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パタフルの剣~魔王を倒し、世界を救え~  作者: 高いところに在る橋
第二部 旅立ち
16/21

15.終焉の大森林

「すぐに奴らを追いましょう。南下すれば、谷を渡る手段は必ずある」


 深い谷を前に、226番は言った。だが115番は取り合わなかった。彼は勝ち誇った表情で、こう言った。


「奴らの深追いは、我らの任務ではない……奴らが生きて大森林を出ることはない。バルガロス殿の策が実を結ぶまで、あと少しの辛抱だ」




ピッポとポットーは、森の入り口に到着した。馬と馬車は、そこにおいていくことになった。木の茂り具合を考えると、馬車でこの先を進むのは不可能だと、ポットーが判断したためだ。馬車に関してはポットーの私有物であるにしても、馬についてはパタフル村で借りたものであるためピッポは反対したが、ポットーはそれでいいと言った。パタフル村で貸し出しされている馬は賢いので、自力でパタフル村に戻るのだそうだ。

 こうして二人は最低限の荷物(食料と水、ポットーの地図)だけを持って、終焉の大森林の門口に立っていた。木で構成されたトンネルのような入り口の向こうは、明らかにこちら側と空気が異なっている。どんよりとして澱んでおり、何より暗かった。ピッポは足がすくむのを感じた。その恐ろしさは、魔王の三人の子に近いものがある、とピッポは感じた。それは隣に立つポットーも同じで、彼は額を流れる汗を拭きながら、呟いた。


「ここに来るのは人生で二度目ですが、感想は変わりませんね……できれば、入りたくないものです」


 ポットーの言葉にピッポは頷いた。だが迷っている暇はない。ピッポは黒い森の中へ、その第一歩を踏み出した。途端に何も見えなくなった。外も暗くなっているはずだが、それに比べれば、終焉の大森林の中は、本物の暗闇だ。ピッポは手を前に出し、木にぶつからないようにしながら一歩一歩進んで行った。間もなくポット―が後についてくる音が聞こえた。森は静寂に包まれ、鳥の鳴き声もしない。その為か、二人の足音だけががさがさと、異様に大きく響いていた。二人は無言のまま、森を進んで行った。

 不思議なものだが、たとえどんな暗闇でも、人の目は慣れてくるものらしい。ピッポは少しずつ、森の中の様子が視えるようになった。どす黒い木々がたちならぶ隙間を縫って、狭い道が敷かれているようで、ピッポはその上を歩いている。動物や花の気配は全くない。この森は死んでしまっているのだろうか。生物は全く存在していないのだろうか。

 二人は無言のまま、延々と歩き続けた。途中何度か休憩をとったが、それを除けばとにかく前へと進んだ。ポットーは眠気に襲われたが(おそらく深夜3時くらいになっていただろう)目をこすって進み続けた。

 やがて、森の中が少しだけ明るくなってきた。ピッポはそろそろ朝になる頃だろうかと思った。だが鬱蒼とした木々が外界の明るさを遮断しており、それ以上明るくなることはなかった。

 四度目の休憩をしようとしていたころ、ピッポの後ろを歩いていたポット―が、突然叫び声をあげた。静まり返った森の中で、その声は木々の合間合間に響きわたった。


「どうした?」


 ピッポが振り返って言った。返事はなく、ポット―の姿はほとんど見えない。だが何か奇妙なことが起こっているのは明らかだった。ポット―は何かを振り払うかのように、手足をばたつかせている。ピッポは助けに行こうとして、自分も叫び声をあげた。黒くて小さい、もふもふした不思議な物体が何個も、体に張りついてきたのだ。ピッポは黒い物体を振り払おうとしてバランスを崩し、地面に倒れた。黒い物体はどんどん増え、辺りを跳ね回り、そしてピッポに飛びついてくる。まるで獲物に群がるハイエナのように。ピッポは腰にとりついたそれらを振り払おうとして、誤ってポケットに手を突っ込んだ。手に触れたのは、冷たいすべすべした感触……石だ……煙石。あの老人からの贈り物だ!ピッポはそれを二つ取り出し、思いきりぶつけた。小気味いい音を立てて、石は熱を発した。ピッポは全力を込めて上半身を起こすと、石を黒々した物達に向かって投げつけた。間もなく石から凄まじい量の煙が上がり、辺りは何も見えなくなった。空気が荒れ、ピッポは咳き込んだ。そして間もなく、煙石が物体達によく効くことに気づいた。彼らは体を震わせ、我先にと森の奥に逃げて行く。ピッポは立ち上がり、ポットーを探して走った。

ポットーはすぐに見つかった。無数の黒い物体によって、木々の奥に運ばれていっている!ピッポはポットーに向かって叫んだが、返事はなかった。ピッポはもう一つの煙石を、ポットーに向かって投げた。再び煙が上がり、黒い物体は一目散に逃げていった。



 

「煙石……ですか。かなり高価な代物です」


 数分後、目を覚まして状況を把握したポットーが言った。目を凝らして辺りを監視していたピッポは答える。


「そうだったのか。森の老人がくれたものなんだけど、ここまで効果覿面だとは思わなかった」


 ピッポは少し歩き、さっき使った二つの煙石を拾い、再びポケットに収めた。石は少し小さくなっているが、まだ使えそうだ。


「しかし、あのクログロは何なのでしょう。煙石がなければ、僕たちは奴らに連れ去られていましたよ」


ポットーは言った。黒々したもの(ポットーはクログロと呼んだ)は小さく、ふわふわしてはいたが、実に恐ろしい生物だった。取りつくとなかなか離れない上、無数に存在するらしい。


「奴らの……ゼズノゴールの仲間だと思うかい?」


 ピッポは尋ねた。ポット―は肩をすくめた。ピッポは続けて何か言おうとしたが、やめた。何かの声が……森中に響き渡ったからだ。


「今度はなんです?」


 それはまるで、狼の遠吠えのような、鋭く、それでいて哀しげな響きだった。しかし狼とは決定的に違う、はるかに邪悪な響きだ。声は森中を震わせると途絶えた。一瞬静寂が訪れたが、間もなく多くの唸り声がそれに応えた。森中が一気に騒がしくなった。ピッポとポット―の近くを蝙蝠が飛び交い、床には鼠がはい回る。


「嫌な予感がします」


 ポット―が呟いた。ピッポはポケットから煙石を2つ取り出し、ポット―に手渡した。


「襲われたらこれを使おう。とにかく今は、一刻でもはやくこの森を抜けなくては」


 ポット―は頷き、煙石を左手に握りしめた。更にポットーは荷物袋から果物ナイフを取り出し、右手に握った。武器とは言いがたいが、ないよりはましだ。そして二人は、走り始めた。枝にひっかかれ、根には足を掬われ、散々な目にあったが、それでも走り続けた。やがて二人は、左右に視線を感じるようになった。鋭く、射るような視線だ。何かに狙われている。ピッポがそう思った瞬間、最初の襲撃が始まった。

 進行方向右手から、大きな獣が飛び出してきた。俊敏で、何の生き物かはわからなかったが、その眼は爛々と赤く輝いていた。ピッポは体を丸め、何とか攻撃を避けた。だが次の攻撃がつづけてピッポを襲った。ピッポはもう一体、獣がピッポに向かって駆けてくるのを見た。こちらは虎に似ているが、それより危険なのは確かに見えた。ピッポは恐怖を抑えて煙石を握りしめ、前方の地面に強く投げつけた。軽快な音を立てて石が光る。間もなく先程よりも高密度の煙が辺りに充満し、二体の獣は叫び声を上げて退いていった。後ろを見ると、ポットーも同様にして煙石を用い、何とか獣を撃退していた。

 二人はそれぞれ煙石を拾うと、再び走り出した。だが煙石戦法にも限界があった。石は見るからに磨耗し小さくなっている。その上、もっと多くの獣が接近してくる気配を、二人は感じていた。間もなく、二人の周りを無数の生物が走る音が聞こえてきた。多くの唸り声も聞こえる。まるで獣達の祭が行われているかのごとき騒がしさだったが、勿論状況はそんなものではない。このままでは囲まれる。ピッポはそう思った。


「木に登ろう!」


 ピッポが叫んだ。今度はピッポより前を走っていたポットーが困惑して振り向いた。


「木に登る!?」


「奴らはきっと木には登れないさ!それに上からなら煙石をより効果的に使える!」


 ピッポはこう言うと、そのまま近くの大木によじ登り始めた。木は真っ黒で、信じられないほどの悪臭に包まれていたが、登れないほどではなかった。ピッポは全身全霊を込めて、上へ上へと登っていった。


「僕は高いところが苦手なんですよ!?」


 ポットーが下から叫んだ。しかし次の瞬間、茂みから獣が飛び出してきて、ポットーの選択肢を捨てさせた。彼は叫び声を上げて、必死で木を登り始めた。獣はポットーを前足で引摺り下ろそうと恐ろしい脚力で跳ね上がったが、ポットー本人を掴むことには失敗した。が、その商人服のマントが獣の鋭い爪にひっかかってしまった。ポットーはそのままじわじわと引摺り下ろされ始めた。ポットーは絶叫した。だがその瞬間、数メートル上から石が振り下ろされ、獣に直撃した。爆発的な威力で煙が発生し、獣は唸り声をあげて、転落していった。


「速く!つかまって!」


 起死回生の一撃を放った男……もちろん我らがピッポ・ポップス……がそう言って、手を伸ばした。ポットーはその手をとり、なんとかピッポのいる太い枝までたどり着いた。

 獣達は次々に茂みを飛び出し、二人のいる大木の下に群がった。だがピッポの読み通り、木に登ってくるものはいなかった。

 木上からだと、獣達の姿がよく見える。虎のようなもの、狼のようなもの、蛇のようなもの……様々な種類がいたが、全て真っ黒だという点で一致していた。


「こいつらが、終焉の大森林に巣食う魔物なのでしょう」


 息を切らしながら、ポットーが言った。ピッポは頷いた。ひとまずは難を逃れることができた。奴らは木に登れないようだし、木上からなら辺りもある程度見渡せる。だが永遠にここにいられるわけではない。食料もあまり多くは残っていない。何とかして、魔物達にやられることなく、この森を越えなくては……


「ピッポー!ピッポ・ポップスぅ!」


 突然、森の奥から大きな声が聞こえてきた。ピッポもポットーもぎょっとした。まさか、森の中までゼズノゴール兵が?ピッポは煙石を握りしめ、ポットーは果物ナイフを取り出した。一方、木の下の獣達は新たな獲物に興奮し、声のする方へと次々に駆けていった。

間もなく声の持ち主のすっとんきょうな叫び声が聞こえてきた。それは段々近くなってくる……こちらに向かって走ってきている!同時に獣達も戻って来ているようだ。

 ピッポは迷うことなく煙石を投げた。辺り一面が煙に包まれた。唸り声があがり、獣達は一旦退避した。煙が薄くなるにつれ、声の持ち主の姿が見えてくる……土まみれで地面に突っ伏し、ごほごほと咳き込んでいるのは……

 

「ペップ!?ペップなのか?」


ゼズノゴール兵ではなく、森の住民でもなく、それは樽村においてきたはずの親友・ペップだった。

ペップは顔を上げ、一瞬目を見開いたが、満面の笑みでこう言った。


「やっと見つけた!久しぶり、ピッポ!」

  

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