13.ポット―の協力
老人の家を離れてからの三日三晩、ピッポは歩き続けた。最初は森の中を、やがては様々な作物の畑の中を、歩き続けた。それは辛い道のりではあったが、不思議なことに魔王の三人の子の動きは全くなかった。老人のくれた食料のおかげもあって、ピッポは食に困ることもなかった。
こうして三日目の夕暮れ、ピッポは大きく広がる畑の向こうに、夕焼けに照らされたパタフル村を目にしたのである。赤に染まった家々が延々と連なり、ピッポの眼前に並んでいる。多くの家からはすでに煙が上がり、ごはん時であることを示していた。ピッポは疲れた足をひきずり、村のなかへと入っていった。まず大きな通りがあった。「騎士の道」と名付けられたその通りは、多くの人々でにぎわっている。居酒屋、雑貨屋、旅館に本屋が所狭しと建ち並ぶ。樽村西市場では比べ物にならない。その栄えっぷりは、村というより街に近いものがあった。
ピッポはこの村に住む友人ポット―を探していた。彼ならアルデマンドのベッポン街への行き方を知っているかもしれない。なぜなら彼は商人だからだ。パタフルからアルデマンドに行く者は少ないが、逆は必ずしもそうではない。ポット―が以前言っていたことには、毎年少なからずのアルデマンドの商人がパタフル村まできて商売をしているらしい。必ず、道はあるはずだ。ピッポはポット―を探しながら、「騎士の道」を歩いた。
「そこのボロボロなあなた?服はいりませんか」
間もなく物売りの男が喋りかけてきた。ピッポは「ボロボロ」と形容されたことに腹を立て、振り返った。手にタペストリーをもってにこにこ笑うその男は、商人服にお洒落なスカーフをつけており……
「あれ?ピッポじゃないですか!」
ピッポの友人で商人の、ポット―・ローペンであった。
「ひ、久しぶりですね!パタフル村には何の御用で?まあ御用なくても大歓迎ですよ、いやー話したいことたくさんあるなあ!ところでこのタペストリー、いかがですか?これは飴村産の絹をふんだんに使っておりまして、貴方のおうちに彩りを添えてくれることは間違いないでしょう。ここの模様をまずは見ていただきたい!この模様はぺベルと言いまして……」
「僕のことボロボロっていったのをごまかそうとしなくていいから、僕の話を聞いてくれ」
「わ、ばれましたか。ごめんなさい。話ですか、もちろん聞きますよ。こんな雑踏の中じゃあれですから、酒場にでも入りましょう」
「いや……ちょっと事情があってそういうわけにもいかないんだ。」
「わけありですか。じゃ僕の家……厳密には僕の店ですね……で話しましょう」
こうしてピッポは友人ポット―の店にお邪魔させていただくこととなった。「騎士の道」の一つ奥の通りにあるポット―の店は主に織物を取り扱っており、狭い店内に色とりどりのカーペット、タペストリーが所せましと並んでいた。ポット―は売り場を通過し、裏にある居住スペースにピッポを通した。売り場からはカーテンで隠されたスペースには、狭いながらもベッドやタンスと言った家具が置かれている。ポット―はベッドに腰かけ、ピッポは近くにあった椅子に腰を下ろした。
「窮屈でごめんなさい。……では、話を聞きましょう」
ピッポはポット―に自分の事情を話した。ただし魔王のことは避け、急ぎの用でアルデマンドのベッポン街にある『鍋の上の牛』に行かなくてはならない、と語った。ポット―は少し考え込むと、言った。
「『鍋の上の牛』……聞いたことはあります。有名な酒場で、アルデマンドの商人の休みどころだそうです。しかし何故そこへ?あそこまで行ったことのあるパタフル人はほとんどいませんよ、それにあなたの様子も気になります。どうしてそんなに汚れて、疲れてるんです?」
ポット―の質問にピッポは困り果てたが、それは当然の質問であった。樽村から徒歩で丸4日かけてパタフル村へ、しかも土だらけの汚れた格好でやってくるものなどそうそういない。
「……その、実は追われてるんだ」
ピッポの衝撃的なカミングアウトに、ポット―はベッドの上でひっくり返った。
「お、追われてる!?」
「そんな大きい声をださないでくれ……わかったよ、正直に話すから」
「まさか借金取りに!?堅実なあなたに限ってそのようなことは……いやでもこの前の大不作で収入が得られなくなり、ストレスのあまり賭け事に手を出してしまい……」
「そんなんじゃないんだ。実は……」
こうしてピッポは、ゼズノゴールの存在、ゼズノゴールを率いる魔王の三人の子に追われていること、とりあえず『鍋の上の牛』まで逃げる予定であることを明かした。ただし自分がパタフルを永遠に離れようとしていることだけは言わなかった。言っても心配させるだけだからだ。
「……世界にはそんな恐ろしい国もあるんですね!しかし、何故あなただけが追われるのか。それにも理由がありそうです。まあそれはそれとして」
ポット―は心を落ち着けながら言った。
「わかりました。『鍋の上の牛』までの道筋に協力しましょう」
ポット―は立ち上がると、タンスを開け大きな地図を取り出し、ベッドの上に広げた。
「これを見てください。これは以前、アルデマンドの商人から個人的に買い取ったものです。パタフルとアルデマンドの詳細な地図です。これによれば……樽村からここパタフル村まで続くパタフル大通りは、さらに東に広がっています。東にずっと進むと、やがて大きな森にたどり着きます。ここがパタフル大通りの終着点……終焉の大森林と呼ばれています。」
ポット―はそう言いながら、地図の上のパタフル大通りを指でなぞり、その端にある終焉の大森林を指さした。そこには細かく木々が描かれていたが、ところどころに熊のマークがあった。
「終焉の大森林は山脈の麓にあり、ここを超えて山の向こう側まで行くことができれば、そこは既に議会国家アルデマンドの領土だそうです。しかしアルデマンドに行く際の問題点は、この終焉の大森林にあります。この森は暗く……道もわからず、しかも危険な生き物が数多く棲みついているそうです。これこそが、パタフル人がアルデマンドに行こうとしない理由です」
「そんなに危険な森なのか……ポット―、君は行ったことないのかい?」
「森の入口まではあります。噂通りの恐ろしさでした……死んでも入りたくないと思いました」
「できれば僕も入りたくない、けれども僕は行かなくては。これ以上僕がここにいると、君たちパタフル人までもが危険な目にあってしまう……本当にそこが、アルデマンドに行く唯一の道なのかい?」
「ずっと南にいけばほかの道もあるそうですが……一か月もかかる旅路だそうですよ。あなたの急ぎっぷりを見ていると、無理がありそうですね」
「わかった、ありがとう。では僕は行くよ……終焉の大森林の中をね。」
そういうとピッポは立ち上がり、続けて言った。
「一つだけお願いがあるんだけど……その地図をくれないか」
ポット―は笑うと、こう答えた。
「いいえ、あげませんよ。高かったんですからね。それにあなたには地図は必要ありません……僕が持っていくので」
ピッポは唖然とした。ポット―は、ピッポについて来ようとしている。
「何を言ってるんだ!死ぬ気か?さっきゼズノゴールと魔王の話はしただろう?僕はひとりで行かなきゃいけないんだよ」
「僕は商人ですのでリスクは理解してますよ。しかしここで協力しなければ、友人の名折れというやつです。ベッポン街『鍋の上の牛』まで、お供しましょう。商人として、アルデマンド商人の様子を見ておきたいですし」
ピッポは頭を抱えた。樽村を出る際、ピッポが友人ペップやパンクに何も言わなかったのは、彼らに言っても理解は得られないと考えた上、彼らまでを危険にさらしたくなかったからだ。なのにパタフル村について安心した弾みで、つい色々話しすぎてしまった。ポットーは魔王の子を恐れず、ついてこようとしている。
「……魔王の子の恐怖を知らないから君はそんなことをいえるんだ!いいか、僕に協力してあいつらの邪魔をしようものなら……」
ピッポはポットーを説得すべく大声をあげたが……その時外の通りで大きな声がした。
「ピッポ・ポップスを見た者!」
ピッポは心臓が凍りつく思いだった。まさか、魔王の子がここに?ポットーも動揺していたが、彼は立ち上がると、「様子を見てきます」と言ってカーテンの向こうへ歩いていった。
店の前の通りはざわついていた。騒ぎの中心にいるのは、黒い甲冑に身を包んだ四人の男。ピッポ・ポップスの名をさけびながら、通りを闊歩している。人々は恐れ戦いていた。なぜなら黒い男たちが、剣を携えていたからだ。人々は必死で首を振り、ピッポなど知らないと言った。ポットーも恐怖に怯えた。ピッポの恐れもわかる気がした。逃げたくなった。だが奴らは、友人ピッポを探している。ポットーはすぐに奥のスペースに戻ると、ピッポに言った。
「鎧をきた黒い男たちが、君を探しています。しかし件の『魔王の子』ではないと思います。四人いたし、あなたの話していた特徴とはあまり一致しない」
ピッポは震えたが、必死で状況を整理した。
「もしかしたら、奴らは配下を連れてきていたのかも知れない」
ピッポは頭を働かせた。魔王の子たちには、エレンを殺すという目的もあったはず。奴らはそれを優先し、僕の誘拐は手下に任せたのではないか?そう考えると、樽村からの旅で奴らに追われることがなかった説明がつく。先にエレンを追うべく、パタフル大通りを進んだんだ。ピッポがこの見立てをポットーに話すと、ポットーは思い出したように言った。
「そういえば、一昨日の夜遅く、パタフル村を恐ろしい速さで駆け抜けていった者がいるとの噂がありました。目撃者があまりに恐れ戦いて言うので、悪夢でも見たのだということで片付けられていましたが、それが『魔王の子』だったのかも」
魔王の子達はエレンを追い、もうかなり東の方にいるのだろう。しかし事態は何も改善していない。
「とにかく、この村を離れなくては」
ピッポは呟いた。ポットーが頷き、言った。
「店の裏手から出ましょう。僕に策があります」
ピッポはポットーの協力を今一度断ろうとしたが……今は協力を得る他ないことに気づいた。店の表にピッポが出れば手下達に見つかってしまうだろうし、いつまでも店に隠れていては他の村民達に危害が及ぶ。そもそも店の裏側からどのようにパタフル大通りに戻れば良いのか、ピッポは知らない。
「わかった」
ピッポが言うと、ポットーはすぐさま店の裏に彼を案内した。ポット―が扉を開けたその向こうは狭い路地になっていて人気はなく、敵の姿も見つからない。しかしそこには小型の馬車がおいてあり、ポット―は馬車に飛び乗ると、荷台を指さした。
「これは商売用に僕が購入した馬車です。ピッポはこの中に隠れてください。僕がこいつの御者を務め、パタフル村を出ます。これならぱっと見はただの商人です」
こんな状況でなければピッポは笑いだしそうになった。まるで子供のスパイごっこだ。だが迷っている暇はなかった。何かしらに隠れなければ、ピッポはすぐに見つかってしまうだろう。ピッポは意を決して、馬車の荷台に飛び込んだ。窮屈だが、隠れられないこともない。ポット―が上から大量の布とタペストリーを投げ込んできた。ほこりが舞って、ピッポはせき込んだ。
「これでよし、と……では僕は馬を借りてきます。中を調べられないことを祈りましょう」
ポット―はそういうと、表通りへ走っていった。




