彩る幸せ
数日後。
夏の国から招かれた仕立て師たちが、冬竜王の城を訪れていた。
部屋の中央には、見たこともないほど色鮮やかな絹地が幾重にも広げられている。
艶やかな絹、光を柔らかく透かす紗、細やかな刺繍が施された錦。
深紅、薄紅、白練、藍、紫苑、翡翠。
陽光を受けた絹は水面のように艶めき、刺繍糸へ織り込まれた金銀が繊細な輝きを宿していた。
男性陣は長くなることを見越して、既に長椅子に座り酒盛りを始めていた。
雪那はその圧巻の光景を前に、小さく息を呑む。
「……綺麗」
「でしょう?」
思わず零れた呟きに、蓮華は嬉しそうに微笑んだ。そして、一枚、また一枚と布を雪那の肩へ当て始める。
「こちらも素敵ですわね」
「いえ、雪那様でしたらこちらの方が……」
「でも、この刺繍も捨て難いですわ」
次から次へと布が重ねられ、雪那はされるがまま立ち尽くすしかなかった。
「雪那様はどのようなお色がお好きです?」
「刺繍は華やかな方がお好みですか?」
矢継ぎ早に蓮華と仕立て師たちに問い掛けられるが、雪那は困ったように視線を泳がせた。
「あ、えっと……」
好きな色。好きな柄。今まで、自分が身につけるものに、好みを反映させたことなどなかった。
春の国では与えられた衣を着るだけだった。選ぶということ自体が、雪那には縁遠いものだった。
困り果て黙り込む雪那を見て、蓮華は優しく微笑む。
「ゆっくりで大丈夫ですわ」
「……一つだけ」
自分に似合う色も、柄も、何も分からない雪那にも、一つだけ確かなものがある。
長椅子に腰掛け、酒瓶を煽る蒼玄の横顔を見つめ、雪那は意を決したように口を開いた。
「番として冬竜王様のお隣に立つのでしたら……深紅のお瞳と同じ色を纏いたいです」
蒼玄が驚いたようにこちらを振り向くのが見えた。前に座る炎竜王は、その姿に愉快そうに口端を釣り上げる。
「素敵ですわ!」
「あの、でも、難しければ……」
「いいえ!愛しい方のお色を纏いたいなんて……ふふ、分かりますわ」
蓮華はうっとりとしたように頬に手を当てて、並べられた生地を見下ろす。
「でしたら、わたくしも炎竜王様のお瞳と同じ藍色にしましょうかしら」
「王妃様には、藍色もよくお似合いになりますよ」
「藍色の生地ですと、やはり刺繍は銀糸でしょうか」
周囲の仕立て師と話しながら、蓮華の瞳がきらきらと輝いていく。
「簪も揃えなくてはいけませんわね」
仕立て師が恭しく箱を差し出すと、中には簪や耳環、髪紐が宝石のように並んでいた。
翡翠、珊瑚、真珠、銀細工。装飾品には詳しくない雪那が見ても、どれも息を呑むほど繊細な細工だった。
「雪那様、少し失礼しますわね」
蓮華は雪那を鏡の前の椅子に座らせ、後ろへ回り込んだ。
慣れた手付きで黒髪を梳き、髪紐を結び、髪を結い上げていく。
「ふふ、懐かしいですわね」
「はい」
「以前も、こうして雪那様のお髪を結わせていただきました」
夏の国で、街へ出掛ける前。あの日も蓮華は楽しそうに雪那を着飾ってくれた。
細くしなやかな指先が、今も変わらぬ優しさで雪那の髪を飾っていく。
「月光のような白銀のお髪も、それはそれは美しかったですけれど……」
なるべく頭を動かさないように視線を鏡に向けると、鏡越しに蓮華と目が合う。
「わたくしは、今の濡羽色のお髪の方が好きですわ」
「……私も、今の方が好きです」
すっかり見慣れた黒髪が、美しく複雑に結い上げられていくのを、雪那は鏡越しで見つめながら微笑んだ。
「簪はやっぱり白椿が良いかしら?」
「折角でしたら桜も入れたいですね」
「では、桜は蕾にすれば可憐ですわね」
いつの間にか幾本もの簪と紅い髪紐で結い上げられた雪那の髪を、蓮華と仕立て師たちは真剣な面持ちで見つめる
「耳環は華奢な方が……」
「銀細工の方がお似合いになりますわ」
雪那の頭上で、ああでもないこうでもないと相談が始まる。
雪那は椅子へ腰掛けたまま、そのやり取りを心地良く聞いていた。
もし、姉が生きていたら、こんな風に髪を結ってくれただろうか。笑い合いながら、似合う色を選んでくれただろうか。
そんな遠い昔の家族の記憶を、少しだけ思い出す。
ふわりと、茶葉の良い香りが鼻先を掠める。
目の前へ茶器が差し出された。顔を上げると、白狐が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「お疲れでしょう」
「ありがとうございます」
雪那は両手で茶器を受け取る。香り高い茶葉の香りが、強張った肩の力をすっと抜いてくれる。
白狐は鮮やかな生地と装飾品で彩られた部屋を見渡し、眩しそうに目を細める。
「お決まりになりましたか?」
「どうなんでしょう……蓮華様にお任せしてしまっていて……」
「あら!」
白狐の存在に気付いた蓮華が少女のような可憐な笑顔でぱっと振り返った。
「白狐さん!ちょうど良かったですわ!」
「はい?」
「深紅のお衣ですから、装飾品はあまり華美にならないよう、雪那様を引き立てたいのですけれど……こちらとこちら、どちらが良いと思われます?」
蓮華に手を引かれた白狐は輪の中に加わり、真剣な表情で雪那と装飾品を見比べた。
「……雪那様はお肌が白うございますから、こちらの銀細工の方が映えるかと」
「やっぱり!」
「こちらへ真珠を合わせても素敵ですわね!」
二人はすっかり夢中になってしまった。
朝から始まった採寸と衣装選びは、日が西へ傾いても終わる気配がない。
部屋には終始、蓮華と仕立て師たちの楽しげな声が響いていた。
雪那は湯気の立つ茶を一口飲み、自然と笑みを浮かべる。
こんなにも温かく幸せな時間を、自然に受け入れられるようになった自分の変化を実感していた。




