17.アルデマンドという国
※加筆修正しました
「アルデマンド剣法 第八・降雪夜道」
アランはつぶやくと同時に跳躍し、その剣をふるった。獣は真っ二つに裂かれ、屍として地面に横たわった。
ピッポ、ペップ、ポット―、それにアランの四人は、順調に終焉の大森林を進んでいた。途中何度か獣が襲ってきたが、そのたびにアランの剣によって、悉く成敗された。その為、一行はこれと言った危機に陥ることもなく、すでに大森林の半分を踏破していた。途中の休憩時(以前と同じように、焚火を囲んでの休憩だった)、アランが剣を構えるたびに口にする「アルデマンド剣法」が一体何なのかという質問が、ピッポによってなされた。そもそも議会国家アルデマンドとはどのような国なのか?アランは微笑み、三人にアルデマンドという国の成り立ちからその政治の仕組みまでを、詳細に語った。
「この世にまだ何もなかった、遠い昔のことだ……唯一神アルは、世界を創りたいと感じた。平和で安寧な世界を。そんな中、アルが世界で最初に目を付け、命を与えた場所が、現在のアルデマンド平野だ。こうしてかの地に四つの町……アル・デマンド、ベッポン、デル、ドーナ……が創られ、アルデマンド国を形成することとなった。こういった内容は、アルデマンド国民にとって最も大切な書、アルの創成記に記されている。アルの創成記は読み物としてとても面白いから、いつか君たちにも読んでもらいたいものだが、ここでその内容を全て話すのは控えておこう。まとめてしまえば、アルデマンドは唯一神アルを信仰する宗教国家なのだ。政治的決定は、全てアルからの訓示に基づいてなされる。ではなぜ私たちはこの国を議会国家と称しているのか?それは訓示を読み取る議会……アルデマンド中央議会が存在し、アルデマンドの実質的な行政権を握っているからなんだ」
「訓示を読み取る?それはどういうことなんですか?」
「訓示とは、アルデマンドの首都の城に安置されている石・アルストーンに、アルによって刻まれる文章のことだ。アルの考えはそこに集約されているとされる。ただしその内容は詩的で、抽象的で、あいまいだ。だからその文章を解釈し、実際の政治に反映しなくてはならない。それを私たちは『訓示を読み取る』と呼んでいる。ただし私に言わせれば、このシステムは近年腐敗していると言わざるを得ないね。」
「腐敗……ですか」
「そうだ。まず一般市民には、アルの訓示の内容は示されない。議会の出した結論だけが、『訓示の読み取り』として民に示される。本当にそれはアルの導きなのだろうか?そのような状態で行われるもののが、果たして有効な政治なのだろうか?正直なところ、先のゼズノゴール大戦において、議会の決定はほとんど役に立たなかったというのが実情だ。議員たちは自分の職に固執し、議会のシステムに異を唱えることは決してしなかった。エルードとの同盟、そしてピッポ殿のひいおじいさんの存在があって、アルデマンドは何とか今日まで持ちこたえている。しかし次にゼズノゴールが侵攻してきたとき、我々は勝てるのだろうか?アルデマンドという国を保てるのか?私にはわからない。」
とても難しい問題だ、とピッポは思った。ペップはアランの言っていることが八割がた理解できなかった。一方で、ひとり考え込んでいたポット―は尋ねた。
「次にゼズノゴールが侵攻してきたとき、とおっしゃいましたが、今はどうなのですか。ピッポの話によれば、メルセトゥーアという国はすでにゼズノゴールに占領されているとのことですが」
「エレン殿の国メルセトゥーアは我がアルデマンドよりもはるか東にある国で、北部はゼズノゴールに隣接している。そのため、いち早く侵攻を受けたというわけだ。アルデマンドは現在に至るまで、何とか平和を保っている……とはいえ、東の国境付近では小競り合いも起きている。いつ侵攻が始まっても、おかしくはないだろう」
「なるほど。するとエレンさんとピッポを追うために『魔王の子』たちがパタフルに出現したというのは、かなり大きな問題に思えます」
「その通り。奴らの出現は、アルデマンドにとっても重大な問題だ。私が君たちと合流したのには、奴らの動向を探るという意味もある。とにかく今は、一時の油断も許されぬ状態なのだ」
アランはこう語るといったん口を閉じ、焚火を見つめた。
「わが父……アルデマンド中央議会長のゾーラン・ド・アルデマンドはこの状況を理解しておられない……エレン殿、それにピッポ君がどうなろうと、アルデマンドには関係ない、どうなろうとかまわないとのことだ……だが私はその考えには賛同できなかった。他人の有事にあって何もしない者は、やがては自らも同じ道をたどるのだ」
アランは自分のブローチに刻印された炎の印……アルデマンドの紋章……を見つめ、指でなぞった。
「私はこの国が心配だ。議会の腐敗を何とかしなければ……」
そう強く述べるアランに、ピッポは言った。
「あなたのような偉大な人なら、きっとできると思いますよ。それに議会長はあなたの父上なんでしょ?いつかあなたの主張を、聞き入れてくれるはずです」
アランはそれを聞くと、寂しそうに笑った。
「その通り、議会長は私の父だ……だが私の言うことに耳を傾けてくれたことはほとんどないよ。彼のお気に入りはローラン……彼の長男、つまり私の兄なのであって、次男である私を顧みてくれたことなどないのだから」
「それはひどい話ですね」
沈黙が流れた。ピッポは静かに揺れ動く火を、じっと見つめた。ピッポとしては、アランという男にはアルデマンドを率いる素質が十分にあるように思われたが、そう簡単にはいかないものなのだろうか。
「……少々、暗い話になってしまったな。話題を変えよう。……君たちのもう一つの質問、『アルデマンド剣法』とは何なのか、に答えよう。アルデマンド剣法とは、剣技の総称だ。アルデマンドに代々伝わる、我らの戦い方……」
そういうとアランは懐の剣を二つ抜き、両手に構えた。先ほどまでは気づかなかったが、剣はそれぞれ薄い赤色で塗られ、その柄には炎の装飾が施されていた。焚火に照らされて浮かび上がるその装飾は、アルデマンドという国の気品を感じさせた。
「アルデマンド警備隊が日々使用し、日々研鑽を重ねる……」
言いながらアランは、剣をゆっくりと、十字状に交差させた。
「このようにな! アルデマンド剣法 第二十三・丘陵嘆!」
その言葉と共に、剣が素早く左右に振り払われた。その速さは、まるで吹き荒れる風が如し。その動きは、鳥が翼を広げるが如し。剣は美しい弧を描いて、左右に広がる。そして周囲の空気を切り裂くと、ぴたりと停止した。アランは息を吐くと、剣を鞘に納めた。一連の動きは美しく、ピッポに樽村で見た舞踊を思い出させた。ペップとポット―は、アランの流麗な動きを、茫然と見つめていた。
「……アルデマンド剣法は第三十三まで存在する。それぞれ、少しずつ剣の振り方が違う。今の『丘陵嘆』は、剣を二本用いて、左右に振り切る型だ。アルデマンド警備隊の者は皆、これを第一から順々に覚えていくんだ。私は三十までしか使えない……というのも、三十一から先は伝説の技であり、現在使える者はいないからだ」
「伝説?」
「そうだ。アルデマンドの危機に訪れるという、燃える剣を持った剣士。彼だけが、三十一から先の技を使えるといわれている」
「なるほど……」
ここでいきなり、ペップが立ち上がって言った。
「アルデマンド剣法!僕も使いたいなぁ」
突然のペップの言葉に、ピッポとポットーは思わず笑いだしてしまったが、アランは至って真面目な顔で言った。
「いい心がけだ。折角だし、少し教えようじゃないか」
「ええ!?」
驚く三人を尻目にアランは、これまで使っていなかった剣を鞘から抜いた。他の剣に比べて小型なその剣を、アランはペップに手渡した。
「……思ったより軽いんですね」
ペップが剣を軽く左右に振りながら、呟いた。
「……アルデマンドの剣は、アルデマンド大山脈で採れる特別な鉱石を使用していてね。軽いが、頑丈なのだ。私が常に四つの剣を携帯できているのもそれが理由だ。君に渡したのはその中でももっとも軽いとされる名刀・デラスツールだ」
ペップはデラスツールを眺めた。炎の紋様が全体に描かれている。小説に出てきた名刀みたいでかっこいいなと、ペップは思った。
「……本当はアルデマンド剣法を部外者に伝えることは禁止されているのだが、君たちのおかれた状況を踏まえると、少しでも自己防衛の手段をつけた方がいいだろう。それにこの短時間で教えられるのは、どちらにしろ基礎の基礎だけだしね」
そういうとアランは自分の剣を抜き、ゆっくりと縦に振った。ペップも「おりゃ」と叫んで真似してみたが、目に見えて下手くそだ。剣の軌道がブレブレである。アランはにっこり笑い、こう言った。
「剣が軽いからといって、弱く握ってはいけないよ。まずは柄をしっかりと握ること。そして……」
こうしてアランによる、焚き火を囲んでの剣技指導が始まった。まずはペップの刀の振り方が矯正された。かなりの時間がかかったが、アランがある程度の所まで来た、と判断した所でポットーに交代となった。
「僕は商人なんですがね。なんの因果か、刀を握ることになろうとは!上手く出来る筈がありません」
ポットーはこう言っていたが、こちらはかなり覚えが速く、ものの数分で綺麗に扱えるようになってしまった。
「未経験とは思えないね。不思議だ……」
と、アランも太鼓判を押す。
そしてピッポの番になった。ピッポはポットーほどは上手くなかったものの、初心者にしては上出来と評価された。
アランの教え方は丁寧でわかりやすく、三人ともあっという間に上達した。アランの指導の上手さといったら、三人が刀を振るのはとても簡単だと思えてしまうほどだった。
「もっとも重要なのは、大切なものの事を思い浮かべることだ。そうすることで、自分の中の最大のパフォーマンスが発揮される……アルデマンドでは『一心』と呼ぶ概念だ」
と、アランは語った。ピッポ、ペップ、ポットーはそれぞれ大切なものを思い浮かべた。そして次に、実際にアランと剣を打ち合う練習が始まった。アランは相当手加減していたが、それでも全く歯が立たない。三人は交代式で、必死にアランに挑み続けた。こうして終焉の大森林の、暗い長い夜は更けていった……




