23:黒髪猫耳というキャラ被り
あらすじ
アガートラームさんと戦闘中に、簡易転送装置を見つけました
【名前のないダンジョン・最深部】
◆
「簡易転送装置」
それは「ティル・ナ・ノーグオンライン」において、転送魔法陣を使う事ができるアイテムだ。使用回数に制限があって、一定回数の使用で壊れるという代物だ。
通常ゲームにおいて転送魔法陣というのは、町の転送魔法陣と屋外の転送魔法陣を結ぶ交通網になるのだが、「簡易転送装置」はそれの性能を大幅に制限したものとなる。
プレイヤーがチェックポイントとして設定している転送魔法陣があればそこに、なければフィールドのどこかにランダムで転送される魔法陣が出現するのだ。
微妙な性能ではあるが、ダンジョン脱出用のアイテムとしてよく使用されるアイテムでもある。
「なんでこんなところに……」
ダンジョンボスがゲームのモンスターそのままだと思ったら、そのモンスターが守っていたのがゲームアイテム? 見間違えかとも思ったけれど、残念ながら寸分違わず「簡易転送装置」だ。というか、それほどレアなアイテムでもないぞ。
息も絶え絶えに伝えてくれたクスクスには悪いが、ちょっと残念な気持ちになるぞ、これ!
「ラナッ!」
アルザの声でトリップしかけて私の頭が戻ってくる。戦闘中だった、危ねぇ!
とはいえ簡易転送装置というのは、今の状況から考えると悪くない。実に悪くないアイテムだ。多少気は咎めるが、現状を打開するには十分なものだ。
「ラナ! そのアイテムでなんとかなりそうなの!?」
ローザが少しでも時間を稼ぐ為に、発動の速い魔法をアガートラームにぶつけているが、黒い靄のようなものが抵抗レベルを上げているのか効果がない。
「大丈夫! なんとかする!」
アガートラームの移動速度は遅い。この距離なら私が攻撃範囲に入るまで10秒ほどはかかるだろう。アイテムの使い方さえ分かっていればどうとでもなる。
簡易転送装置は、宝玉に5秒間手を触れると魔法陣が展開し、使用者の前方に5mほどの魔法陣が出現するはずだ。アガートラームが近づいてくるタイミングに合わせて発動させれば、どこぞに飛ばす事ができる。
私が宝玉部分に手を触れると、宝玉が一際強く光を放つ。
「……へ?」
発動した魔法は、何故か簡易転送装置を中心に展開した。
展開した魔法陣が回転しながら光を放ち、転送魔法が発動する。ちょっと待て! アガートラームだけでいいんだよ? このポジションだと敵を巻き込めるけど、私だって巻き込まれちゃうんじゃね?
白く染まり始めた視界の端で、アガートラームが消えていくのが見える。
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇ!」
私とアガートラームは仲良く転送した。
◆
転送魔法陣を抜けると、そこは純白の世界だった。無機質な石畳と岩肌の壁で出来た無骨なダンジョンから、床から天井までひたすら真っ白な現実感のない空間に私はいた。
純白の空間に浮かぶようにあるのは、私と魔法陣の展開を止めた簡易転送装置だけのように見える。
『……!』
聞き覚えのある短い唸り声が上から降ってくる。
「へ?」
大切な事を忘れていた。
転送魔法陣は確かに発動したが、その効果範囲内にいたのはアガートラームと私だ。つまり、同じ魔法陣で移動すれば同じ場所に転送するのは必然なわけで。
「コイツも同じ場所に飛んで来るんだったぁぁぁぁぁぁ!」
振り下ろされた大剣を転がるように回避して、そのまま跳ね上がって距離を取る。
アルザとローザは助かったけど、私に限って言えば状況はかなり悪い気がする。
しかし、暴風と共に振り回される剣を避けながら、私はアガートラームの攻撃に対して、とある違和感に気付く。あの黒い靄で攻撃してこない、いや黒い靄のようなものが、その周囲から消えているのだ。
この状態ならあの脚を砕いて逃げる事くらいはできるかもしれない。私は腰を落として、剣を抜こうと腰の柄に手をやる。
「あらあら、珍しくお客様が来たと思ったら随分と騒々しい」
そこに、場違いな明るい声が響いた。
「しかもそこの鎧! 私の世界でそんな悪意に満ちた魔力をバラ撒くのやめてくれない? 消したけど」
声の主は女性だった。腰まで届く艶やかな黒髪とそこから伸びる小さな猫耳、肌が透けるほど薄い布を纏った姿は大変際どい。
布の面積はそれなりにあるのだが、いかんせん薄くて透けているのだ。
その顔は良く見ればあどけなさを感じさせるものの、大きな目とすっきりとした鼻筋ははっきりと美人といってよい顔立ちだ。
その女性は、腰に手をあててこちら……というよりアガートラームを見ている。
『貴様何者だ? 我が黒き魔力が上手く働かんのは貴様の力か?』
横合いから現れた女性を警戒するように、アガートーラームが剣先を私から変えて女性に向ける。
「あら、無作法ね。女の部屋に入ってきていきなり獲物を振り回すなんて、騎士のすることじゃないね」
あくまで軽い調子で言うと、黒髪の女性はやれやれといった調子で両手を上げる。
アガートラームはその態度に相当怒りを覚えたようだ。
『……!』
アガートラームは私が間に入る間もない程の速さ、まさに電光石火の勢いで剣を振り上げ、そして振り下ろす。
アガートラームの攻撃に反応できなかった私は、振り下ろされた剣を見て半歩踏み出した姿勢でそのまま動けないでいた。
しかしそれは目の前の凄惨な光景に立ち竦んだからではない。薄布を纏っただけの女性が、アガートラームの振り下ろされた大剣を片手で受け止めていたのだ。
「あーもう、ホント男ってダメね。アグナもそうだったけれど、頭の中まで筋肉でできているのか、なんでも力で解決すればいいと思ってる」
一振りすれば鍛え上げられた戦士、それこそアルザですら吹き飛ばされる威力の剣撃を片手で止めた女性は、心底呆れたように溜息をついて更に愚痴る。掲げられた手はまるでスポンジで出来た剣を持つように力を感じさせない。
「大体何よ「太陽と戦の神」って? ただ暴れるだけのバカじゃない! そのクセ私にフラれたら愚図愚図と情けない!」
言いながら力が入ったのか、アガートラームの大剣からミシミシと嫌な音がする。
「本当に男って最低! 大体デカけりゃいいってモノじゃないのよ! デカいデカいって言っても、蹴り飛ばしたらすぐに泣き言を言って……」
黒髪の女性の愚痴が、だんだんと特定の男性をなじるような響きを持ち始めたところで、重い音を立てて剣先が落ちた。
『……!』
アガートラームが驚愕の唸り声と共に、兜の中で炎を揺らす。あれほど私達のパーティを苦しめた大剣が、女性の掴んだ中ほどから真っ二つに折れたのだ。
「あら、折れちゃったわね。これが中折れっていうものかしら?」
あの、それは違うと思います。可愛らしく呟いた声に、私はつい否定の言葉を返してしまう。
「あら? そうなの?」
邪気のない顔で言われるが、聞いている私の中身がいい年のオッサンだけにいたたまれない。
『貴様ぁ……!』
中折れ扱いが許せなかったのか、アガートラームは兜の中の炎を強く揺らして、横殴りに折れた剣を再び振るう。なんだろう、アガートラームさんに哀れさを感じる。
「うるさいなぁ。ちょっと黙りなさい」
横から迫る中ほどまでの大剣を、虫でも払うように叩き落すと、体勢を崩したアガートラームの頭部に向かって女性が踏み出した。
「全く、女性の部屋に勝手に上がりこんだ挙句、勝手に怒って暴れて、更には暴力で言う事を聞かせようなんて論外よ論外。サクッと地獄に落ちなさい」
言いながら右手を軽く振りかぶり、体勢を崩したアガートラームの胸部鎧に手を伸ばすと、凄まじい音が響く。私は思わず耳を押さえて目を閉じた。
「あら、中身は空だった? 本当に男ってダメね。口ばっかり暴力ばっかりで中身が空っぽ。本当貴方男の代表みたいな存在ね。鎧を着けてれば強いとでも思ったのかしら? 残念すぎるわね」
黒髪の女性の声に混ざって、鉄板を叩きつけるような音が響き渡る。私が薄っすらと目を開くと、予想通りではあるが、なんとも理不尽光景が広がっていた。
どう見ても華奢な猫耳の女性が、私達3人がかりでも苦戦したボス級のモンスターを、素手で解体していたのだ。
『……!…………』
女性の真っ白な手によって腕の鎧を引き剥がされ、胸部装甲を凹まされ、脚部はひび割れた部分から真っ二つに引き裂かれる。アガートラームは苦悶の呻きを漏らしながら残った手を振るうが、煩わしそうに払われるだけである。そして徐々にその声を小さくしていき、
「ふぅ。これで静かになったわね」
爽やかな声と共に、巨大だった鎧は完全解体され、塵となって消滅した。
そしてアガートラームが塵となって消えると、女性は背中を向けていた私に向き直って言った。
「さて、それで貴女は何の用かしら? さっきのクソ鎧男と違ってお客様? それとも暴漢?」
◆
【純白の部屋】
◆
「さて、それで貴女は何の用かしら? さっきのクソ鎧男と違ってお客様? それとも暴漢?」
目の前の女性の声は、あくまで軽い。今日のお昼はフレンチとイタリアンのどっちにしようかしら、くらいの軽さなのだが、私はその近づいてくる姿に後ずさる。
上目遣いでこちらを見てくる紫の瞳に残酷な色はなく、単純に質問しているだけなのだろう。しかし、目の前でボスモンスター素手解体ショーを見せられた後なのだ。腰が引けるのも察して頂きたい。
「さっきの鎧に襲われてたみたいだけど、もしかして被害者? か弱い女子かしら?」
猫耳女性の「か弱い」の部分を強調した言い方に、私は両手を軽く上げて強く頷く。
「そう、良かったわ。ごめんなさいね、私男を見ると怖くって……つい襲われると思って抵抗しちゃったの」
肌の色が見えるほどに透けた服の胸元を押さえて、女性は肩を揺する。いや、まったく怖がってませんでしたよね? むしろ完全勝利でしたよね?
思わず突っ込みを入れてしまった、どうにも目の前の女性の能天気な調子は緊張が緩む。
愚痴半分にアガートラームを解体するような危険人物なのだが、目の前の女性から苛立ちや敵意は感じない。ゆっくりとこちらに歩いてくる姿は、巨大な鎧を解体したとは思えないほど優雅だ。
まだ身動きの取れない私に、女性が手を伸ばせば触れられるほどの距離まで近づいて来た。
立ち止まった女性は軽く首をかしげると、つま先からじっくりと視線を動かしていき、そして私の目をじっと見つめてくる。
「あら、貴女」
小ぶりな唇を可憐に動かし、見上げるような視線から匂うような色香が漂い、私はどきりとする。
「凄く可愛いわね!」
「は?」
「そういえばチラチラと私の身体を随分見ていたわね、胸とかお尻とか……同類かしら?」
目の前の女性は頬を染めると、悪戯っぽく笑う。先ほどまでの緊張していたのが台無しである。というか、同類ってどういう事でしょう?
「あら? 貴女も男が好きではないでしょ?」
さすがにこの身体に慣れたとはいえ、男と恋愛する気はない。元々男だし……などと考えていると、自慢気に言った女性が、私を見上げる姿勢から身体を起こして胸を反らす。
そうなると、私の視線は膨らんだ胸の頂点に向かってしまう。いや、仕方ないですよ? 透けてるんですもの、見えちゃいけない所まで見えてしまいますよ?
悲しい男の性と心の中で戦いを繰り広げる私を見た女性が、さらに笑顔のまま微妙に表情を変えて言う。
「貴女の名前は?」
「えと……ラナ・クロガネ」
「そう、私はシーラ。よろしくねラナさん」
シーラ? どこかで聞いたような名前だ。怪訝な顔をする私を見ながら笑うシーラさんが私の肩に手を置いた。
「周りを見て頂戴な」
私の肩に片手を置いたまま、舞台女優のような動きで振り返り、反対方向に手を広げる。
その先は来た時にも感じたが、ひたすら純白の世界だ。床から天井までひたすら真っ白で現実感がない。
「どう思う? 素直な感想を教えて?」
シーラさんはこちらを振り向かずに言う。
「なんだか現実感がないですね。ひたすら白くて嘘っぽくて……あと、何もない」
「そう! 何もないの! 凄く暇なのよね、ここ」
シーラさんは力説するが、だったら何故こんな所にいるんだろう? 簡易転送装置で出した魔法陣でランダム移動でもしたのだろうか?
シーラは私が疑問の声を発する前にこちらを振り向くと、顔をぐっと近づけて言う。
「だからさ、しばらく暇潰しの話相手になってよ!」
目の前のシーラさんは凄くイイ顔をしていた。
つづく




