16.再会と出会い
「ペップ!?何してるんだ、こんなところで?」
樽村においてきたはずの親友の笑顔に、ピッポは困惑した。
「君についていきたかったのさ……まあいろいろと話さなきゃならないことはあるんだけれど。とりあえず、僕も木の上に登らせて」
そういったペップが悠々と木の幹に足をかけた、その瞬間。
「危ない!」
突然、ポット―の叫び声。そして鋭く光る刃物が上から降ってきて、ペップにとびかかってきていた獣に突き刺さった。彼に迫る危険に気づいたポット―が、果物ナイフを投擲したのだった。獣は耳をつんざく絶叫を上げ、そのまま三人のいる大木に倒れこんだ。そして最後のあがきとばかりに、木に激しく体当たりし始めた。木がぐわんぐわんと揺れる。
「掴まれ!」
ピッポはこう叫び、自分も太い枝にしがみついたが、
「木が倒れるぞ!!」
獣の攻撃に耐えることのできなかった木が、音を立てて折れ始めた!落雷のようなすさまじい音を立て、木は地面に向かって倒れていった。
「ああああああああああああ」
ピッポが次に目を開いたときには、大木は折れた残骸となって森に転がっていた。ピッポは痛みをこらえて立ち上がり、そして絶望した。
赤い光が、何十何百と周囲を囲んでいる。真っ暗な森の中に、灯のように浮かぶ無数の光。勿論すべて、獣たちの眼である。獣たちは唸り声をあげ、すこしずつピッポの方に近づいてきている。死の唸り声だ。ピッポは煙石を使おうとして、それを手に持っていないことに気づいた……おそらく転落のはずみにどこかに転がって行ってしまったのだろう。もう対抗する手段はない。ここで僕の人生は終了するというわけか。ピッポはポット―とペップ……自分について来ようとして、命を落とすことになる者……を見た。二人とも、転落の衝撃で気絶しているようで、地面に仰向けに転がっている。自分のせいで、この二人も共に死ぬことになってしまった。死ぬ瞬間、苦しまないでよさそうなのは、せめてもの救いだろうか。エレンさんにも申し訳ないなあ。再会もかなわず、ここで果てることになってしまった。結局自分はペレンの子孫とはいえ、彼の曾孫としてはふさわしくなかった……
獣たちはじりじりと距離をつめてきており、もうピッポからは一メートルと離れていない。ピッポは自分の最期を悟ると、手ごろな枝を拾い上げた。どうせ死ぬなら、この獰猛な獣たちに一矢報いてからがいい。ピッポは枝を構えた。
一歩、二歩と死が忍び寄ってくる。あと50センチ、40センチ、30センチ、もうすぐだ……
「アルデマンド剣法 第十八・廻転の縁」
だが死は来なかった。澄んだ声と共に放たれた一撃が、まるで太陽のように周囲を明るく照らした……次の瞬間には、獣たちはすべからく地面に横たわっていた。死屍累々の森、その中心に立つ男がふりかえり、茫然と立ちつくすピッポに笑いかけると言った。
「君が英雄ペレンの血筋、ピッポ・ポップスだね。エレン殿から話は聞いている。間に合ってよかったよ」
ピッポは驚きのあまり、返事もできなかったが、辛うじて頷くことはできた。男は剣……両手に一つずつ握っていた……に付着した鮮血をふりはらい、丁寧に鞘に納めた。そしてピッポの方にすたすたと歩いてきた。
「『終焉の大森林』の獣たちの対処法を知らなかったようだね。奴らが苦手なものは、これさ」
こう言うと男は枝を適当に拾い集め、こすっていとも簡単に火を起こし、あっという間に簡易的な焚火を作り上げてしまった。
「獣たちは、火には近づいてこないんだ」
男は焚火の隣に座り、ピッポに手招きした。ピッポは恐る恐る近づいていき、男の隣に座った。男は旅用の軽装に身を包んでいたが、腰にはなんと四本もの剣を携帯していた。マントを羽織っており、マントの中央には炎の模様が刻印されたブローチをしている。
「さて私がエレン殿からもらった任務は、君一人を助け、アルデマンドまで送り届けるというものだったはずなのだが……」
男はそう言うと、地面に転がる二人の人間……ペップとポット―……をじっと見た。
「どうやらお友達も連れてきていたみたいだね」
男はペップとポット―をポンポンとたたいた。二人はほぼ同時に目を覚まし、男を見て叫び声をあげた。
「落ち着いて、私は君たちの味方だ。」
ピッポが男の隣で頷いたので、二人は落ち着きを取り戻し、ピッポをまねて座った。これで、四人が焚火を囲む格好となった。ピッポはペップとポット―に言った。
「この人が、僕たちを襲った獣たちを全て倒してくれたんだ」
そして周りに転がっている獣たちの屍を指さした。ペップとポット―はその凄惨さをみて仰天し、同時にこれだけの数を仕留めた男に対し畏敬の念を持った。
「力強い味方なのはわかりましたが、あなたは一体だれですか」
ペップが訝しげに尋ねた。男はにっこり笑うと言った。
「自己紹介が遅れてすまない。私の名はアラン=ド=アルデマンド。アルデマンド警備隊・ベッポン駐在隊長を務めている。エレン殿は私の恩人でね、彼がゼズノゴールに追われていると聞き、協力を申し出たところ、ピッポ君の手助けをお願いされた次第だ」
ピッポは嬉しそうに言った。
「では、エレンさんは何とかベッポンまでたどり着いたのですか?」
「それはわからない。なぜなら私も彼に直接会ったわけではないからだ。ただ、予定通りに行けばそろそろついている頃合いだろう」
「魔王の子の現在地はわかりますか?」
「三人ともアルデマンドの領地に入っていると推測している。こちらからも一つ質問を。ゼズノゴールの手勢はどれほどいた?」
「僕たちを追ってきたのは四人です」
ピッポがこう答えたところで、ポット―がわりこんできて言った。
「すみません、先ほどからよくわからないことが山ほどあるのですが……」
ペップがさらに割り込んできて言った。
「僕もわからないことだらけだ。それにポット―、なんで君はピッポと旅してるんだい?」
ポット―は答えようとしたが、今度はピッポが割り込んできて言った。
「ペップこそ、なんでここにいるのか、僕にはまだわからないよ」
三者三様の疑問を聞き、アランは声をあげて笑った。そして言った。
「いろいろ錯綜しているようだね。私としても、ピッポ君に同伴者が二人もいる理由をきいておきたい……ひとりずつ順番に、ここへ至るまでの話をしようじゃないか」
こうして、ピッポ、ペップ、ポット―、そしてアランの四人の間で、情報の共有が行われることとなった。まずはピッポが、改めて自分がペレンの子孫であること、それ故に魔王の子に追われ、パタフルを離れなくてはならなくなったことを述べた。ポット―とアランにとっては既知の内容だったが、ペップには驚きの内容であった。「もっと早く教えてくれればよかったのに」と彼は言った。
続いてポット―が、ピッポについてくることになった経緯を簡潔に話した。アルデマンドを見ておきたいと言ったポット―に、アランは「誇りをもって迎えいれよう」と述べた。
今度はペップの番になった。ペップはパタフル感謝祭でのピッポの態度に、違和感を覚えていたそうだ。
「ずっと考え事をしてるようだったから、あの日僕を先に帰らせたあと、エレンさんに何かを教えられたに違いないと思ったんだ。案の定君はパタフル感謝祭の夜、姿を消した。僕はすぐ君を追うことにしたんだけど、見つからなかった。パタフル村までは馬車を使って探しに行ったよ。それでも見つからず諦めかけていたところで、僕もゼズノゴールの兵を見たんだ。そしてなんと、君を探しているじゃないか。ぼくは自分の考えに確信をもって、何とかこの森までたどりついた。途中、橋がなくなっていて迂回しないといけなかったんだけれどもね」
「ああ、それは僕たちが壊してしまったやつだ……」
「……やっぱりそうか。んで、僕は勇気をだして森の中に入り、そして今ここにいるってわけ」
「なるほど……でも、よくこの森に入れましたね。僕は怖くて入れませんでしたよ」
「僕も当然怖かったよ、とても。でもねポット―、僕は森の入り口に打ち捨てられている君の馬車を見つけたんだよ。マークですぐに君のだとわかった。君とピッポの仲の良さは知っていたから、もしかしたら共に行動しているのかもしれないと思って……大当たりだったよ。とにかく二人とも無事でよかった!」
こういってペップは話を終えた。アランは静かに聞き入っていたが、沈黙を破ってこう言った。
「ピッポ君は最高の友達を持ったね。こうして、ピッポ君の旅は一人旅にならずすんだというわけか」
ピッポは改めて友人たち……ペップとポット―……を見つめた。「最高の友達」とアランは形容したが、ピッポも同感だった。危険も顧みず、彼らはピッポについてきてくれた。いくら感謝しても足りない恩だ。
「……では今度は、アランさんの番ですよ。話してください」
ポット―が言った。アランは頷き、話し始めた。
「先ほども言った通り、私の職務は我が国家・アルデマンド、なかでも最も西に位置するベッポン街の警備だ。普段はベッポン街に駐在し、治安維持に勤めている。だが数日前、エレン殿から連絡が入った。パタフルからベッポン街へ、一人の青年が向かっている。彼を助け、ベッポン街まで送り届けてやってほしい、とね。なんとその青年はゼズノゴールの魔王を一度は倒した英雄、ペレンの末裔だという。エレン殿は私の恩人だ。それにゼズノゴールの脅威がアルデマンドにまで広がってきたこのご時世だ、私にとっても他人事ではない。私はすぐに引き受け、ベッポン街の警備を副隊長に任せて、パタフルとアルデマンドの中央に位置するこの森・終焉の大森林に向かったというわけさ」
「なるほど……よくわかりました。とにかく、僕たちの命を救ってくださり本当にありがとうございます」
ピッポはこう言って頭を下げた。ペップとポット―もそれに倣った。
「いやいや、当然のことをしたまでさ。民の命を守る。これが我々の使命なのだから」
アランは鋭い目つきでこう言うと、立ち上がった。
「さて、こんな屍だらけのところに長居するのも嫌だろう。先に進もうじゃないか……ベッポン街まで、君たちを案内するよ」
そして目にもとまらぬ早業で焚火を消し、鼻歌を歌いながら歩き始めた。ピッポたちは顔を見合わせ、そして我先にと立ち上がり、彼について行った。
まだピッポの旅は続いている……しかしピッポの傍らには、信頼できる仲間が三人もいる。ピッポは今ならゼズノゴールも怖くないような、そんな気さえしてくるのだった。




