白き棺
じゃらり、と重たい鎖が鳴る。
武官達に引かれるまま、雪那は王の間から出て、王城の奥深くへ進む。
高い天井から差し込んでいた陽光はいつの間にか消え、石造りの廊下には薄暗い灯りだけが揺れている。
奥に進むにつれ人気がなくなり、鎖が擦れる音と、足音だけが廊下に響く。
そして、重い鉄扉が目の前に現れる。
重い音を立てて、扉が開かれると、そこから流れてきた空気に雪那は思わず身を強張らせた。
ひやり、と肌を撫でる冷気。
冬の国の冷たさとは違う。生きた風ではない。何百年も陽の光を知らない場所の空気だった。
地下へ続く階段は深かった。壁には僅かな明かりが灯されている。けれど、その炎は弱々しく、闇を払うことは出来ない。光よりも影の方が濃かった。
まるで何かが潜んでいるような気配。誰かに見られているような感覚。地下へ降りるほど、胸の奥がざわついた。
濃密な闇に、雪那の足取りが僅かに重くなる。
じゃらりと、再び鎖が鳴る。
武官の一人が無言で鎖を引いた。前へ進め。そう命じるように。
雪那は唇を引き結ぶ。先に降りた崔冥の姿はもう見えない。
長い階段を降り切った先に、それはあった。
巨大な扉だった。
壁と一体化するように佇むその扉は、まるで地下そのものを封じ込めているような威圧感を放っている。表面には無数の術式が刻み込まれ、青白く脈打っているようだった。
武官達が足を止めると、先に扉の前に着いていた崔冥が振り返る。
骨ばった細い指先が伸び、武官から鎖を受け取る。
「お前たちは上へ戻れ」
「はっ!!」
崔冥の言葉に、武官達は迷うことなく頷き、今降りてきたばかりの階段を引き返して行く。
枯れ枝のような手が、黒い扉へ触れると、低い地鳴りのような音が響いた。
ギギギギ――――
重々しい音を立てながら、黒い扉がゆっくりと左右へ開いていく。
冷気が溢れ出した。雪那は思わず息を呑む。
それは風ではない。長い時間を閉じ込めた墓所の空気だった。
生者を拒むような冷たさ。死者の眠りを守るような静寂。
扉の向こうに広がっていたのは、想像を遥かに超える空間だった。
巨大な地下空洞。
壁面には等間隔に灯火が並び、青白い光が静かに揺れている。その光は空洞全体を照らし切ることは出来ず、薄闇が至る所に溜まっていた。
空洞の中央だけが不自然に開けていた。
まるでそこだけが世界から切り離されたように。
そこに、一つだけ。
ぽつりと、白い棺が置かれていた。
雪のように白い石で造られた棺。巨大な地下空洞の中心で、それだけが静かに佇んでいる。
まるで神殿の祭壇。あるいは、永遠に目覚めることのない誰かの墓標のように。
崔冥に促され地下空洞に入った雪那の足が止まった。
胸の奥がざわつく。視線が棺から離れない。
あれが何なのか。
まだ棺の中は見えていないはずなのに、雪那の身体は、本能的に理解していた。
――あそこにいる。
探し続けていた存在が。
銀狼の王が。
心臓だけが嫌な音を立てていた。
どくり。
どくり。
胸の奥で何かが警鐘を鳴らしている。
「ほら、行け」
崔冥の声が背後から聞こえた。ガシャンと、鎖が床へ落ちた。その音に、雪那はゆっくりと顔を上げる。
崔冥はいつものように笑っていた。まるで出来の良い芝居の続きを見せるように。
「会いたかったのだろう?その王石の、本当の持ち主に」
雪那はよろめきながら歩いた。
一歩。
また一歩。
広大な地下空洞の中央へ。棺へ近付くほど空気が重くなる。肌が粟立つ。
胸に埋め込まれた王石が、何かと共鳴するかのように震える。
やがて棺の傍へ辿り着く。
白い石で作られた棺には、蓋が無かった。雪那は恐る恐る中を覗き込む。
そして、息を呑んだ。
そこに眠っていたのは、一人の男だった。
銀色の髪。雪のように白い肌。まるで今にも目を開きそうなほど穏やかな寝顔。
死んでいるようには見えない。
けれど、生きているようにも見えなかった。
腹の上で手を組んだ男の胸には、雪那と同じ灰色の王石が埋め込まれていた。
「……この方が、」
「本当の春の国の王、春狼王だ」
雪那の身体から血の気が引いた。膝から力が抜け、棺のそばに崩れ落ちた。
違う。こんなのは違う。王とは呼べない。生き物ですらない。




