永遠を共に
頬を撫でる冷気に誘われるように、雪那はゆっくりと瞼を開いた。
「……ん……」
ぼんやりと霞む視界の先に映ったのは、見慣れた天蓋だった。
窓の外から差し込む青白い雪明かりが、部屋を深い藍色に染め上げていた。
「……わたし……」
高熱に倒れ、秋の国へ渡り、春の国で、自分の運命と向き合った。命を失いかけ、血の契りを交わし、ようやく帰ってきた。
冬の国で、雪那に与えられたこの部屋が、酷く懐かしく感じられた。
雪那はゆっくりと寝台へ手をつき、身体を起こす。
その僅かな物音に反応するように、部屋の隅へ置かれた長椅子から、一つの影が立ち上がった。
「起きたか」
足音も立てず、薄暗い部屋の闇からそのまま抜け出してきたように、冬竜王が静かに歩み寄ってくる。
夜の闇に溶けてしまいそうな黒髪、深紅の瞳。静かな夜そのもののような存在。
「……身体は」
「大丈夫です」
そう答えながら、雪那はふと意識を失う直前の出来事を思い出す。
「あの……私、もしかして」
「あぁ。あのまま眠りについた」
冬竜王は短く頷くと、寝台の縁へ腰を下ろした。そのまま雪那の顔を覗き込み、異変がないか確認する。
「……運んでくださったんですね。ありがとうございます」
「無事ならいい」
「炎竜王様と蓮華様にも申し訳ないことを……」
「あいつらも慣れている。気にするな」
冬竜王は雪那の濡羽色の髪を、感触を楽しむように指先に絡める。髪を通して微かに伝わる感触に、雪那は少し恥ずかしそうに微笑む。
「……冬竜王様」
「なんだ」
雪那の呼びかけに、髪に視線を落としていた瞳が上がり、静かに雪那を見つめていた。
その眼差しを受けながら、雪那の胸へ、一つの言葉が浮かぶ。
――雪那様は、冬竜王様のどこをお慕いしていらっしゃるんですか?
蓮華の問いに、あの時は答えられなかった。
慕う。愛する。そんな感情を、自分は知らなかったから。
家族へ抱いていた愛情とも、蓮華や炎竜王、秋叡王に向ける親愛や尊敬とも違う。
ただ一人、冬竜王にだけ抱く感情。
蓮華の言葉が、不思議なほど自然に、まるで長い間霧の中にあった答えが、朝日に照らされるように。
胸の奥へ、すとん、と落ちてきて、雪那の気持ちを象ってくれた。
初めて手を取ってくれたあの日から、冬竜王は雪那の手に沢山の宝物を乗せてくれた。
死にたいと絶望する雪那に、生きる理由と、終わりの瞬間を。
二人で夜を越える温もりを。
自由の過ごし方を。
雪那の命を繋ぐため、自分の寿命までも惜しげもなく分け与えてくれた。
そして、冬竜王の隣に、雪那だけの居場所をくれた。
その全てが、胸の奥で一つへ繋がっていく。
あぁ、私は、気付かないうちに。
ずっと。
雪那は冬竜王の冷たい手を、両手で握りしめる。
「雪那?」
「冬竜王様、私、わたし……」
誰もが恐れ、跪く、厄災の王。けれど、何も持たない雪那と共に、生きていきたいと望んでくれた人。
胸が熱い。やっと名前を持ったこの想いが、溢れそうになる。
雪那は真っ直ぐ冬竜王を見つめた。
そして、小さく微笑む。
「……愛しています。蒼玄様」
地下空洞で、血の契りを交わす瞬間に教えてもらった、雪那ただ一人が呼ぶことを許された名前。
声に出せば、愛おしさが涙と共に溢れ出る。
冬竜王の深紅の瞳が、限界まで見開かれる。
己を満たす、ただ一人の人間。ただ名前を呼ばれただけで、感じたこともないような悦びが、胸に込み上げる。
次の瞬間には、雪那の身体は強く抱き締められていた。息が詰まるほど強く掻き抱かれて、口から僅かに吐息が漏れる。
まるで少しでも力を緩めれば、この幸せが指の隙間から零れ落ちてしまうかのように。
雪那は驚きながらも、そっと腕を伸ばした。
冬竜王――蒼玄の背中へ静かに腕を回す。
震える大きな身体を、雪那もまたそっと抱き締め返した。
「愛しています。あなたの全てを」
「っ……あぁ。あぁ」
雪那に沢山の宝物と、約束をくれたこの人へ。自分の全てを、全部、全部あげたい。
雪那がいないと眠れないと。夜を一人で彷徨い続けたこの人を、もう一人にはしたくなかった。
「ずっと、一緒に生きていきましょうね」
「……愛してる、雪那」
顔を上げると、深紅の双眸は今にも溢れそうな感情を湛えていた。
氷の容貌が近付いて、冬竜王の前髪が雪那の額を擽る。
そして、そっと冷たい唇が重なった。




