道はやらないの?」
凛はうつむく。その質問が来ることは分かっていた。
(剣道はもうやりたくない。ただそれだけを言えばいいのに、この躊躇いは何なの……)
凛はその一言が言えず、固まる。夢で見ていた自分からの問いかけで迷いが生じていた。
『ふん、話しを聞いていれば試合に負けただけで剣道を辞める軟弱ものだったか』
突然音穏が太字のマーカーで書いたスケッチブックに吐き捨てていた。その様子は凛の事実に言葉が詰まっていたということよりも怒りがこみあげている様子だった。
「そんなことっ!あなたには周囲からの期待を越えてくる重圧が分からないのにどうしてそんなことが言えるのよ!」
凛は音穏からの書き込みに憤りを込めていた。ベットに座っていたが、立ち上がり音穏に詰め寄る。それを聞いた音穏は反論しようといたが、スケッチブックに書いていた手は止まる。手がわなわな震えだし、手に持っていた物を床に叩き付けた。
「重圧だからなんだっ!技術があっても、そんなメンタルじゃ名折れもいいところっ!心の成長がまるっきりなってない!」
手書きでの会話だった音穏が急に声を荒らげた。その声には苛立ちが見える。そして凛は突然の地声に驚いた。
「私だって、稽古をたくさんして、レギュラーを勝ち取って……」
凛は言葉に詰まっていく。
「剣道は心身を鍛錬する武道。そんな理由で剣道が嫌いになったからやめたって、なってたまるもんか!」
「音穏ちゃんもそこまでにして、凛ちゃんも――」
桃香が凛と音穏を静止しようとあたふたしている。
音穏は凛の心の弱さを看破した。そして、凛は言い返せなかった。
改めて過去を振り返ると否定はできなかった。
剣道が楽しかったから続けていたのに、いつの間にか大会に優勝するため、周りを見返すためと、いつの間にか目的がすり替わっていたことに今さながら気が付いた。
そして心の中のもやもやが吹き飛んでいた。
(弱かったな、私)
凛はそう思った。ここまで面と向かって、自分の弱点を突き付けられたのが初めてだった。
「ごめん降参。音穏ちゃんの言ってる通り」
凛にそう言われると、音穏は頬を赤らめ、少し照れているように見える。そして音穏自身がいつの間にか実声で話していたことに気付き咄嗟にスケッチブックを手に取った。
『分かってくれればそれでいいんですよ、まったくしょうもないですね』
音穏のスケッチブックにはそう書きこまれていた。凛は音穏のことをツンデレだがとてもいい子だということが分かった。
「あー、やっぱり友達になるのやめようかなぁー?」
『冗談です冗談です。今のはなかったことにするので許してください何でもしますから』
「冗談冗談」
音穏に少し意地悪した凛だったが、すぐに訂正した。
「あっ、でも今何でもするって言ったよね」
凛は音穏を問い詰めたがそっぽを向いて口笛を吹いていた。全く吹けていないが。
「2人できれいに解決しないでよ~。どうなるかひやひやだったんだから~」
喧嘩をしていた2人の様子を見ていた桃子は安堵の表情を浮かべていた。
そして、保健室のドア越しに中の様子を確認している人影がある。
薫、風見、涼子の3人であった。保健室に凛を送り届け、体に異常がないことは確認できたが、大人数でいると迷惑がかかるため部室に戻ると言いつつ、陰ながら見ていたのである。
「よかったね~薫ちゃん、無事で」
「何だか盗み聞きしてるみたいでいやなんだけど」
涼子が薫に尋ねたが、盗み聞きしている状況を快く思わない風見に割って入られた。
「いいじゃないか別に」
「私は嫌だ」
「それじゃあ俺たちも中に入ろうぜ」
薫は風見の意見をスルーしつつ、保健室へと足を踏み入れた。
「よぉ河上さん、気分はどうだい?」
「あなたはもう少し悪びれなさい」
凛が倒れたきっかけを作ったのに悪びれない薫を風見が後ろから蹴りを入れた。
「あぁ、さっきは悪かったな」
「私はもう大丈夫なので、心配ないです」
謝罪する薫を凛は許した。本心はあまり許していないが。
「あと先輩方にも伝えておきたいことがあります」
「あー、その件は盗み聞きしてたからもういいや」
凛が真実を話そうとしたが、盗み聞きをしていたという事実を聞かされた。凛は盗み聞きしていたことは少々怒りを覚えたが説明をする手間が省けたので、まあいいかと考えていた。
だが、スケッチブックを抱えていた彼女は、恥ずかしそうに顔を隠していた。
『先輩方、話はどのあたりからお聞きになられてたんですか?』
「そらぁ、最初からだよなぁ涼子」
「そうだね~、喧嘩しているところなんか青春を感じちゃったよ~」
音穏は顔を赤らめながら先輩方に訪ねたが、薫と涼子から嫌な予感の通りの答えが返ってきて戦慄した。自分の地声を聞かれたことに動揺を隠せなかった。
「いや~、音穏ちゃん恥ずかしがり屋だと思ったら、あんなかわいらしい声を出すんだもの~。驚いちゃったよ~」
「稽古の時しか声出さないから、初めて聞いた声が怒声とは恐れ入ったぞ」
涼子と薫が音穏の初の地声の感想をまじまじと述べていた。
『それ以上はやめてください。ふてくされますよ』
「もぉ~照れちゃって~、かわいいんだから~」
恥ずかしさがオーバーヒートした音穏に涼子がぺたぺたとくっついている。
そして、和やかになった空気の中で風見は切り出した。
「河上さん、こんなこと聞くのは無粋だけど、部活はどうする?」
風見の凛に対する質問に周りの空気が静まり返る。
「…少し考えさせてくれませんか?」
「分かったわ。でも無理に入部は強要しないから、そこだけは心配しないでね」
凛はそのように答え、風見も強要しないと約束する。
「凛ちゃん……」
桃香が心配そうな顔していた。こんな真実の話を聞かされた後では、無理やり部活見学に同行させたことに罪悪感がある。
「桃ちゃん。大丈夫だよ」
もうやめない。凛の心の中にはその決意が固まりつつあった。
『入部を躊躇うのに何か理由があるの?』
「いやー、4年前に剣道を辞める時にかなり周りに迷惑をかけてしまったので、入部を許してもらえるか、かなり微妙なんですよね」
凛に対して持っていた疑問を音穏が切り出したが、凛の表情は厳しそうだった。凛自身、自暴自棄になって剣道をやめたため、再び剣道を始めたいと両親に言いづらいというのが理由である。
「だけど、また自分で剣道を始めたいっていう感情が沸きだしそうです」
凛は自分の本心を語る。
「そうだな、俺たちはいつでも待ってるから絶対来いよ。来なかったら今度こそ――」
「無理強いしないって言ったばっかりでしょうが」
無理強い満々の薫に風見はジャージの首根っこを掴んだ。
「私は河上さんの凄い技もっとみたいな~」
『こんなところでやめないでよ。私の説得スキルが無駄になっちゃうんで』
涼子と音穏も剣道部に入って欲しいという願望が丸出しだった。
「あなたたちもいい加減にしなさいよ」
風見のツッコミが入ったが耳を傾けるものがいなかった。風見自身も凛に剣道部に入って欲しいという考えはあったが、本人の事情もあるため口には出さない。
「河上さん、あとの処理は私に任せて今日はもう上がっていいよ。やることがたくさんあるんでしょ?」
「ありがとうございます。失礼します」
風見は気持ちが抑えられていない部員を抑えつつ、凛を帰宅させ、凛もまた今の自分の思いを伝えようと考えていた。凛は保健室を後にし、剣道の面々に挨拶し荷物をまとめ、帰宅の途についた。
そして凛が去った後、保健室にて。
「それじゃあ、俺たちも道場に戻って短いけど練習を再開するか」
「まった、その前に島田さん以外の3人はここに正座しなさい」
「なんでだよ~、無事に解決したんだからいいじゃないかー」
「河上さんを追い詰めて倒れさせたのはあなたの責任です」
風見の説教を薫は愚図っていた。
「座れ」
「…はい」
薫は説教から逃れようとしたが、風見の鋭い追及がから逃れるすべがなく渋々下った。
「なっ…馬鹿なっ、あの薫ちゃんが自ら敗北宣言を…」
『私はどんな圧力にも屈しないので問題ないですね』
唖然とする涼子と余裕な雰囲気を醸し出している音穏にも風見の手が伸びていった。
「私は何もしてないよ~」
「先輩も薫に加担した時点でダメです。そもそも部長がこんなことしてどうするんですか」
白を切る涼子を一刀両断。
『私は、説得して凛ちゃんを剣道部に引き入れた功労者ですよ』
「まだ入るって決まってないでしょうが」
どや顔で話す音穏を一刀両断。
3人の健闘空しく風見の説教が始まり、そして鉄槌が下された。
「まったくあなたたちは…」
「でもよー、風見は河上さんに剣道部入って欲しくないのかよー」
「それは……できれば入って欲しいけど…」
「ほらほら~、頭で考えても体は正直なんだから」
「またしばかれたいようで?」
呆れる風見の本心をついた薫だったが、茶化しすぎたため風見の逆鱗に触れそうになったことから、この話題を一旦やめた。
「あとは彼女に委ねましょう」
涼子はこのことはすべて凛に委ねるとそう部員に伝えた。そして桃香も親友の凛が無事に帰ってくることを願っていた。




