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死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


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王の責


温かな春風が地下へ吹き込む。


長い冬の終わりを告げるような風だった。崩れた天井から差し込む陽光が白く地下を照らし、誰もが指先一つ動かせないまま、白い棺を見つめていた。


白い棺から零れ落ちるように白銀の髪が揺れる。その光景に、崔冥の喉が引き攣るように震えた。


「……っあ、ぁあ……!」


声にならない息が漏れた。


やがて棺の中から一人の男がゆっくりと身を起こした。


長い睫毛に縁取られた灰色の瞳が二百年振りに開かれる。天井の大穴から降り注ぐ陽光に、春狼王は眩しそうに目を細めながら、静まり返った地下空洞を見渡した。


冬竜王、雪那、秋叡王、暁杜、氷雅、白狐、羽雲、春の国の王、武官達。


春狼王の視線が一人ずつ辿る。その全てを静かに見つめた後、最後に一人の男へ視線を向ける。


崔冥だった。


その姿を見つけた春狼王の瞳が、柔らかく細められる。


「久しいな、崔冥」


ただそれだけだった。二百年の歳月を埋めるには、あまりにも短い一言。


けれど、崩れ落ちるように崔冥はその場に膝をついた。


乾いた音を立てて床へ膝をついたまま、崔冥は呆然とその姿を見上げた。


「……我が君」


しわがれて、掠れた声だった。


春狼王はゆっくりと棺から降りる。


その足が地面へ触れた瞬間、温かな春風が吹き抜けた。どこからともなく桜の花びらがふわりと舞った。


地下空洞に、桜の木など何処にも無いはずなのに、春狼王が一歩進むたびに、春風と共に花びらが舞う。


誰も声を出せない。


二百年という歳月を越えて現れた真の王を前に、その場にいる全員が言葉を失っていた。


春狼王は崔冥の前に立つ。


「顔を上げろ」


崔冥は動けなかった。顔を上げる資格など自分にはないと思った。敬愛した王を結界の核にした。子供達を犠牲にした。


春の国を守るためだと信じ続けた結果、自分が何を守りたかったのかさえ分からなくなった。


そんな自分が、どんな顔で王を見ればいい。


「崔冥」


再び名前を呼ばれる。それだけで身体が勝手に従った。震える指で床を掴みながら、崔冥はゆっくりと顔を上げる。


そこに春狼王がいた。夢ではない。幻でもない。本当に、そこにいる。


春狼王はしばらく崔冥を見つめていた。深く刻まれた皺。痩せ細った枯れ枝のような身体。二百年という歳月が刻んだ全てを見つめる。


そして、ふっと笑った。


「なんだ。随分歳を取ったな」


春風が吹く。


舞い上がった花びらが二人の間を流れていく。


崔冥の瞳から涙が零れ落ちる。


一滴。


また一滴。


止めようとしても止まらない。


二百年分の後悔も罪悪感も懺悔も、その一言の前では意味を失ってしまった。


崔冥は震える唇を開く。


「……我が君」


崔冥が仕えるたった一人の主君が、そこに立っていた。


「春狼王」


秋叡王の静かで厳かな声に名前を呼ばれ、春狼王が振り返る。


黄昏色の瞳が、春狼王を測るように細められる。


「久しぶりですね。秋叡王様、そして冬竜王」


冬竜王が、雪那を白狐に預けて立ち上がり、秋叡王の横に並ぶ。


三人の王が、一堂に会する。


「二百年も寝ておったのに、随分と目覚めが良いことじゃ」


「……弁明するつもりはありません。此度の責は、全て私が背負います」


「ただ眠っていたお前が、どう責任を取る」


凍てついた冬竜王の視線が、春狼王を鋭く貫く。春狼王はその視線を真っ向から受け止める。


「……だからこそ、最後まで果たさねばならない」


春狼王はその場に片膝をつき、二人の王に頭を下げる。


「王としての責を果たさぬまま眠りにつき、その果てに多くの者を苦しめ、多くの命を失わせた。我が不在が招いた全ての禍について、謝罪申し上げる」


春狼王の後ろで跪いていた崔冥の呼吸が止まる。心臓が潰れるように痛む。


頭を下げている。誰よりも誇り高く、誰よりも民を愛した王が。


本来なら誰かに頭を下げる必要など無かった人が。


その背を見た瞬間、崔冥の視界が大きく揺れた。


違う。


違う。


それは我が君の罪ではない。我が君が詫びる必要などない。その言葉を口にするべきなのは、頭を下げるべきなのは、その責任を背負うべきなのは。


春狼王ではなく、自分だった。


その事実だけが、刃のように崔冥の胸を抉った。

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