宴
暖炉の火が穏やかに揺れる応接室には、心地よい温もりが満ちている。
長椅子には蒼玄と雪那、その向かいには炎竜王と蓮華が腰を掛けていた。
昨夜は蒼玄と共に眠りに落ち、目を覚ました頃には、身体へ馴染み始めた魔力も落ち着き、今は穏やかな表情で白狐が淹れた茶を口にした。
「さて、今日は本題だ」
「本題?」
炎竜王が、温かいお茶ではなく冷酒の入った酒瓶を傾けながら口にした言葉に、雪那が小さく首を傾げる。
「そろそろ番披露の宴の日取りを決めなければな」
「……番披露の宴?」
首を傾げてばかりの雪那の反応を見て、蒼玄が静かに口を開く。
「番が誕生した際、各国の王や重臣を招き、新たな番を正式に披露する宴だ」
「王と血の契りを交わした番は、王と同等の存在だ。その事実を諸国へ示す意味もある」
「つまり今回の主役は、蓮華と雪那だ!!」
雪那は予想以上の規模の話に目を丸くした。春の国でほぼ幽閉されていた雪那にとっては、想像もできない世界だった。
「そんなに、大掛かりなものなんですか?」
「王に番が出来るのは久しぶりだからな。それに今回は、少し事情が違う」
不安そうに灰色の瞳を揺らす雪那を落ち着かせるように、蒼玄の大きな手が背中を撫でる。
「本来なら俺と蓮華の宴の予定だったが、お前たちも血の契りを交わしたからな。だったら一度で済ませようって話になったんだ」
「王が何度も国を空けるわけにもいかないからな」
「ですので、冬竜王様と雪那様と打ち合わせをするために冬の国へ伺っていたんですの」
三人の話に、何故炎竜王と蓮華が冬の国を訪れたか、その理由がようやく繋がり、雪那は小さく頷いた。
蓮華は柔らかな笑みを浮かべたまま続ける。
「ふふ、雪那様と一緒なら、わたくしも安心ですわ」
「私もです」
「衣装はどうしますか?よろしければ一緒に仕立てませんか?」
「衣装……?でも……」
雪那には自由に扱えるお金がない。蒼玄の隣に立つに相応しい衣姿でありたいと思う。けれど、奇跡の力を失った雪那には、お金を用意する手段がない。
「それに、番を美しく着飾るのも、番としての喜びですわ。ね?冬竜王様」
「好きな物を仕立てればいい」
「……よろしいのですか?」
蒼玄は申し訳なさそうに眉尻を下げる雪那の肩を引き寄せ頷いた。
「構わん」
「重臣をはじめ、各国を代表する術師や武官達が参列するからな!!見栄えも大事にした方がいいぞ」
「……そんなに沢山の方が」
雪那は思わず肩を縮めた。
春の国では、人前へ立つことなど滅多になかった。まして今回は、冬竜王の番として、多くの者の前へ姿を見せることになる。
その緊張が自然と表情へ滲んでしまう。
「そんなに身構えなくても大丈夫ですわ」
「蓮華様は、お強いのですね……」
「わたくしたちが伴侶としたのは、誰も敵わない王ですもの。何も怖くありませんわ」
雪那は肩を引き寄せる蒼玄の顔を見上げた。相変わらず氷の彫刻のように表情が動くことはないが、雪那はその中の優しさを知っている。
この腕の中にいれば、何者も雪那を傷付けることは出来ない。
「……そうですね」
「お前はただ、俺の隣にいればいい」
その一言だけで、不思議と胸を締め付けていた緊張が少しだけほどけていく。
雪那は蒼玄の分厚く逞しい身体にそっと身体を預けて、頷いた。
その返事を聞いた蒼玄もまた、誰にも気付かれないほど僅かに目元を和らげた。
「で?どこで開催する?」
「夏の国でいいだろう。冬の国でやると、翁が関節が痛いとうるさいだろうしな。こういう祝事はお前達の得意分野だろう」
「間違いないな!任せておけ。盛大に開催しよう」
炎竜王が楽しげに酒を煽る。先程からかなりの量の酒を平らげているはずだが、顔色一つ変わらない。炎竜王が飲み干した酒瓶が机の上に転がっている。
「では雪那様。落ち着いたら夏の国に。私の馴染みの仕立て屋を呼びますわ」
「よろしくお願いします」
「雪那様は今お召しになっている服はどちらで?昨日とは随分意匠が違うようですが」
蓮華が雪那の来ている服を上から下まで眺めて、柳眉を寄せる。
生地も仕立ても一級品だ。だが、どこか雪那の身体や雰囲気には合っていない。
「あ、これは……冬竜王様の元へ以前献上された方々が残していった衣装だと……」
「……え?」
その瞬間、蓮華の冷ややかな視線が蒼玄を貫いた。




