悪夢
凛は夢の中で4年前のことを思い出していました。周囲の期待と姉の壁が重くのしかかり、最後はすべて投げ出したことを振り返りました。
凛は夢を見ていた。
うっすら辺りを見渡すと、どこかの体育館のようだった。体育館の中には剣道着姿の小学生が多く、剣道の試合が行われていた。
凛には見覚えがあった。
目に映っていたのは、自身が剣道から身を引くことになる最後の試合だった。
全国少年剣道大会団体戦県予選3回戦、佐々木剣友会対西武館が行われていた。佐々木剣友会は、数年前までは、強豪として名を馳せていたが、近年の成績は芳しくなく、昨年は2回戦敗退という結果であった。対して西武館は県内有数の強豪であり、3年連続全国大会出場し、全国大会においても、ベスト4という結果を残している。
そして、試合開始のホイッスルが鳴り響いた。
試合経過は西武館が押しており、凛の出番が迫る。頭の中は重圧しかなかった。負けてはいけない、姉を越えなければならない。その思考が凛の頭の中をひたすら駆け巡っていた。
剣道は本来、強さだけを求めるスポーツではないため、チームの強弱は関係ないのかもしれない。指導者の佐々木先生からも言われていた。しかし、一度全国大会という舞台を踏んでしまえば、周囲からの期待も大きくなり、全盛期であった時代とも比較されることが多くなった。ここ数年の佐々木剣友会は間違いなく「弱い」と評されている。凛も例外ではなく、栄光を手にした姉と比べられていた。
凛は一礼し、開始線へ足を進め蹲踞。試合開始の合図を待った。
そして、試合開始のホイッスルが鳴り響く。
互いに竹刀を中段で構え、相手の出方を窺う。そして凛から攻めに掛かる。それに相手も呼応するように互いに打ち合い。それの試合を観覧している人は互角だと見ていた。試合のレベルも小学生という枠から出ている感じている人も見受けられた。しかし、戦局は途端に変貌する。凛が相手の剣先を崩し、面を打ち込みにいくと竹刀を動かした刹那。
「小手ぇええ」
相手の竹刀が凛の小手に直撃した。この打突に対し、3人審判は相手の赤旗を振り上げた。
「小手ありぃ」
主審が今の結果を下す。
凛は立ち尽くす。高速のカウンターに反応できなかった。そしてその結果に凛は揺らいでいた。
(今のは確かに捉えたはずだ。……捉えたはずなのに)
凛は口に出さなかったものの、言葉尻も次第に弱くなっていく。まるで自分の中の何かが消えかけてくようだった。
一本が入り、中断した試合は開始線に戻り再開の合図をまった。
「始めぇ」
審判の合図とともに凛は相手の面に竹刀を振りかざす。
(ここで決めなくちゃ。勝たなくちゃ、もう元の場所には戻れない)
凛は折れかけていた自分の心にそう命じる。
「めぇぇーん」
高速で相手の面を打突しに行く。今までで一番早い面打つ。まだ負けていない。
(剣の強さでを見返してやる)
しかし、凛の放った面は空を斬った。眼前に相手がいなかったからである。その行方は、自身の胴から放たれる打撃音と審判が振り上げた3本の赤旗から示された。
「胴ありぃ」
主審の宣言により確定し、相手の勝利が確定した。
そしてこの試合の中で凛の中にあった何かがプツンと切れた。まるでテレビの電源が落ちるかのように切れた。目の前の試合への集中力か、剣道に対しての情熱か、何が切れたのかわからなかったが、気力が抜けていくような感覚に囚われた。
試合終了後、チームのみんなや周りの大人から何か言われていたような気がしたが覚えていない。あなたのせいだとかそんなことないとか飛び交っていたような気がしたがはっきり記憶に残っていなかった。
この一か月間道場には顔を出さなかった。度々連絡は入っていたようだが、凛は連絡を取ることはなしなかった。
(あんな無様な試合をして、合わせる顔などない)
凛はそのように自分に言い聞かせている。そして、試合の結果に対する自責の念は消えることはなく、凛の頭の中でそのことがぐるぐると渦巻いていた。
そして最後の試合から一カ月後、父の転勤で転校することになった。このとき同じクラスの人には別れを告げたが、佐々木剣友会の人たちには伝えることはしなかった。この日を境に私は剣道をやめ、そして剣道が嫌いになった。




