睡魔
冬竜王の言葉を聞き終えた雪那は、まだ胸の奥で渦巻く様々な想いを抱えたまま、小さく息を吐いた。
「……あとは、何かありますか?」
あまりにも次々と明かされる事実に、頭の中はすでにいっぱいだった。それでも知らなければならないことなのだと、自分へ言い聞かせるように問い掛ける。
その様子に、蓮華は思わず小さく笑みを零した。
「そうですわね……」
少しだけ考え込むように視線を上げ、それから思い出したように口を開く。
「あと一つ、大切なことがございました」
「はい」
「魔力が完全に身体へ馴染むまでは、強い睡魔に襲われることがありますの」
「……睡魔?」
雪那はぱちりと瞬きをした。
思わず拍子抜けしてしまう。
命が繋がるとか、不老になるとか、そんな壮大な話を聞いた後では、眠くなる、という言葉は随分と可愛らしく聞こえた。
そんな雪那の表情を見て、炎竜王が苦笑する。
「今、たいしたことないって思っただろ」
「は、はい」
図星だった。睡魔と引き換えに得られる物を考えれば、むしろ釣り合わないくらいだ。炎竜王は何かを思い出すように遠くを見つめ、肩を竦める。
「身体が妖魔の魔力を受け入れるってのは、それだけ負担がかかるってことだ」
「俺の魔力がお前の身体へ完全に定着するまで、しばらくはその状態が続く」
「わたくしも最初は驚きましたわ」
蓮華が頬へ手を添えて懐かしそうに目を伏せて微笑む。
「お茶を飲んでいても、お話をしていても、本当に突然眠ってしまうんですの」
「歩いている途中で意識が飛ぶこともあったな。前触れがない分、受け身も取れずに倒れるからな、気をつけろ」
「眠気が来たと思った頃には、もう意識を失っていますわ」
冬竜王は経験者である炎竜王と蓮華の忠告に、雪那の腰へ回していた腕へ僅かに力を込めた。
「当分、お前を一人で出歩かせるつもりはない。完全に馴染むまでは、常に俺の傍にいろ」
「……はい」
その声音には、有無を言わせぬ強さと、隠しきれない心配が滲んでいた。
少しだけ空気が和らいだ頃だった。蓮華が何かを思い出したように瞳を輝かせ、雪那へ視線を向ける。
「そういえば雪那様」
「はい?」
「雪那様は、冬竜王様のどこをお慕いしていらっしゃるんですか?」
「……お慕い……?」
温かいお茶を飲もうと茶器を傾けていた雪那の動きが止まった。
慕う。
蓮華が何気なく溢した言葉を頭の中で繰り返す。蓮華の隣に座る炎竜王が面白そうに口角を釣り上げた。
「そういや聞いてなかったな。こいつが素直に好意を伝えるとは思えんが……何て言われたんだ?」
冬竜王はその問い掛けに無言で切れ長な瞳を閉じた。
部屋に妙な沈黙が流れた。
雪那と冬竜王。二人揃って口を開かない様子に、蓮華と炎竜王がそっと顔を見合わせる。
蓮華がまさか、とおそるおそる口を開いた。
「……まさか、お二人は、想いを伝え合って、いらっしゃらないのですか……?」
「くく、お前、まさかそんな状態で血の契りを交わしたのか?」
笑いを堪え切れなくなった炎竜王が、ついに吹き出す。
「炎竜王様!お二人の関係へ口を挟んではいけません」
「蓮華、これが笑わずにいられるか!!あの冬竜王が、なりふり構わず血の契りを結んでまで人間を番にするなんて……く、はは!」
肩を震わせながら声を上げて笑う炎竜王に、氷柱の如き鋭い視線が冬竜王から向けられる。
「炎竜王様」
蓮華の声音が少しだけ低くなる。その冷ややかな声に、炎竜王はぴたりと口を閉じ、長椅子に姿勢良く座り直した。
蓮華は咳払いを一つすると、真っ直ぐ冬竜王を見つめる。
「一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「冬竜王様は……雪那様を、愛していらっしゃるのですよね?」
深紅の双眸が静かに細められる。その眼差しは雪那へ向ける優しさとは違い、王としての冷たさを宿していた。
けれど蓮華は、一歩も引かなかった。
しばらくの沈黙の後、冬竜王は低く答える。
「それは、お前へ言うべきことではない」
「……そうですわね」
その答えに、蓮華は満足そうにほっと胸を撫で下ろし笑った。
そして、炎竜王の手を掴んで立ち上がる。
「では、わたくしたちは退出いたします。後は、お二人で」
「蓮華!ここからが一番いいところじゃないか!」
悲鳴のような抵抗の声を上げた炎竜王を、蓮華は冷え切った視線で見下ろした。
「陛下。そんな無粋な真似は許しませんわ。行きますよ」
「いや待て蓮華!」
「あなた」
「……わか、分かった。分かったからそう怖い顔をするな」
蓮華の花のようなにっこりとした笑顔に、炎竜王はとうとう立ち上がり、名残惜しそうに部屋から出ていこうとする。
雪那は慌てて立ち上がった。
「ま、待ってください、お二人とも――」
一歩踏み出した、その瞬間だった。
視界が、ぐらりと揺れた。
「あ……」
何が起きたのか理解するより早く、身体から力が抜けていく。雪那の身体が、糸の切れた人形のようにふらりと傾く。
冬竜王が音もなく雪那の身体を抱き止める。
雪那の顔を覗き込めば、すう、と穏やかな寝息が聞こえた。
「……もう来たか」
閉まりかけていた扉の向こうから、蓮華がそっと顔だけ覗かせた。
「……い、今ではありませんのに!」
「だから言っただろう!!」
蓮華の悔しそうな声と炎竜王の笑い声が廊下へ響き渡る。
冬竜王は小さく息を吐くと、眠る雪那を抱き上げたまま立ち上がり、部屋を後にした。




