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22:ラナ・クロガネは、走馬灯に超惑う

あらすじ

アガートラームさん強過ぎ!

奥の手こと猫人化を発動するよ!

【名前のないダンジョン・最深部】



 アガートラームは高さ2エーカーを越える巨大な生きた鎧(リビングアーマー)の王だ。

 巨体によって振るわれる剣は彼自身より長大で、その威力は一撃で大地を砕き、斬撃を飛ばす技は10エーカー以上離れていても届く武器となる。

 そんな攻撃を、現在私は情けない声を押し殺して必死に避けていた。いや、猫人(ワーキャット)化してても、ちょっと気を抜くとギリギリで結構怖いんです! 正直、副作用の苛々を感じる余裕もない。


 アルザに渡したハイポーションは、現代的な薬剤に比べてファンタジー的な即効性があるとはいえ、飲んだ瞬間に傷が塞がる程、利便性の高いアイテムではない。

 過去にイスマイールに使った時の効果を見る限り、飲んだ後体に吸収されて効果を発するまでに若干のタイムラグがあり、傷は塞がっても低下した(オーラ)が戻らないようだ。

 アルザ曰く、自分自身の気を高める必要があるらしい。

 雑な表現をすると、気合を入れなおす(・・・・・・・・)必要があるという話だ。


 先程見た様子だと、身体的なダメージを負ったアルザより、心身の両面で疲労が蓄積しているローザの方が状態が悪い。

 目の前の強敵に勝つためには、万全の態勢で強力な魔法を打ち込んでもらわなければならない。

 私が前線を支えている間に、アルザにはローザにポーションを飲ませて貰い、気功(オーラ)による治療で、気力を回復してもらう必要があるのだ。


『……!』

 私は、アガートラームの横薙ぎの攻撃をキックスライディングの要領で滑り込んで回避し、逆手に持った「フラガラッハ」を脚部の鎧に叩き込む。

 相手の攻撃をかいくぐって攻撃を行った後は、相手の背面に向かって駆け抜けて、素早く射程外に飛び出すという動きを繰り返している。

 巨体かつ武器が長大な事もあって足元への斬撃は弱まるのだが、何度かアルザを吹き飛ばしたような手足を使った荒々しい攻撃もしてくる。射程外を出入りするのはその為だ。


 今私が吹き飛ばされるなり、大きなダメージを受けるなりすれば、前衛を支える人間がいなくなる。

アルザとローザを同時に復帰させて、劣勢になった戦線を五分に戻す為には、私がこいつの相手をやり続けなければならないのだ。


 そんな回避重視の動きを続ける中で、私の攻撃は相手の右脚部に集中させている。これは、鎧の部位破壊を狙ってのものだ。

 過去に私が参加した「ティル・ナ・ノーグ」におけるアガートラーム討伐において、部位破壊による恩恵は絶大だったからだ。

 ゲームでは、より安定した狩りを行うのにタンク型の騎士が前衛に立つことが多かったのだが、部位破壊を行うことでアガートラームの攻撃範囲が限られて敵の手数が減り、攻撃に参加できるプレイヤーが増える為だ。


 ちなみにアルザのような回避力に優れたプレイヤーは、ゲーム内にはほとんどいなかった。

 ステータスが上がってもプレイする人間の動体視力や判断力は向上しない為、上級者向けダンジョンにおいて前衛というのはタンク型の騎士が一般的だった。

 それ故に物理攻撃を行う前衛の火力が低くなりやすく、防御スキルから攻撃スキルへ比重を置きやすくなる武器破壊が効果的だったのだ。


 少々話が逸れたが、部位破壊を狙っているのはそういった理由だ。私の武器「フラガラッハ」もその為に購入したものだ……高かったけどな! 武器の入手元を叩く武器を買う事が、メタ的だという突っ込みはいらないよ? あっちでもかなり突っ込まれたからな!

 ごほん、まず脚部を破壊して、次に腕部を破壊する。そうする事で私とアルザもより攻撃に参加できるし、アルザに関しては、回避に比重を置かない事ちだ、十分な気功の練りこみを行った攻撃を行える。

 連環気功の術理なら、それで生きた鎧(リビングアーマー)といってもダメージを与えることができるだろう。


 私は「ライカンズローブ」によって大幅に向上した身体能力で、相手の攻撃を見極めて回避する。

 いや、剣筋そのものが見えているわけではない、剣の刃の部分と構えた位置を注視し、剣が動いた瞬間に可能な限り早く動いているだけだ。打撃が混ざると回避困難だが、打撃そのものは攻撃力が高くない上に、剣での攻撃自体はゲームの攻撃動作(モーション)に近い。

 とはいえ、相手の全ての攻撃が必殺の威力を持っている上、尋常でない速度で巨大な鉄の塊が飛んでくるのは、精神的にも肉体的にも非常に消耗する。


『……!』

 アガートラームの斜め上からの斬り下ろしが途中から軌道「くの字」に曲がって来たのを、横っ飛びに回避すると、大剣から離された左腕が唸りをあげて襲ってくる。

「わわっ!」

 咄嗟に体を捻ると運よく構えていた剣にぶつかったが、その巨大な拳に対して軽過ぎる私の体は、衝撃で後ろに弾かれてしまう。


『くぅ、段々器用になってきたな、この野郎ー』

 回転しながら受身を取った私は心の中で罵る。そう、私が前衛に立って大剣での攻撃の予備動作(モーション)が読まれやすいと気付いたのか、最初の頃とは違って剣の軌道を変えたり、突きや蹴りといった攻撃を多用するようになってきている。ゲームの攻撃動作(モーション)パターン以外の動きが、相手に出てきているのだ。

 大剣による攻撃と違って一撃必殺の威力はないものの、こちらの攻撃機会を効果的に減らしてきている。時間制限のある私の猫人化にとって、非常に良くない流れだ。


 そしてついに、アガートラームはこれまでにない動きをしてくる。剣を持ち上げず、引きずるようにして近づいてきたのだ。

 いや、ちょっと待ってよ!剣を構えてくれないと、どういう攻撃範囲になるのか読めないんですけど!

 私は強化された聴力と視力で相手を観察するが、どういう動きになるのか予想が出来ない。


『…………!』

 私の顔に浮かんだ迷いを見て取ったのか、目の前に立つ鎧の頭部のスリットが強く光り、巨大な鎧の腕が横殴りに迫ってくる。

 軽く後ろに飛んで避ければ反撃できると踏んだ私は、短めのバックステップを取ったのだが、この攻撃はアガートラームによる誘い(フェイント)だった。

 なんと振り回した拳で勢いを付けて、それまで引きずっていた大剣をぶつけた来たのだ。それも、私が小賢しく屈みこんで回避できないように、剣の腹を向けてきたのだ。


 剣の腹による攻撃を私は後ろに飛んで回避しようとするが、敵の剣速の方が速い。

 中途半端な距離しか下がっていなかった私は、この攻撃を回避し切れなかった。大剣が当たった瞬間体を丸めて衝撃を逃がそうとするが、あえなく吹き飛ばされてしまう。



 そういえば一度だけ交通事故に合ったことがある。

 信号無視をした車が突っ込んできたのだが、私はケータイを弄っていて気付かなかったのだ。ガラケーがダサいって? 当時は私も高校生で、スマホがなかったんだよ!

 面白いことに車が体にぶつかった瞬間からはっきり覚えていて、私はその後ボンネットに乗り上げて、急停止でブレーキを踏んだ乗用車から慣性によって放り投げられ、空中を飛んで尻から落ちて地面を転がるのを、全く痛みも感じずに認識できていた。



 今回のアガートラームの攻撃をくらった瞬間思い出したのが、この交通事故だ。

 攻撃が当たって吹き飛ばされている自分を驚くほど冷静に把握していて、吹き飛ばされた先にある岩壁がゆっくり目の前に迫る。体はずっしりと重く、足を向けて衝撃を逃がそうとするが思うように動かない。

『これはダメかもしれないな』

 私は、心の中で自分が死ぬ可能性を受け入れた。


「らぁなぁぁぁぁぁぁぁ!」

 アルザの叫ぶ声が聞こえる。アルザごめん、前線を支えきれなかったよ。アルザとローザに好意を向けられるのは正直嬉しかった。もっと素直にコミュニケーションを楽しめばよかったな……

 可笑しいな、走馬灯って自分の人生が流れる筈なのに、ここ数日の思い出しか出てこないや。

 でも、楽しかったもん。ヘンな妖精がいて、ケモ耳娘がいて、Sッ気のあるお姉さんに可愛がられたり、大自然の中でキャンプしたり、大きな狼でもふもふしたり。この世界に来てからの方が、なんだか満たされていた気がする。



 あれ? 岩壁への激突が遅いな? むしろ走馬灯が思っていたより長いのか? 仕方ない、元の世界のリーマン生活とか、高校生の頃のことを思い出すか。

「おい、ラナ! 」

 アルザの声がまだ聞こえる。ポーションかぁ……私のカバンは使ってくれていいからね。2人は私より強いし、なんとかここを凌いで生き延びて頂戴ね。

 それにしても痛みを全く感じない。むしろなにやら柔らかいものに守られているみたいで心地が良い。これが死ぬという事なら、意外に安楽死というやつだったかもしれない。


「いい加減にシャキッとして、ポーションでも飲め!」

 頭をこずかれた気がして閉じていた目を開くと、すぐ傍にアルザの顔が合った。

「あれ?」

 私の手足に地面に付いている感覚はない。むしろ感覚があるのは背中と太腿あたりだ。

「ローザも回復したし、これからが反撃のチャンスだろ? 気力を回復する時間くらいは稼ぐから、さっさとポーションを飲むんだわ」

 心なしか優しいアルザの声に、痛覚が戻ってくる。

「あだだだだだだ!」

 左肩のあたりが超痛い! そこはアガートラームに誘い(フェイント)をかけられて、剣の横腹で殴られた箇所だ。あれ? 私まだ生きてる?


「ラナ、そろそろ下ろすぞ」

「あ、ごめん自分で立つから大丈夫」

 アルザの言葉に返答をして、気持ちを引き締める。

 徐々にぼんやりとしていた意識がクリアになっていき、今の自分の状態が把握できてきた……ってぇ、今アルザにお姫様抱っこされてるじゃん!

 慌てて下ろしてもらうが、非常に恥ずかしい。というか、お姫様抱っこする(・・)よりされる(・・・)方が先というのは少し情けないのではなかろうか。


「にしし、顔がいつもの感じに戻ってきたなー」

 私を優しく床に下ろしたアルザが明るく笑うと、私の顔が赤くなる。

「前衛をスイッチなんだわ。ローザの詠唱を邪魔させないようにアイツを引きつけるから、その間にしっかり回復しておけ」

 そう言うと、アルザはアガートラームへと、凄まじい加速で突っ込んでいった。


 避ける、殴る、避ける、避ける、蹴る。アルザの動きは先ほどまでより更に速くなっている。ローザへ気功を施すと共に、自分自身の体内の気も練り上げていたのだろう、充実した気合が体から立ち上るようですもある。

「アルザ! 右脚を狙って! 壊せばこっちが楽になるよ!」

「任せとけぇー!」

 私がポーションを取り出すためにカバンをまさぐりながら叫ぶと、アルザは大剣を囮に繰り出された裏拳を凄まじい加速で置き去りにし、相手の右の脚部に回し蹴りを叩き込む。



―燃え盛るもの


―世を睥睨するもの


―その傲慢なる吐息を以って


―愚かなる者どもを灰と化せ


炎女帝の息吹(ブレス・オブ・エンプレス)


 そして、アルザが再び間合いを広げると、ローザの放った大魔法の炎がアガートラームへと直撃する。

 ローザも疲労が抜けて、魔法の詠唱に戻っていたようだ。

「アルザ! この後は氷の魔法を使うわ! 熱疲労を狙うから、もう少し時間を稼ぎなさい!」

「良く分からんが、分かった!」

 なんという会話だ。私は呆れつつも取り出したポーションを飲み干す。まぁこれがいつもの感じか。

 ポーションを飲んで少し時間を置くと、治癒効果で肩の痛みが治まって来る。痛みが消えた私は、目の前の鎧騎士を注意深く観察しながら、腕の動きを確認する。うん、いけそうだ!


 アガートラームの右へと回るアルザに対して、私は逆方向に動いて間合いを取る。丁度敵を中心に正対した私達が、円を描くような形だ。

そして今私達がいる距離が、振り回される大剣の攻撃範囲の僅かに外。

 私達の動きに焦れたのか、アガートラームは大剣を腰溜めに構えて腰を落とす。

『…………!』

 僅かに速度を緩めたアルザに対して、斬撃を飛ばす攻撃「スラッシュ」が放たれる。残念、それはこちらの誘いだ。

 アルザから目線で合図を受け取っていた私は、既にアガートラームの足元で構えを取っている。時間制限がある状況で、ただ魔法の詠唱時間を稼ぐだけで済ませるつもりはない。


「っせえ!」

 両手に持った「フラガラッハ」を、全力で叩きつけると、アガートラームの姿勢が僅かに崩れる。

「アルザッ!」

「おうともさっ!」

 その重量級の鎧の体を後ろに逸らした隙を見逃さず、勢いをつけたアルザの蹴りが頭部に炸裂する。

 そして、蹴りの勢いで膝をつくアガートラームに対して、ローザの次の魔法詠唱が完成する。


「ラナ、アルザ! 下がりなさい!」

 私達に叫んだローザの周囲には、純白の魔法陣が3段に渡って形成されており、ローザが両手を開いた瞬間高速で回転を始める。

「貪りなさいっ、群れる氷精(フロスト・レギオン)!」


『が……かっ!』

 突風が巻き起こると共に白い氷雪の柱出現する。白い柱に閉じ込められたアガートラームから、この日初めての悲鳴が漏れる。

「魔法の効果が消えたら、全力で叩きなさい! 私は次の詠唱に入るわ!」

 ローザの声に、私とアルザは再び構えを取った。


『人間めがぁ!』

 生きた鎧(リビングアーマー)の怨嗟の声が、氷雪の柱を掻き消す。兜から覗く光る目は、怨念を称えたように青く激しく揺れている。

 しかし、私だって毎度萎縮してはいられないのだ。

 私は地の底から響くような声を聞き流し、再び右脚部へと剣をぶつけると、煩わしそうに振られた大剣を背面へ回って回避する。


「ラナ、そのまま引き付けてといて欲しいんだわ!」

「任された!」

 後ろに下がったアルザが、腰を落とした構えを取っている。

 何か強力な攻撃をするのだろう。半眼に開かれた瞳と後ろに逸らされた耳から、まるで闘気のようなものが、立ち上っているようだ。その雰囲気から、これまでにない強力な攻撃をするつもりなのが分かる。


 ライカンズローブを装備したことによる副作用のバーサクが、いい形で闘争心に転化しているのか、それとも3人の動きが噛み合っているからか、精神がどんどん研ぎ澄まされていく。

 アルザの攻撃をサポートする為に、私はあえて深くアガートラームの間合いに入り込む。既にゲームと違う攻撃動作(モーション)の情報もそれなりにある。攻撃に対する予測の精度は格段に向上している。

 私は相手の正面に立って振り下ろしの攻撃を誘い、剣の持ち手が右手に移るのを確認して逆方向に飛ぶ。剣の攻撃を囮にして拳打を打ち込んでくる時は、僅かに手を放すのが早い。


浸透爆鎖掌(しんとうばくさしょう)!」

 私への攻撃が空振りに終ったことで、再び剣を振り上げたアガートラームの体が、アルザの気合の声と共に大きく揺れる。

 アルザが打ち込んだ拳の衝撃で体勢を崩したのだ。


「アルザっ!」

「おう! 追撃するんだわ!」

 体勢を崩して隙が大きくなったアガートーラームの右脚に、私はアルザの攻撃に合わせて全力で「フラガラッハ」を叩き込む。

『……!』

 私達を振り払おうと、崩れた体勢のままアガートラームが鎧の腕を振るったが、その軌道は目標から大きく逸れた。私の追撃で、鎧の右脚部分にヒビが入ったのだ。


『馬鹿な!オリハルコンで形成された我が鎧が!』

 アガートラームがアンデッドらしからぬ動揺を口にするが、私達は相手の体勢が大きく崩れたこの隙を見逃す筈がない。再び強く剣と拳を打ち込み、ひび割れを広げていく。


「ラナ! アルザ! 次の魔法をぶつけるわよ! 炎女帝の息吹! 」

 ローザの高位魔法が再び組みあがり、地獄から湧き上がったような業火がアガートラームを包み込むと、脚部の破損が砕けんばかりににその谷間を広げる。

 形勢がにこちらに傾いたのを確信し、私はアルザとローザに畳み掛けるよう指示する。

「アルザはさっきのスキルをお願い! ローザは次の詠唱を急いで! 私は右脚を砕くよ!」


 再び私がアガートラームの正面に立ち、アルザが間合いを広げるが、その瞬間これまでにない圧力(プレッシャー)が放たれる。

『我に傷を付けた貴様らは断じて許さん! 我が魔力の全てをもって灰燼(かいじん)に帰してやろうぞ!』

 立ち上がった鎧姿から、黒い魔力(マナ)が溢れ出る。


『えぇっ!? 視覚化できるほどのマナなんて聞いたことないよ!?』

「くぅっ! 魔法陣の構成が崩れる……何なのあれは?」

 ローザにしがみ付いていたクスクスから悲鳴が上がり、ローザからは苛立ちの声が漏れる。

「それなら、アタシの浸透爆鎖掌でマナを散らしてやればなんとかなる」

「分かった、なんとか攻撃を引き付けて……」


『黙れぇぇぇぇぇぇぇ!!』

 アガートラームは、私達の声を切り捨てると、その腕から漏れ出した黒い霧のようなマナが、ムチのような形を持って私達を襲う。

「くっ! 皆、気持ちをしっかり持って! 相手のマナに抵抗(レジスト)をなさい!」

 ローザが言い切ったと同時に爆発音が響き、私達は回避する間もなく謎の攻撃を喰らって吹き飛ばされてしまう。


 先ほどのような意識の加速もなく、壁に叩きつけられた私は、背中の痛みを堪えつつ周囲を確認する。

 ローザとクスクスは……壁際に倒れている。見れば体を起こそうとしているので、ダメージはともかく息はありそうだ。

 アルザを探して前方を見遣ると、黒いマナのムチが叩きつけられるのを、両手で受け流している姿があった。


「アルザッ!」

 私の呼びかけに、アルザは振り返らずに声を返す。

「ぐぐ……この攻撃はヤバいんだわ! 私がなんとか気功でマナを散らせて逸らすから、ローザと強力してなんとかアイツを破壊してくれ!」

 黒いマナのムチの攻撃範囲は、先ほどまでの剣での攻撃範囲より遥かに広い。アルザは両腕で円を描くようにして攻撃を受け流しているが、細かな裂傷が浮かび鮮血が飛び散っている。

 

「アルザ……ごめん!」

 謝罪の言葉で回答し、ローザの元へ向かった私は、彼女を抱き起こす。

「ラナちゃん。ぐっ……私も精一杯の抵抗はしてみるけれど、あまり期待はしないで頂戴ね」

 広間内のマナが、アガートラームから漏れ出す黒いマナのせいで乱れていて、魔法式の構築が非常に困難になっているため、これまで以上に発動には時間がかかるという。

「それじゃ、アルザは?」

 壁に持たれかかるようにして魔法陣の構築を始めたローザが、私の目を見ながら首を横に振る。


 え、なんで? 助けるのは諦めろって事?

 アルザが壁になってる間に攻撃をするしかないって言うこと? なんでさっ!? ここまで一緒にやってきたじゃないか!

『ねぇ、ラナ』

 声を出せない私に、倒れたままのクスクスがぼそりと言う。

『アイツの奥にある魔法具。あれだけ強力なモンスターが守っているって言うことは、物凄く強力なもののハズなんだ。だからアルザが止めている間にそれを取れれば……』

「アルザを助けられる!?」

『ごめん、それも運がよければだけど……』

 クスクスはそう言うと、傷だらけの小さな体を丸くする。嗚咽だろうか、小さな声が漏れ出てくる。


 アルザは先ほどから引き続き、アガートラームからぶつけられる黒いムチのようなマナを受け流しているが、手甲が弾け飛び裂傷は更に深くなっている。

 私は広間を駆け抜ける事に集中する為、剣を鞘に戻してローザに目線を送る。

「……分かったわ。できるだけ詠唱の短い魔法で援護するわ。私だって、あの駄犬が私への攻撃を逸らす為に死にました、なんてなったらいい気はしないものね」


 ローザの声を受けて私は壁沿いに走り出す。目標はアガートラームのずっと奥。もし私に攻撃が向くならどんと来いだ!

 今の私の身体能力なら、直径50m程度しかないこの広場なんて、全力を出せば50m4秒フラットで駆け抜けてやんよ!


 壁沿いを駆け抜けようとする私を見咎めたように、アガートラームからアルザに伸びていたマナのムチが私に飛んでくる。

「1本避けるだけならっ!」

 斜め上から叩きつけられるその攻撃を、三角飛びの要領で壁を使って回避する。


『…………!』

 アガートラームの怒りの篭った唸り声と共に、2度目の攻撃が来る。今度はムチ3本だ……でもっ!

「これだけ距離があればねぇー!」

 横薙ぎの1本を壁を使って避ける。

「どういう軌道になるかなんてぇー!」

 前方を遮るように落とされた攻撃は、急停止して回避。

「読めるんだよこの触手アンデッドめー!」

 2本目をブラインドにして前方から横薙ぎに飛んできたマナのムチを、全身を捻るようにして空中で回転し、前方に飛ぶことで回避する。


『おのれぇーー!』

 アガートラームが咆哮し、今度は全ての黒いマナのムチをこちらに向けてくる。

「ぐぅ、ラナァ!」

 アルザがこちらに向かって来ようとするが、よろけて膝をついてしまう。


「止まりなさい! 超重磁場(グラビティ・ドーン)!」

 ローザの魔法に抵抗(レジスト)する為か、こちらに飛んできたマナのムチがいくつか掻き消える。こちらに向かってくるのは5本だ!

 1本目は斜め前からの掬い上げを、内側にスライディングをして回避。2本目と3本目はそこを狙ったV字の打ち下ろし、それはスライディングの勢いを上手く横方向に向けて側転で回避。4本目が横薙ぎに来るが、それはそのまま宙返りで回避。5本目は後ろからの横薙ぎは……回避できない!

 丁度宙返りで後ろを向いたところを、マナのムチが横薙ぎに払う。咄嗟に両腕で防御した私は、後方……つまり目的地だった元々の前方に向かって吹き飛ばされる。よし! これは怪我の功名!


「やたっ!」

 吹き飛ばされた勢いを、地面を転がって殺して立ち上がる。両腕が多少痛むが、空中で受けたお陰で衝撃はかなり分散している。この程度ならなんとかなる。



 魔法具があるだろう場所は、青白い光が湧き上がるような場所だ。アガートラームもここを壊すのはためらわれるのか、黒いムチによる攻撃は止まり、こちらに向かって歩いてくるのが見える。

 急いでいるのだろうが、体捌きはともかく移動速度は遅い。今のうちに魔法具を発動させられれば、効果によっては一気に形勢逆転が出来る。なのだが。


「これは、簡易転送装置(ワープポータル)?」


 私が見つけた魔法具は、よく見覚えがあるものだった。それは「ティル・ナ・ノーグオンライン」において、回数制限付きで転送魔法陣を使う事ができるアイテムだったのだ。



つづく

ブクマ及び感想ありがとうございます。

お陰様でブックマーク150に乗りました、やったー!

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