↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Rotary  作者: 文月/尋道あさな
CHAPTER-Kuzumi

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/13

第11話 待っていた人

 久住と一緒にいる間は、時間の流れがゆっくりになる。


 もちろん、そう感じるだけなのだろう。それでも久住のそばには、私が自然と落ち着ける空気があった。


 1日、また1日と、久住と過ごす時間が心地よくなっていく。そんな中、忘れかけていた出会いと、不意打ちのように再会した。


 できることなら会いたくなかったリュウと、営業終了後のカフェの前でばったり鉢合わせたのだ。


「お前……」


 思い出すように眉をひそめたリュウに、苦笑するしかない。


 会ったのはもう2週間も前のことで、忘れていてもおかしくない。他人のふりでやり過ごそうと軽く会釈し、そのまま横を通り過ぎる。


 久住に会いに来たのなら、きっと店に入るはずだ。私がいれば邪魔になるし、久住と知り合いになっていると気づかれるのも、なんとなく気が引けた。


「待て」


 横切った私を呼び止め、リュウは早足で近づいてきた。


 持っていた鞄の持ち手をぎゅっと握り、恐る恐る顔を上げる。


 ああ、嫌だな。話したくない。


 きっと私は勝手にリュウと自分を比べ、彼の面倒見のよさとは真逆の、自分本位な考えを恥じていた。


「お前、充の……」

「すみません、何のお話ですか?」


 訳が分からないという顔をすると、リュウは虚を突かれたのか、目を丸くして無防備な顔になった。


 けれど次第に細められていく瞳が、私を思い出したのだとはっきり示していた。


「ふざけんじゃねぇよ。お前、……あー、名前……確か……」

「ナミ」


 名前を告げたのは、私じゃない。


 低く、穏やかな声。


「あ?」


 リュウが剣呑な雰囲気を漂わせながら、私の後ろを睨み付ける。


「やっと見つけた」


 振り返ることができないのは、その声に聞き覚えがあったからだ。


 強張った身体をどうにか動かして後ろを見る。


 無害そうな穏やかな顔。ワックスでふわりと遊ばせた茶色の髪。ひらひらと手を振ってきたのは――。


「鉄矢……」


 柔らかな笑顔なのに、瞳の奥だけが笑っていない男だった。


「……どっかで」


 ぼそりと呟いたリュウは、さっきよりも険しい顔になっている。


 鉄矢が向けてくる満面の笑みに、足がすくんだ。


「久しぶり、ナミ。連れにいろいろ聞いてから探してたんだ」

「何で……?」


 連絡を拒否しているのに、探す意味が分からない。


 鉄矢から受けた印象では、追わないタイプだと思っていた。それが間違いだったとは、今でも思えない。


「助けに入ってくれたの、ナミでしょ。おかげで生きてる」


 世間話でもするような調子で、鉄矢はけらけらと笑う。


「だからさ、お礼が言いたくて。飯でもなんでも奢るよ?」

「……いい。もうロータリーには行かないから」

「へぇ、なんで?」


 心底不思議そうな鉄矢に、歯切れ悪く、それでも誘いを断れるよう嘘をつく。


「彼氏ができたから」

「安形?」


 あまりにも早い切り返しに驚きながら、首を横に振った。


 安形って……ああ、リュウだ。久住が確か、そう呼んでいた。


「――中に入れ」


 どすの利いた一言だった。


 リュウが私の腕を引き、短く告げる。


 いきなりどうしたのかと視線を向ければ、リュウは鉄矢から目を離さないまま続けた。


「俺の名前、知ってやがる。どうせまともな奴じゃねぇ」


 どういう意味なのか、私にはさっぱり分からない。ただ、リュウの様子から、よくないことだというのは感じ取れた。


「酷いなぁ。ただの先輩だって。君らとは学校で会ったことないけどね」

「普通の卒業生なら、後から入ってきた後輩の名前なんか知らねぇだろ」

「いやいや、有名だからね」

「2回同じことを言ったら、大抵それは嘘らしいって話があんだよ」

「気に食わないなぁ……君らって鼻が利くから嫌いなんだ」


 鉄矢の笑みが凍り付き、徐々に怒ったような表情へ変わっていく。


 笑っていないだけで、こんなにも恐ろしく見える。


 私がずっと見ていたのは笑顔ばかりで、怒った顔は見たことがない。だからなのか、妙に嫌な感じがして、思わず1歩後ずさった。


「……あっ」


 どうして、このタイミングで思い出してしまったのだろう。


 頭が真っ白になり、膝が震え始める。


――久住は2度と現れねぇ。待っても無駄だって、絶対に伝えろよ?


 ハシバミツルは、あのとき私にそう言った。


――カナエ君は、売人だ。


――待ち人。もうずっと会ってないけどね。


――泡銭は身につかないとは言うが……なかなか減らないな。


 久住。クズミ。くずみ。


 ねぇ、久住。


 久住は、何?


 からん、とカフェの扉が開いた。


 私は振り返れなかった。血の気が引いたまま、庇うように立つリュウの服を掴むことしかできない。


「――消えろ」


 開口一番、久住が言い放ったのは、そんな冷たい一言だった。


 ごくりと息を呑む気配がした。多分、鉄矢だ。


「……違う。探してたのはナミだ。俺はただ待ってただけで、探そうと思ったことはないよ」


 慌てた鉄矢の言葉に、久住は何も返さなかった。


 しばらくして、遠ざかる足音だけが聞こえた。


 その音が完全に消え、鉄矢がいなくなったと分かっても、私はなぜか動けない。


「せいぜい、後悔しろよ」


 リュウが吐き捨てる。


 久住を責めるその一言が、私の嫌な予感を裏付けた。


「分かってる」


 久住は静かに答えた。


 頭の中で、警鐘が鳴り響く。


 聞いたら駄目だ。


 きっと聞いてしまったら、もう元には戻れない。


「一番傷ついたのはタキだ」

「……ああ」


 頭上で交わされる会話も、私の耳をすり抜けていった。


 肯定しないで、と懇願したところで、久住は頷いてしまう。


 自分が大事だ。


 自分が一番大切だ。


 危険なことから逃げ出して、自分自身を守ってきた。揺らがないのは、それだけだった。


 私はいつだって、安全な場所へ逃げ込むことを選んでいる。


 今は、どうするべきなのか。


 聞かなくても分かっていた。


「……ごめん、久住」


 口から出た謝罪は、自分でも驚くほど冷たかった。


「ああ」


 淡白な返事に、胸がぎゅっと締め付けられる。


 リュウがため息を吐いた。


「なにやってんだ、テメェらは」


 私と久住の間に漂う異変を感じ取ったらしい。


 面倒臭そうな言い方なのに、その声にはわずかな呆れと心配が混じっていた。


 リュウは、私とは違う。


 人のために何かをすることが、きっとできる。


 リュウの服から手を離した。


 久住を見ないまま、逃げるように走り出す。


――構ってやろうか。四六時中。


 ふいに思い出したのは、ひんやりとした久住の白い手だった。


 私の頭を優しく撫で、そのあと小さく吐息を漏らした。


 避けられなかったことに。


 私に触れられたことに。


 まるで安堵したような、あの小さな吐息だけが、いつまでも耳に残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。