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死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


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反転する奇跡

窓の外では秋の夜風が木々を揺らし、かすかな葉擦れの音だけが響いている。


「以前、氷雅さんに触れられそうになった時、治癒術式が勝手に発動したことがありました」


武闘会の後、冬竜王の部屋に行こうとして、氷雅に拒まれた時だ。氷雅が手を伸ばした瞬間、身体が勝手に反応した。


「気付いたら、治癒術式が氷雅さんの手を弾いていました」


「弾いた?」


暁杜が僅かに眉を上げる。雪那はその時の状況を思い返し、頷いた。あの時は咄嗟の状況で理解できなかった。けれど、今なら分かる。


「あれは氷雅さんだったからです。あの方のような、上級妖魔だから、自分の術で咄嗟に相殺できたんだと思います」


そこで雪那は一度言葉を切った。脳裏に浮かぶのは、忘れようとしても忘れられない光景だった。


幼い頃。王石を身に宿し、その強大な力を上手く扱えなかった頃。


助けようとして伸ばした手。治そうと思って触れたはずの腕。


それが。


「昔、同じようなことがありました。まだ、春の国にいた頃です。上手く、力を扱えないくらい小さな頃……」


忘れたことなどない。


「怪我をした方を、治そうとしました。けれど、ぼろぼろと、砂みたいに崩れていきました」


その時の恐怖は今でも覚えている。人を助けるための力が、人を壊した。あの日からずっと、自分の力が怖かった。


「暁杜様は、私の治癒術式は王石によって底上げされていると言っていましたよね」


「ええ」


「多分、その通りなんです」


雪那は自分の掌を見つめた。人には過ぎた力。何人も、何人も治癒してきて、ようやく扱えるようになった力。


「私の治癒術式は生命活動そのものに働きかけています。だから適切な範囲なら傷を治せる。でも、その力は行き過ぎると……治癒ではなく、破壊になるんです」


沈黙が落ちた。暁杜と秋叡王は何かを考えるように押し黙っている。


やがて暁杜が、白い外套を捲り上げ、何の躊躇もなく腕を差し出す。


「すみません。一度やってみてもらえますか?」


「だ、駄目です!その後、治せないかもしれません」


突拍子のない提案に、勢いよく首を横に振る。

しかし、暁杜は全く気にした様子もなく、ニコリと無邪気に笑う。


「問題ありません。もし治せなくても秋叡王様がいますから」


当然のように言われ、横に座っていた秋叡王は手で額を覆った。


深い溜息が漏れる。暁杜は間違いなく天才だった。だが興味を持ったものに関してだけは、実際に確かめなければ気が済まない。


その性質だけは昔から変わらない。こうなったら、誰にも止められないことを、秋叡王はよく分かっていた。


「構わんよ、雪那。儂も説明だけでは分からん。見せてくれ」


二人にそう言われてしまえば、雪那も断りきれない。


恐る恐る手を伸ばす。指先が暁杜の腕へ触れた。


次の瞬間、青白い光がふわりと広がった。


ぽこり、と皮膚が膨らむ。


浮き上がった血管が異様に脈打ち始め、筋肉が内側から膨張していく。肉は不自然な速度で増殖し、腕の輪郭そのものが歪んでいった。


肉も骨も区別が付かなくなった腕が、砂の城のようにボロボロと崩れ落ちていく。


雪那はグッと唇を噛み締める。何度見ても、目を逸らしたくなるような異様な光景だった。


治癒ではない。生命活動の暴走。生きようとする力が限界を超え、自らを壊している。


「なるほど」


暁杜は崩れていく自分の腕を眺めながら感心したように呟いた。


「治癒術式の出力過剰によって生命活動そのものが暴走しているんですね。強制的に細胞分裂を促進して限界を迎えさせられているのか……?」


「ほぉ……並の治癒術式では起こり得ん現象だな。王石による増幅があって初めて成立するものか」


崩壊は止まらない。砂のように崩れた腕は、もう元の形を保てなくなっていた。


雪那は青ざめた。このままでは、暁杜の腕が崩れ落ちてしまう。


ぽろぽろと崩れていく腕を秋叡王が掴む。その瞬間、触れた部分から砂のように崩れ落ちた。


ぼとり。


手首から先が床へ転がる。


「あらら」


暁杜はまるで他人事のように呟いた。その反応に雪那は半泣きになる。


「あ、あの!申し訳ございません!すぐに治します!」


慌てて再び術式を使おうとしたが、秋叡王がその手を止めた。


「いや、雪那はあまり治癒術式を使わん方がいいじゃろう。ここは儂がやろう」


秋叡王が崩れ掛けた腕を握り締めたまま、目を伏せる。


金色の光が溢れた。失われた肉が再生する。崩壊した骨が繋がる。


切り離された手が元の位置へ戻り、何事もなかったかのように形を取り戻していく。


ほんの数瞬後には、傷一つない腕がそこにあった。


「いやぁ」


暁杜は再生した腕の感覚を確かめるように曲げ伸ばしした。


「こんなに長く生きていても、まだ知らないことがあるんですね。これだからやめられない」


心底楽しそうに笑う暁杜を、雪那は茫然と見つめた。術を使った本人でさえ、恐ろしくて、目を逸らしたくなるのに。


やがて、雪那は乱れた呼吸を整えるように小さく息を吸う。そして二人を見た。


「……これを」


声は静かだった。けれど、その瞳には確かな決意が宿っている。


「王石の破壊に、使えないでしょうか」


その言葉に、暁杜と秋叡王の表情が変わった。部屋の空気が張り詰める。


人を壊すほどに行き過ぎた治癒術式。


それがもし、王石そのものに作用するのだとしたら。


雪那を縛り続ける呪いを、終わらせる手段になるかもしれなかった。


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