表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/91

夢の終わり


桜吹雪がゆっくりと薄れていく。


二百年前の景色が、花びらの向こうへ溶けるように消え、雪那は再び巨大な桜の木の下へ立っていた。


春風が吹く。


瞼に置かれていた手が離れ、雪那は目を開ける。ぼやけた視界を晴らすように瞬きを繰り返す。


狂ったように花びらを降らせる桜の下で、雪那は言葉を失っていた。


崔冥は最初から狂っていたわけではなかった。


誰よりも国を、弱者を、人間を守りたかった。


誰よりも春狼王を守りたかった。


その願いが、二百年という長い時間の中で歪んでしまっただけだった。


「崔冥様は……」


掠れた声が零れる。その先が続かない。責めればいいのか、憎めばいいのか、雪那には分からなかった。


「崔冥はただ、守りたいだけだった」


始まりは、本当にささやかで、純粋な願い。


「人間達と……私を」


雪那が顔を上げると、春狼王は困ったように笑っていた。


「崔冥は、優しい男だった。伸ばされた手を、ひたすら掴んで、助けて歩くような男だった」


その声には懐かしさが滲んでいた。黒曜石のように輝く瞳で、自分を真っ直ぐに見つめる崔冥を、春狼王は思い出す。


「不器用で、頑固で、融通も利かなかったがな」


あの瞳が、翳っていくのを、春狼王はただ夢の中から見ていることしか出来なかった。


「……その純粋な願いが、歪んでしまった」


春狼王から、笑みが消える。優しく包み込んでいた春風がぴたりと止まる。


「崔冥のしたことは許されない。願いのために、多くの命を奪い、多くの未来を壊した」


雪那は黙って聞いていた。崔冥が犠牲にしてきたのは、彼が、春狼王を礎にしてまで守りたいと願ったはずの命だった。


「だが、私だけは、あいつを責められない」


灰色の瞳が遠くを見る。まるで二百年前の景色を見つめるように。


「あいつが狂う原因を作ったのは、私だからだ」


長い沈黙が落ちた。春狼王は目を閉じる。目を閉じれば、我が君、と春狼王を呼ぶ崔冥の声が聞こえてくる。


「さあ、終わりにしよう。夢から醒める時間だ。私もそろそろ、崔冥の顔が見たくなった」


雪那は息を呑む。


春陽のような晴れやかな声には、崔冥に対する恨みも憎しみも感じられなかった。


二百年という、長すぎた別れを終わらせようとしているだけだった。


「雪那。お前を待っている者達がいる。目覚めの時だ」


その瞬間、澄み渡る青空を裂くように、雷鳴のような声が響く。


――雪那!!


祈るような声だった。必死に、雪那の名前を呼んでいる。何度も、何度も、名を呼ぶ声に、雪那はふいに泣きたくなった。


帰りたい。


「呼ばれているな」


「……はい。私も、帰らねばなりません」


「では行こう」


その声は雪那がずっと聞きたかった声だった。眠りの底から引き上げてくれる声。


今すぐ会いたいと思った。


春狼王はそんな雪那を見て満足そうに目を細める。


「ああ、それともう一つ」


「はい」


大きな手が、再び雪那の瞼を覆う。


「冬竜王の夜を終わらせてくれて、ありがとう」


春風が吹く。


桜が舞う。


その言葉を最後に、雪那の姿は花びらへ溶けるように消えていった。


――雪那!!


その声に導かれるように。


夢の終わりへと落ちていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ