命を結ぶ
冬竜王は雪那を伴い、そのまま城の奥へと歩き出した。
長い廊下へ足を踏み入れると、窓の外では雪が静かに舞っている。石造りの床へ白い光が差し込み、冷えた空気が頬を撫でた。
「寒いか」
「少しだけ。でも……帰ってきたって実感できて、嬉しいです」
雪那は窓の外へ視線を向け、小さく微笑んだ。
冬竜王は何も言わない。ただ雪那の腰へ添えた手へ僅かに力を込める。
その温もりの代わりのような冷たさが、不思議と心地良かった。
やがて後から馬車でやってきた炎竜王と蓮華と共に応接室へ向かう。
暖炉には白狐がすでに薪をくべており、ぱちぱちと火が爆ぜる音が静かな室内へ響いている。それでも冬の国の空気は冷たく、部屋全体には凛とした静けさが満ちていた。
冬竜王と雪那、炎竜王と蓮華がそれぞれ長椅子に腰掛けると、白狐が手際よく温かな飲み物と厚手の毛布を用意していく。
「雪那様、蓮華様、どうぞ」
「ありがとうございます」
毛布へ身を包んだ蓮華はようやく肩の力を抜き、小さく白い息を吐いた。
「噂には聞いておりましたが、冬の国は寒いですわね……」
「ははっ、そうか。蓮華は冬の国は初めてか」
「えぇ。炎竜王様は寒く……なさそうですわね」
夏の国にいる時と同じ、薄い生地の衣服を見に纏っている炎竜王は、微塵も寒さを感じさせない。
蓮華は白狐から受け取った温かい湯気の立ち昇る茶器を受け取り、暖を取るように両手で握り締める。
長椅子に腰掛けても、冬竜王は自然に雪那の腰に腕を回したままだった。
「身体はどうだ」
「……不思議です。身体の中に、新しい力が巡っているのが分かります」
王石が埋め込まれていた胸元を押さえ、雪那は目を閉じる。身体の奥深くを巡る魔力。
零れ落ちた命を埋めるように、冬竜王の魔力が静かに全身へ溶け込んでいる。
まるで血液の代わりに、魔力そのものが身体を巡っているような感覚だった。
「それで正常だ。お前の身体は今、俺の魔力を受け入れている最中だ」
「……あの、血の契りとは、どういったものなんですか?」
「聞いて、いないんですか……?」
雪那の言葉に、蓮華が唖然としたように口に手を当てる。隣に座る冬竜王に、炎竜王の冷たい藍色の視線が突き刺さる。
「お前……何の説明もなしに……」
「あの時は急いでいた。説明している暇などなかった」
対面にいる二人からの非難めいた視線にも、冬竜王は悪びれる様子もなく答える。
深い溜息と共に、炎竜王が腕を組みながら口を開く。
「血の契りとは、自分の寿命と魔力を、番へ分け与えることだ」
「分け与える……?」
まだ言葉の意味を真に理解出来ていない雪那は首を傾げる。
「俺が死ねば、お前も死ぬ。お前が死ねば、俺も死ぬ」
「……え?」
あまりにも平然と言ってのけられた言葉に、雪那はその彫刻のように整った冬竜王の顔を見つめる。
今の言葉が本当なら、冬竜王に血の契りを交わす利点はないはずだ。
炎竜王は表情を強張らせた雪那の緊張をほぐすように、太陽のような笑みを浮かべて続ける。
「だから、寿命という意味ではもう人間ではない。俺たちと同じ時を生きる」
「あ、あの……」
「まぁ、良い事と言えば、見た目は人間の全盛期のまま歳を重ねられるってことくらいか?だが間違えるなよ。不老ではあるが、不死じゃない」
炎竜王が長く筋張った人差し指を立てて、僅かに声を落とす。
「病で死ねば終わりだし、首を斬られれば死ぬ。心臓を貫かれても死ぬ。それはもちろん俺たちもな」
「あの……それでは、何故血の契りを……?冬竜王様と、私の命が繋がり、どちらかが死んでしまったら、道連れだなんて……」
雪那は静かに胸へ手を当てる。只人となってしまった雪那と、圧倒的な神性と力を持った冬竜王では、脆弱な雪那の方が死ぬ可能性が高い。どう考えても、冬竜王の弱点にしかなれない。
炎竜王と冬竜王が顔を見合わせて、小さく喉を鳴らした。
雪那の言葉を最後まで聞き終えた冬竜王は、静かに雪那の後頭部へ手を添えた。
「雪那。何故と聞いたな」
「は、はい。治癒術式も使えなくなった私と血の契りを交わしても……冬竜王様にとって良いことなんて何も……」
雪那の考えていることなど全て見透かしているような深紅の双眸が、甘く絡みつくように雪那を捉える。
「お前と共に、生きられる」
「、っ……!」
そのあまりにも真っ直ぐな言葉に、雪那はびくりと肩を震わせた。
「それが手に入るなら、寿命など大したことではない」
「そういうことだ。竜の寵愛を舐めない方が良いぞ、雪那」
全身、何かにとっぷりと浸かったような気がした。絡みついて、逃れられない。
「ふふ、雪那様はまだ戸惑っているんですよね」
「蓮華様……」
言葉を失ったように口を噤んだ雪那に、蓮華の声が助け舟のように届いた。
「大丈夫ですわ。彼らの魔力を宿したわたくし達も、もう只人とは違います」
「ま、まだ何か……?」
与えられる情報量に、雪那の頭の中は既にはち切れそうだった。
「俺の魔力が常にお前を守る。多少の病で命を落とすことはないし、怪我の治りも早い」
雪那は自分の両手を見下ろす。見た目は何も変わらない。けれど、自分を満たす冬竜王の魔力が、冬竜王の番として雪那を作り変えていく。
その変化に、困惑はある。けれど、嬉しいと思っている自分に、雪那は気付いていた。




