春の国の王石
雪那の言葉に、部屋の空気が変わった。
暁杜と秋叡王は同時に雪那を見た。そして二人とも考え込むように黙り込んでいた。
雪那が口を開く前に、先に暁杜が唸る。
「はー……なるほど。まさか治癒術式で王石を壊そうなんて考えるとは」
再生した腕を眺めながら、感心したように息を吐く。そして、そのまま秋叡王へ顔を向けた。
「どう思いますか、陛下?」
「うーむ……」
思考を巡らせるように宙を見て、秋叡王は顎髭を撫でる。
「治癒術式は本来、生き物へ作用する術じゃからな。王石に適用されるのかは分からん」
「でも魔力の源なんですよ?生体に近い性質を持っていないとも言い切れないでしょう」
「まぁ、ただの石ではないがのう……」
暁杜と秋叡王が、研究者としての顔で、雪那が口を挟む隙も与えないまま話を進めていく。
「ちょっと陛下の王石で試してみます?」
「それで儂がおっ死んだらどうするんじゃ!」
暁杜が手元の紙に何やら術式を描き始め、秋叡王も机の上にあった書物を引っ張り出してくる。
「大丈夫ですよ」
「何を根拠に言っとるんだ」
「えー……研究者としての勘ですかねぇ?」
「多分で王を実験台にするな」
二人の会話は止まらない。むしろ雪那の存在など忘れているかのようだった。
「しかし面白い理論ですね」
「うーん……王石を破壊する方法を試そうなどと思ったことがないからのう」
雪那は何度か口を開こうとしたが、入る隙がない。話はどんどん進んでいく。
「ですが王石に生命活動のようなものがあるなら――」
「仮定の話じゃろう」
「仮定を積み上げるのが研究です」
秋叡王が深い溜息を吐いた。雪那はしばらく話を聞いて、二人を見つめていたが、ようやく小さく手を上げる。
「あ、あの……」
「あぁ。すまんのう。つい熱中してしもうたわい」
「続けてください。まだ何か気になることがあるのでしょう?」
二人の視線が向いた。雪那は少し躊躇ったあと、以前から気になっていたことを口にする。
「王石は、王に埋め込まれているんですよね?」
「うむ」
「それは生まれつきですか?それとも、王と決まってから後天的に埋め込まれるのでしょうか?」
「後からじゃな」
答えた秋叡王の身にも、王石が埋まっている。秋叡王は机に置いてあった茶器を持ち、すっかり冷めてしまったお茶を啜る。
「王として選定された者は、継承の儀を受ける。その時に、王石が埋め込まれるのじゃ。その王のためだけの、ただ一つの王石じゃ」
「継承の儀……」
雪那は小さく息を呑んだ。ずっと、胸に引っ掛かっていた疑問がある。
「王石の話を聞いてから、ずっと気になっていたことがあるんです」
その声に、暁杜も秋叡王も視線を向ける。雪那は自分の中の疑問を整理するように、ゆっくりと言葉を選んだ。
「春の国の王は、人間です。けれど、王石は間違いなくありました。結界を維持するために使われていました」
部屋が静まり返る。雪那は、自分が口にする言葉が恐ろしくて、身体が震えた。
「……お話を聞く限り、人間には、王石が埋め込まれることはないんですよね?」
「そうじゃな」
「では、春の国の王石は、誰の王石なんでしょうか」
王石は、新しい王と共に生まれる。では、今ある王石は、誰と共に生まれたものなのか。
暁杜の目が見開かれる。秋叡王も言葉を失ったように雪那を見つめる。
雪那はそこまで言って、口を噤む。どうか、どうかその答えが、想像と異なりますようにと願いながら。
やがて暁杜がぽつりと呟く。
「春の国の王様って……元々、人間じゃなかったですよね?」
「……あぁ」
秋叡王が頷いた。いつもの穏和な顔ではなく、無表情で言葉を続ける。雪那には、わざと無表情を装っているように見えた。
「そもそも春の国の結界が張られたのは二百年ほど前じゃ。それまでは妖魔と人間が共存しておった」
秋叡王は、遠い昔を思い出すように目を細めた。静かな声が続く。
「確か当時、春の国を治めていたのは銀狼の王じゃったな」
その言葉に、雪那の心臓が跳ねた。
「だが、いつの間にか結界が張られた。妖魔を締め出し、人間だけの国になった」
そこで暁杜が、引き攣った笑みを浮かべた。
雪那は息を呑んだ。指先から血の気が引いていく。その先を聞きたくないのに、答えだけはもう分かってしまっていた。
「……えー……もしかして春の国って……」
その先を言う必要はなかった。今の話を繋げれば、答えは一つしかない。
春の国の王石。
結界を維持していた王石。その正体は。
「その方は……本当に、自分の意思で、王石で結界を張ったのでしょうか」
声が掠れた。春の国が、自分の生まれ育った国が、何をしたのか。知ってしまえば、二人の顔を見れなかった。
秋叡王は静かに首を振る。
「使ったのか、使わされたのかは分からん」
雪那は息を呑んだ。言葉が出ない。胸の奥が冷たくなる。
自分の胸に埋め込まれた王石、その本来の持ち主もまた。
国のために、利用されたのだろうか。
想像した瞬間、吐き気にも似た寒気が込み上げた。雪那は思わず口元を押さえる。あまりにも悍ましい。
「これはまだ推察じゃ。真実は分からん」
その声は静かだった。けれど、その顔は既に答えへ辿り着いているようにも見えた。
暁杜が髪の跳ねた頭をガシガシと掻いた。
「春の国は鎖国状態でしたからねぇ。いや、これは言い訳ですが……もっと疑問を持つべきでした」
ぼやくようにそう言ってから暁杜は顔を上げる。雪那はつられるようにのろのろと顔を上げた。
「ですが、もし銀狼の王が生存しているのであれば、王石だけを破壊するのは危険ですね。まずは本人の保護が優先になります」
「……そう、ですね」
「最悪の場合は、王石の破壊に切り替えるしかありません」
雪那は息を止めた。
銀狼の王。二百年前の王。春の国のために、人間のために、利用されたのだろうか。
自由を奪われ、逃げることも許されず、誰かの為に使われることを強いられた存在。
その姿が、どうしても自分と重なった。
春の国に、真実がある。
そして、もしその推察が正しいのなら。
助けを求めることも出来ないまま、二百年もの間、春の国に囚われ続けている者がいる。
雪那の灰色の瞳が静かに揺れた。




