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Rotary  作者: 文月/尋道あさな
CHAPTER-Ryu

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第8話 戻らない場所

「――ミツルが迎えに来るはずだった。それまで預かれって、アイツ……」

「ということらしい。どうする?」


 気力をなくしているリュウの言葉を引き継ぎ、久住が私に問う。


 いや、そんな、どうするって言われても。


「えっと、じゃあ……帰ります」

「だそうだ。安形、送ってやれ」

「……何で俺が」

「悟がもうすぐコンビニから帰ってくる。せいぜいあと5分だな」

「……」


 目の前で交わされる会話を黙って聞きながら、出されたミルクティーを飲む。


 ひんやりと冷たく甘いミルクティーは、さすが喫茶店と言える味だった。パックのものとは違い、ちゃんと紅茶の香りがする。


「――おい」

「私?」

「お前しかいねぇだろうが。……送っていってやる」

「そんな嫌々言われても……。自分で帰るからいいよ」


 リュウの気迫に慣れたのか、さっきよりは普通に話せる。しかめっ面をさらに険しくし、リュウは私へ舌打ちした。


「いいから早く出ろ。食われてぇのか」


 ハシバミツルがリュウに私を『預かれ』と言ったのは、リュウを帰らせないためだったのかもしれない。


 今にも立ち上がりそうなリュウに釈然としない気持ちを抱きながらも、ミルクティーを飲み干した。


「ごちそうさまでした。いくらですか?」

「久住、ミツルに出させろ」


 トレイを片手に立つ久住へ値段を聞いたはずなのに、リュウが私の言葉へ被せるようにハシバミツルの名前を出した。


 とんでもない。


 ハシバミツルに奢られれば、私はまた『借り』を作ることになってしまう。


「払うから。ハシバミツルに借りなんて作りたくない」

「こんなもん借りになるかよ。いいから早く立て」

「リュウ!」

「お前、タキの好みど真ん中なん――」


 リュウが何かを言い切る前に、からん、と入り口のドアが開いた。


「久住ぃ! 駐車場に龍ちゃんの車が……」


 店内がしんと静まった。


 一瞬のはずなのに、その沈黙が妙に長く感じられる。


 久住の視線が私へ向かい、リュウの視線は入り口へ向かう。示し合わせたように2人は目を合わせると、久住が私の背中を軽く叩いた。


「……下向いて出た方がいい」

「え?」


 リュウが立ち上がり、入り口へ歩いていく。その間、私は状況を理解できないまま首を傾げることしかできなかった。


「――女がいる! 龍ちゃんと女! おい聞いてねーぞ! いつの間にっ……」

「黙れ」


 闖入者はリュウに顔をわしづかみにされ、そのまま強制的に黙らされた。


 リュウは私を睨み、1度だけため息を吐く。


「……先に行って乗ってろ」


 片手で投げられた車のキーを、久住がぱしりと受け取った。それを私へ差し出しながら、首筋をかく。


「また鈴子がいるときにでも来てくれ。安形は面倒見がいいから、別に悪い奴じゃない」


 どう反応すればいいのか分からない情報に曖昧な頷きを返し、財布から1000円札を取り出す。


「これ、置いておきます」


 ハシバミツルに出させるわけにはいかない。


 テーブルに置いたお札を見て、久住がうっすら笑ったような気がした。一瞬だったから、よく見えなかったけれど。


 リュウと闖入者の男を横切り、1人で喫茶店を出る。


――ペースが乱されてる。


 鉄矢といい、ハシバミツルといい、リュウといい。


 私のペースを乱してばかりで、不快感と楽しさが入り交じっていた。


 邪魔しないで。乱さないで。


 そう思っている反面、誰かと過ごす時間は正直、楽しかった。


 リュウの車へ近づいてから、もう1度気持ちを切り替える。


「……違う、でしょ」


 私が求めているのは、一夜限りの遊びだけ。


 長く付き合ったり、こんなふうに楽しい時間を過ごしたりしたら、きっと1人ではいられなくなる。


 そう決めると、不思議なくらい罪悪感も未練もなかった。


 久住から渡されたリュウの車の鍵をどうするか考え、財布から小さな袋を取り出す。


『お年玉』


 そう書かれた紙の袋は、中学生のときに母親からもらったものだ。中身は500円分の図書カード。


 未使用のカードを抜き、代わりに車の鍵を入れた。歪に膨らんだ袋を、背伸びして車の上へ置く。


 もし車が盗まれたらごめん――でも、リュウもすぐ戻ってくるだろう。


 裸のまま鍵を置くよりはいいと思ったけれど、袋に入れたせいで、かえって分かりにくくなったかもしれない。


「まぁ、いっか」


 鍵を無用心に他人の私へ預けたリュウも悪い。


 そう思うことにして、駐車場をあとにした。


 帰ろう。


 ロータリーで遊ぶ、馬鹿で無能な女に戻ろう。


 そうすればきっと、こんなふうにペースを乱されることはない。


 リュウはたぶん、本当に面倒見がいいんだろう。


 だから私には似合わない。


 面倒そうにしながらも放っておけない。束の間の時間を一緒に過ごしてやるとでも言いたげな、とても偉そうで生意気な態度。


――ついてこい。


 見上げなくてはならない身長と、先を歩く逞しい背中。


 年下なのにぶれないところが、羨ましいとすら思えた。


 それからは、バイトをして家に帰るだけの、いつもと変わらない生活を過ごしていた。


 違うのは、ロータリーへ行かなくなったことだけ。


 鉄矢がいるかもしれない場所。


 そう思うと、行く気になれなかった。


 公園を横切るたび、期待なのか緊張なのか、自分でも分からない感覚に少しだけ身が縮む。


 会ってしまうかもしれない。


 ハシバミツルに。リュウに。


 会いたくないと思う反面、どこかで期待している自分もいた。ペースを乱されたくなくて離れたくせに、都合がいい。


 ただ、きっと。


 私が求めているのは『人との関わり』で、相手が誰であっても構わないんだろうと、他人事のように思った。


 1人暮らしをすると独り言が増える、なんてよく聞く。けれど私は、たまに反射的に声が出るくらいで、無言でいることの方が多かった。


 だからなのか、余計に侘しい。


 寂しくなって、泣きたくなる。


 こんなとき、友達でもいたら寂しさを紛らわせることができたのだろうか。


 バイトをして、家に帰る。


 それだけの生活は、感情の起伏をさらに平らにしていく。


 笑うことも、泣くこともない。


 泣きたいのに、泣けなかった。


 胸の中が空っぽになるだけで、涙なんて出てこない。


 悲しいとは少し違う喪失感を言葉にするなら、やっぱり『侘しい』が一番近い気がした。

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