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死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


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始まりの場所


羽雲は高く高く空を駆けていた。


大湖を超え、眼下には、どこまでも続く緑が広がっている。


若葉を揺らす風、陽光を浴びてきらめく草原、色とりどりの花々が絨毯のように咲き誇り、小川が銀糸のように大地を縫っている。


生命が芽吹く国。


春の国。


雪那は羽雲の柔らかな毛並みに頬を埋めた。


故郷であるはずなのに、雪那はこの国をほとんど知らない。


五歳で連れ去られ、その後の人生のほとんどを王城で過ごした。


家族と共に過ごした村で、自由に野を駆けたことも、花畑で遊んだことも、もう殆ど記憶に残っていない。


それなのに、その景色を見た瞬間、胸の奥に込み上げたのは懐かしさだった。


幼い頃の記憶ではない。王城の隅に用意された閉ざされた部屋。美しく整えられた牢獄。その小さな窓から、雪那は何度も外を眺めていた。


風に揺れる草原を、咲き誇る花々を。遠くに広がる森を。


そして、決して辿り着けない自由を。


あの窓から見える景色だけが、雪那と外の世界を繋ぐ唯一のものだった。


羽雲の身体が僅かに傾き、雪那は顔を上げた。


春の国の王城が、もう視界に捉えられるくらいまで、近付いてきていた。


陽光を浴びて輝くその姿は、美しい。まるで神殿のようだ。


けれど、雪那の身体が、刻み込まれた恐怖を思い出したかのように震える。近付くのを拒むように呼吸が浅くなる。


雪那は無意識に羽雲の毛を握り締めた。


帰ってきた。あの地獄へ。


雪那は意識してゆっくりと息を吐いた。帰る場所がある。待っていてくれる人がいる。


約束がある。


雪那は王城を真っ直ぐ見据えた。


「羽雲。もう少し、よろしくね」


羽雲は小さく喉を鳴らした。




王城が近付く。真白な城壁。高く聳える尖塔。


そして、雪那の視界に、それが映った。


王の間の天井は、ぽっかりと開いた巨大な穴が空いていた。


あの日、冬竜王が破壊したままだった。


雪那は懐かしむように、そのぽっかりと空いたままの穴を見下ろした。


冬竜王が、結界を破り、王城に現れた日。そして、春の国に手を出さない代わりに、雪那を抱き上げ、王の間の天井を突き破り、この広い空へ連れ出した。


あの瞬間から、雪那の人生は変わった。


だから、始まりの場所から終わらせる。


羽雲は大きく翼を広げる。翼が陽光を受けて輝いた。


そして、一直線に王の間へ降下した。




王の間では朝議が行われていた。


重臣、神官、術師、そして王が、国の政策について話し合いを重ねていた。


その場にいる誰もが、次の瞬間を予想していなかった。


ばさり、ばさりと、巨大な翼が風を切る音が近付く。


誰かがふと顔を上げた。次々とその場の視線が音のする方へ集まる。


吹き抜けの天井から、冬竜王が残した傷跡から、白い獣が舞い降りてくる。


王の間は騒然となった。


「侵入者だ!」


「なんだあの獣は!!」


「まさか――!」


武官達が王の間に雪崩れ込み、術師たちが立ち上がる。重臣たちが逃げ惑う。


誰もが最初に思った。


また、冬竜王が来たのだと。厄災の王が、再び現れるのだと。植え付けられた恐怖が、人間の矮小な心をかき乱す。


赤い絨毯が敷かれた王座の目の前に、羽雲が降り立つ。


白い翼がゆっくりと閉じ、その背から、一人の少女が降りた。


銀の髪。灰色の瞳。その姿を捉えた者達が、息を呑む音が広がる。


誰もが知っている。誰もが忘れられない。春の国が失った治癒術師。あの日、その場にいた全員に見捨てられた少女。


王の間に、静寂が落ちる。誰も身動きを取れない中で、雪那だけが静かに佇んでいた。


術師たちが一斉に雪那と羽雲を取り囲む。


敵意。警戒。困惑。様々な感情が向けられる。


昔なら、春の国に幽閉されていた頃ならば、きっと足が竦んでいた。恐怖で息も出来なくなっていた。助けを求めることさえ出来なかった。


けれど、今は違う。


雪那には生きる理由がある。帰らなければならない場所がある。待っていてくれる人がいる。


自分でも不思議なくらい、怖くなかった。


雪那はゆっくりと王座を見上げ、恐怖で顔を引き攣らせる王へ向かって口を開く。


「お久しぶりです」


その静かな揺るぎない声を、王の間にいる全員が、はっきりと聞いていた。


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