表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/83

出発の朝

出立前夜――。


全ての準備を終えた頃には、すっかり夜も更けていた。


静かな部屋で、雪那は窓際に立ち、夜空を見上げる。


澄み切った空には、煌々と輝く満月。青白い月光が山々を照らし、世界を静かに染めていた。


やるべきことは決まっている。


春の国の王城へ潜入し、銀狼の王を探す。そして救い出す。もし救出が叶わなければ、王石を破壊する。


それが、自分にできること。それが、自分が選んだ道。


――なのに。


ぞくり、と背筋を冷たいものが這い上がった。


春の国へ行けば、二度と帰れないかもしれない。自分の人生は、そこで終わるかもしれない。


恐怖が全身を絡めとる。指先が冷たくなる。呼吸が浅くなる。


雪那は恐怖から逃れようと、弾かれるように振り返った。


部屋の奥、灯りのない薄闇の中で、冬竜王が寝台に腰掛けている。


その姿を見た瞬間、張り詰めていた何かが音を立てて崩れた。


「雪那」


名前を呼ばれる。たったそれだけで、全身を縛り付けていた恐怖が少しだけ緩んだ。


雪那は恐怖を振り払うように震える足で歩き出す。


冬竜王の元へ近付くと、大きな手が伸びてきた。冷たく大きな手が、雪那の手を掴む。


「どうした」


優しい声だった。雪那は俯き、そして、小さく本音を零した。


「……明日が、怖いのです」


冬竜王は何も言わない。雪那は自嘲するように笑った。


「情けないですね。あんなに覚悟を決めたはずなのに……」


「怖くて当然だ」


雪那が顔を上げる。深紅の瞳が、真っ直ぐ雪那を貫く。


「命を懸けるのだ。恐ろしくない方がおかしい」


もう片方の大きな手が雪那の頬を包む。最後の恐怖が、冬竜王の温もりで溶けていく。


「それでも進むと決断した。お前のその選択は、何より尊い」


雪那の目に涙が滲む。


冬竜王は、雪那を否定しない。恐怖も、迷いも、弱さも、全部受け入れてくれる。


雪那はゆっくりと身体を寄せ、冬竜王の肩へ額を預ける。


「……帰ってくるんだろう。俺の隣に」


雪那は頷いた。帰りたい。帰ってきたい。約束がある。失いたくない人がいる。生きたい未来がある。


冬竜王の手が頬から滑り、後頭部に回る。長い指先が銀髪へ絡む。そのまま耳元へ形の良い唇が寄せられた。


「行くなと言っても、お前は行くんだろう」


吐息混じりの低い声。雪那は静かに目を閉じる。


「……はい」


「ならば、必ず俺を呼べ」


冬竜王の腕が雪那を掻き抱く。グッと抱き込まれて、口から吐息が漏れた。


「お前のために、俺はいつだってここにいる」


雪那は堪えきれず、冬竜王の首へ腕を回した。離れたくなかった。このまま時間が止まってしまえばいいのに、と一瞬だけ願った。


けれど、冬竜王が与えてくれた自由を、自分で捨てることだけはしたくない。


雪那は目を閉じた。


その夜、二人は抱き締め合ったまま眠った。互いの温もりを、刻み込むように。




まだ日も昇らぬ夜明け前。


空には深い藍色が残り、澄み切った冷たい空気が辺りを包んでいた。


秋の宮殿の中庭。そこに雪那たちは集まっていた。


羽雲、白狐、暁杜、氷雅、秋叡王、冬竜王。


白狐が羽雲へ荷物を括り付けながら、心配を隠し切れないまま、顔を俯かせる。


「お気をつけて、雪那様。羽雲はとても速いですから、しっかり掴まっていてくださいね」


雪那はせめて少しでも心配を取り除きたくて、笑顔で頷く。


今度は暁杜が歩み寄った。ぴょんぴょんと跳ねた髪が、今朝はどこか元気がない。


「手筈通りに。私たちもすぐに後を追いますからね」


軽い声音の裏に、揺るがない覚悟が見える。秋叡王だけが、唯一穏やかに笑った。


「結界も問題なさそうじゃ。無理はするでないぞ。少しでも危険だと思ったら、すぐ合図を出すんじゃ」


「はい」


雪那は深く頭を下げた。


そして最後に、冬竜王の前へ立つ。


深紅の瞳が雪那を見下ろす。大きな手が伸びてきて、雪那の頬へ触れた。


冷たい手。けれど不思議なほど安心する温度。


昨夜まであった恐怖は、もうない。やるべきことは決まっている。帰る場所も決まっている。


だから前だけを見る。


「行ってきます」


晴れやかな声だった。冬竜王はしばらく雪那を見つめていた。


「あぁ」


それだけだった。言葉は要らない。別れはもう済ませてきた。


雪那は羽雲の背へ跨ると、白い翼が大きく広がった。風が巻き起こり、次の瞬間、羽雲は空へ舞い上がった。


地面が遠ざかり、秋の宮殿が小さくなっていく。雪那は振り返らない。前だけを見る。


春の国へ。


全ての始まりの場所へ。


そして、全てを終わらせるために。


羽雲は一直線に空を駆けた。白い翼は朝焼けの空へ溶けていく。


冬竜王は、その姿が見えなくなるまで、ただ静かに見上げていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ