↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Rotary  作者: 文月/尋道あさな
FINAL CHAPTER

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/13

第13話 Rotary

 いつだったか、たった1人の大事な人に愛される将来を想像したことがある。


 母親からの期待。父親からの同情。他人と比べて、勝手に感じていた劣等感。


 馬鹿にしていたのは、私の方だ。


 周りはみんな馬鹿で、自分だけはそうじゃないと心の中で思っていた。


 プライドの高さは、母親譲り。


 だから寂しいくせに、誰も踏み込ませようとしなかった。


 自分が寂しいときにだけ寄り添ってくれる人が欲しい。たまに叱って、たまに甘やかしてくれる、自分を見てくれる人が欲しい。


 本当は甘えたいのに、それを口には出せなかった。


 たぶん、あの頃にはもう好きだったのだ。


 気づいたときには、鉄矢を好きになってしまっていた。


 無条件に優しくしてくれて、私を真っ直ぐ見てくれたから。


 鉄矢を守りたいと、一瞬でも思っていた。


「触らないで……」


 地べたに座って泣きじゃくる私の腕を、誰かが強く引いた。


「馬鹿が」


 冷たく浴びせられた言葉には、不思議な温かさがあった。


 やめて。


 見ないで。


 触らないで。


「見るな……っ」


 リュウは私を抱え上げ、そのままロータリーを抜け出した。私の顔を隠すように、自分の肩へ押し付ける。


「誰も見てねぇ」


 ぼそりと呟かれた言葉に、嗚咽が止まらなくなった。


 ロータリーの外れに停めていた車まで来ると、リュウは助手席のドアを開けた。


 座席へ下ろされ、私は乱暴に涙を拭う。


 後ろめたいことをしたとは思っていない。


 久住は私の謝罪に返事をした。関係は、あのとき終わったはずだ。


 だからロータリーにいようがいまいが、私の勝手なのに。


 煙草に火をつけたリュウは窓を開け、煙を外へ吐き出す。


 その行動の1つ1つにびくついてしまう自分が嫌だった。


 怒られる。


 そう思った。


 後ろめたいことなんてない。


 それなのに、リュウに叱られるような気がした。


「お前、何が気に入らねぇの? 久住のやってたことか? それとも何だ。ロータリーが家にでもなってんのか」


 リュウが煙草をくゆらせながら口にした問いは、少しだけ予想外だった。


 聞かれるとは思っていなかった。面倒だと愚痴られ、そのまま叱られるものだと思っていたから。


「気に入らないのは……自分。受け入れられない自分が、嫌」

「そりゃ俺にはどうにもできねぇな。自分の感情は自分で何とかしろ」

「何とかならない。変わらないの」

「変わらないって決め付けて、それで満足か」


 澄んだ真っ直ぐな瞳が、わがままな私を貫く。


 そんなこと、リュウなんかに言われたくない。


 そう思って、はっとした。


 私がリュウを下に見る理由は、何だろう。


 年下だから? 作業着を着ているから?


 手のひらが黒く汚れているから?


 自分は、何もできていないのに。


 正論だった。


 リュウの言葉は正しく、力強い。


 いつも見て見ぬふりをして問題をすり抜ける、ずるい私とは大違いだった。


 相手のためになると思った言葉を、リュウは真っ直ぐ吐き出している。


 それが、余計に私を卑屈にさせた。


「私はリュウとは違う」

「どこがだよ」

「……全部。すぐ卑屈になるし、自分がつらいときだけ誰かにそばにいてほしいし、面倒なことには関わりたくなくて、ずっと避けてきたし」


 人のために何かをしたことがなかった。


 誰かのために必死になるのは、怖かった。


 人のために動くことさえ、どこか上から目線で、自分のプライドの高さを見せつける行為のように思えていた。


 私は違う。


 母親とは違う。


 きっと、そう思いたかっただけだ。


「でも、なんかもう、どうしていいか分からなくなった……」


 考えれば考えるほど、悪い方向へ進んでいく。


 鉄矢との出会いも、ハシバミツルとの出会いも、久住との出会いも。


 どの出会いも最後には苦しさへつながって、次も同じになることが怖かった。


「テメェがテメェで思ってるほど、難しくはねぇだろうな」

「……難しいから悩んでるのに?」

「悩むから間違えんだろうが。悩むのやめて、やりたいようにやりゃあいい」


 強いから、そう言える。


 リュウは1人でいることを寂しいと思わないから、きっとそんなことが言える。


「私は運が悪いのかな。それとも、見る目がないのかな」


 好きになれる。


 そう思った。


 違う。


 好きになっていた。


 恋へ進む前に、私は相手を見定めようとして――鉄矢も久住も、自分から除外した。


 なんて酷い女だろう。


 どれだけ醜い感情を、私は抱えているんだろう。


 張り詰めていたものが、するするとほどけていく。


 やっと、自覚した。


 私はお母さんに似ている。


 潔癖で、諍いを避け、傷つかない幸せだけを選ぼうとしている。


「リュウ、私……私ね」


 馬鹿かもしれない。


 ううん。きっと馬鹿なんだ。


「恋に落ちるのは、下手くそみたい」


 恋は、するものではなく落ちるもの。


 だけど私は、それがとても下手みたいで。


「――お前みてぇな女にこそ、アイツがよかったんだろうな」

「え?」

「久住はお前を落としてやれる。上手く扱えんじゃねぇか?」


 でもな、とリュウは続ける。


 煙草の吸い殻を灰皿へ捨てた。


「どうもお前の中じゃ、久住は認められねぇらしい。必要なのは最低限、きれいな過去だけなんだろうが」


 ぴたりと言い当てられても、驚きはしなかった。リュウは不思議なほど淡々と言葉を吐き出す。


「運が悪ぃのは、あながち間違っちゃいねぇ。それに惹かれた理由も分かる」

「惹かれた、理由?」

「お前は自分と似たような奴にばっか寄っていく」


 鉄矢も、久住も、ハシバミツルも。


 何か共通点があるとしたら、それはきっと――。


「孤独って言葉は便利だよなぁ? 使えばいつでも、1人になったような気になれる」


 その言い方は、明らかに私を嘲っていた。


 見下すように、馬鹿にするように、リュウは笑う。


「勘違いすんじゃねぇ。恋愛なんて誰がどこで始めようが、本質に変わりはねぇ」


 髪を掴まれ、少し痛かった。


 リュウは私を自分の方へ引き寄せる。


「何も考えねぇで俺にしとけ。悩んでふらつくくらいなら、いっそ何も考えんな」


 唇が触れた。


 そこに優しい愛情があるようには思えない。


 それでも、リュウの言葉には妙な熱があった。


「俺の視界でチョロチョロすんな。うざってぇ」

「してないし」

「してんだよ。充にまんまと嵌められた」

「……嵌められた?」

「何でもねぇ」


━────── •●• ──────━


 まずは、どこから話そうか。


 リュウと私の関係がどうなったか。


 それとも、久住と鉄矢がどうなったか。


 たくさん話したいことも、たくさん押し殺してきた想いも、やっぱり胸の中には残っている。


 リュウが私を迎えに来た日。


 本人はたまたま通りかかったと言い張っているけれど、あの日を境にロータリーは取り締まりが強化された。


 並ぶ車は警告を受け、若い男女は次々に補導されていった。


 急に決まったわけではなく、実はもっと前から予定されていたことらしい。


 それを知らなかった私は、かりそめとはいえ、居場所を失うことになっていた。


 最近になって私が過去を振り返ったのは、リュウとの出会いそのものが、あまりにも印象の薄い始まりだったからだ。


 鉄矢や久住と過ごした時間の方が、ずっと強く記憶に残っている。


 だけど、これは忘れない。


 忘れたくない記録だった。


「テメェが行かねぇなら俺が行く。あの女が行く場所なんざ、ロータリーくらいしかねぇだろうが」


 面倒臭ぇ、と悪態をつきながら、リュウは車の鍵を握り締めた。


「俺が貰う。文句はねぇだろ? あっても聞く気はねぇけどな」


 そう言って久住を振り返る。


 偉そうで、意思が強くて、マイナスなんて縁遠いほどに、リュウは心底意地悪そうに久住へ笑ってみせた。


 私を迎えに来る少し前。


 久住の店で撮られたその動画は、リュウには決して見つからないよう、今も私がひっそり隠している。


 その記録をくれたハシバミツルは、後に私を見てこう言った。


「まぁ、実際のところさぁ、アレはキミのためじゃなくて、リュウのための紹介だったんだよねぇ」


 リュウは言葉を撤回しない。


 私を悩ませる隙を与えず、強引に先へ進んでいく。


 まだこれが恋愛だと思えているわけではない。


 それでも、こんな出会いも始まりも、きっと悪くはない。


「行きたくなったら行きゃあいいだろ。ただし、俺はお前のことを是が非でも連れて帰る」


 もう行けなくなると知っていて。


 ロータリーが規制されることも知っていて。


 そのうえで、リュウは私にそう言った。


 だから、それを信じてついていくのが、私の幸せなのかもしれない。


 たまに叱って、たまに触れて。


 たまに構って、たまに放って。


 不安にはさせないで。


 だけど、安心し過ぎるのも私には怖いから。


――面倒臭ぇ女だな。


 そう言いながらも手を引く彼を、私はいつか好きになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。