第12話 やめよう
懲りない馬鹿な女だと思ってくれていい。
誰にどう思われようと構わなかった。
それくらい、参っている。
部屋に1人でいる間、考えるのは鉄矢や久住のことばかりだった。
見る目がないのかもしれない。男運が悪いのかもしれない。
それでも1人は寂しいから、私はここに戻ってくる。
ロータリー。
吹き抜ける風が髪を揺らし、ネオン看板と駅から放たれる光で、夜なのにずっと明るい場所。
並ぶ車はVIPカーばかりで、集まるのは大体若者だ。制服姿の人間はいないけれど、明らかに高校生らしい顔も混ざっている。
パトカーが来れば散り散りになり、数分後には元通り。
カラオケにファーストフード店、コンビニにホテル。
眠らないロータリーとその周辺は、いつも明るい。
つまらなそうに集団を眺めながら缶コーヒーを飲む私も、彼らと同じだった。寂しさや退屈をごまかすために、ここへ来ている。
大人しそうなフェミニン系の女の子も、話し掛けられれば嬉しそうに男へ微笑む。ホストらしい男たちは、キャバクラ嬢の集団に声を掛けていた。
さまざまな人が集まり、その日の相手を決めて消えていく。
そんな風景から自分だけが切り離されたような気がして、無理やり缶コーヒーを飲み干した。
コンビニで買ったばかりのガムを開け、口へ放り込む。
「ナミ。――来ないって言ってたのに。安形と何かあった?」
「鉄矢」
突然、真横から現れたのは、ダークグレーのカーディガンを着た鉄矢だった。
「別に、なにもない。……今日は来ないと思ってた。平日だし、早い時間だから」
「ナミが来たら連絡入れてって、後輩に言ってあるんだ」
「なにそれ、卑怯じゃん」
声は震えていないだろうか。
普通に受け答えできている?
全身に鳥肌が立つ。
だけど、動揺していると思われたくない。
「卑怯かな」
「……うん」
「ナミ、ちょっと話さない? ファミレスでも行く?」
数秒遅れて、ようやく言葉が出た。
「……ごめん」
返せる言葉は、それしか見つからなかった。
「久住から聞いたんだ?」
「違う。久住は何も言ってないよ」
「ははっ、知ってる。絶対言わないだろうな、久住は」
ポケットから煙草を取り出し、鉄矢は1本くわえて引き抜いた。かち、と鳴ったライターの火が、その先へ移る。
「――久住にいろいろ教えたのって、俺だったんだよね」
煙を吐き出し、鉄矢は私へ笑い掛けた。
「アイツ要領いいからさ、俺よりずっと賢かった。あっという間に俺を追い抜いて、客もごっそり持っていったな」
笑い話にするには重すぎて、聞いていて楽しい話でもない。
だけど、逃げ出すこともできなかった。
「トントン拍子に金を増やして、マンション買って店開いて、正直、俺なんかとは比べ物にならないくらいやり手だったよ」
久住の利発そうな顔を思い浮かべれば、嘘の話だとは思えない。
空になった缶を弄びながら、俯いて話を聞く。
「でも、やめた。アイツ……いきなりやめたんだ。客は俺に回して、あっさり手を引いた」
「……なんで?」
「これ言うとさ、久住の株上げるみたいですごい嫌なんだけど――弟のためだって」
「弟……」
「って言っても、弟のためっていうのは俺の見解。アイツは『飽きた』としか言わなかったからさ」
やり手だった久住が、あっさり手を引いた。
理由は弟のためで、そのあと本当に鉄矢とは離れていた。
久住に、そんな過去があった。
「正直、すごいと思った。俺も久住も、あっち側にいた人間だからさ。それでも簡単に抜けられるようなものじゃない」
「中毒とか、は?」
「乗り切ったってことなんだろうな。普通じゃ考えられない。……俺には、多分無理」
物悲しそうに微笑む鉄矢は、そんなことに関わっている人間には、とても見えなかった。
「鉄矢は、やめないの」
なぜそんなことを聞いたのだろう。
思わず口から出た言葉に、自分でも驚いた。
「やめたい、って思うときもあるよ」
それはつまり、今はまだやめる気がないということで。
「ナミ。あのとき、本当に嬉しかった。だけど、もう近寄らないから――迷惑になるだろうし」
「……鉄矢」
「うん?」
「ご飯、奢ってくれてありがと」
線を引いたのは、私からだった。
だけど今、鉄矢は自分から線を引いた。
他でもない、私のために。
「俺、ナミのこと好きになりかけてたよ」
へにゃりと相好を崩し、鉄矢は情けなく笑った。
そのまま背中を向け、ひらひらと手を振りながら歩き出す。
――付き合いてぇなら助けてやるよ。
――フツーの男にすりゃいいんだろ。
鉄矢が普通の男だったら。
今頃になって、ハシバミツルのあの言葉が胸に染みた。
「――鉄矢っ!」
私は、何を言おうとした?
「うん?」
鉄矢が振り返る。
「やめよう……!」
口が勝手に動く。
「もう、やめようよ。そういうの……!」
歪む視界。にじむ景色。張り裂けそうな胸の痛み。
「ありがとう」
先に泣いたのは、鉄矢だった。
そして、笑ったのも鉄矢だった。
「ナミのこと、忘れないよ」
優しい拒絶に、涙があふれる。
馬鹿は私だ。
ずっと、気づかないふりをしていた。




