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死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


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白銀の眷属

部屋へ戻る道中、白狐は一言も喋らなかった。


静かな廊下を歩き、部屋の扉が閉まったところで、ようやく振り返り、静かに頭を下げた。


「……申し訳ありません。私が隙を見せたばかりに」


雪那はきょとんと目を瞬かせる。服は裂け、血の跡も残っている。けれど、獣人によって外された骨も、冬竜王がつけた傷も、もう綺麗に治っている。


雪那にとっては、それで終わった話だった。


「大丈夫です。もう治っていますので」


何でもないように言う雪那に、白狐は顔を上げ少しだけ目を細める。


今までここへ連れて来られた人間たちとは、違う。泣き叫ぶ者。怒鳴る者。怯えて震える者。理性があるはずの人間が取り乱す様を、何度も見てきた。


けれどこの少女は、自分が傷付いたこと自体を、まるで重要なこととして扱っていない。その異質さを、白狐はもう薄々理解し始めていた。


その時、不意に扉が開く。


「忘れていた」


そう言って室内に戻ってきた冬竜王の傍らには、大きな獣がいた。


白と淡い水色の斑模様をした、四足歩行の獣。獅子に近い体格をしている。しなやかな猫科の身体つきで、冬竜王の腰ほどの高さがある。背には大きな白い翼。琥珀色の瞳が、静かに雪那を見ていた。


「毎回騒ぎを起こされても面倒だ。白狐が側にいなくても、こいつがお前のそばにいれば、余計な手出しはなくなるだろう」


冬竜王は心底面倒そうに雪那に言い放つが、白狐は僅かに目を見開いた。冬竜王が、自分の眷属を与える。その意味を、白狐は理解しかねていた。


「人語は話さないが、理解はしている。俺の眷属だ。城の連中も見れば分かる」


「幻獣、のようなものですか?」


春の国では絶対に見ることはなかった獣だ。獣はゆったりと雪那へ近付くと、その頬をざらりと舌で舐めた。


「……名前は、ありますか?」


「好きに呼べ」


雪那はそっと獣に手を伸ばす。指先が触れた瞬間、想像よりずっと柔らかい毛に指が沈み込む。雪のような見た目なのに、触れると柔らかく生き物の体温がある。


獣の喉が低く鳴る。ゴロゴロという振動が、手のひらから腕へと伝わっていく。ただ、その口元には鋭い牙が覗いていた。


「では、羽雲、はどうでしょうか」


呼ばれた瞬間、獣――羽雲は短く鳴いた。


「うにゃん!」


見た目に似合わない鳴き声が響いた。


白狐はその様子を見ていたが、何も言わない。ただ、主が新しい駒を置いたことを理解した。


羽雲が雪那の足元に腰を下ろしたのを見て、冬竜王が鼻で笑った。


「襲うことはない。まぁ、甘噛みくらいはされるかもしれんがな」


「可愛いです……ありがとうございます」


雪那は羽雲の毛の柔らかさが癖になったのか、優しく首元を撫でていた。穏やかな獣なのか、冬竜王によく躾けられているのか、牙を剥くことはなかった。


「白狐」


「はい」


「明日は街にでも降りてこい。必要なものもあるだろう」


「畏まりました」


それだけ命じて、冬竜王はさっさと部屋を出て行ってしまった。


雪那はその背中を静かに見送る。雪那には、まだ冬竜王の残虐性が掴めない。あんな風に春の国から攫っておいて、春の国にいた頃より、怪物の城にいる今の方が、よほど人間扱いされている。


雪那の撫でる手が止まると、羽雲が額を手のひらに擦り付けて甘えてくる。ふ、と笑い、その甘えに応えた。



夜になると、暖炉に火を入れていても冷え込む部屋で、雪那は窓から外を眺めていた。春の国では、雪など滅多に降らなかった。窓の外一面を白く埋め尽くす景色は、それだけで別世界のようだった。


雪が全ての音を吸収してしまったかのような静寂を、バサッという翼が空気を切る音が切り裂く。


「あれは…」


暗闇の中、月明かりを受けた冬竜王の黒い翼が、夜空をゆっくり裂いていく。遠いはずなのに、そんなはずはないのに、一瞬紅い瞳と目が合った気がした。


こんな夜更けに、一体何をしているんだろう。外の冷気を遮る窓に手を当て、その姿が見えなくなるまで見送る。


「うにゃにゃん」


「羽雲?どうしたの?あ、引っ張ってはいけないわ」


羽雲が雪那の服の裾を咥えて、寝台まで引っ張る。寝よう、そう言っているような気がして、そのまま寝台に潜り込む。


寝台に上がってきた羽雲が、冷えた体を温めるようにゴロリと雪那の横に寝転ぶ。


温かい。誰かと触れ合ったまま眠ることなど、いつ以来だろう。羽雲の体温に包まれるうちに、雪那の瞼はゆっくり閉じていった。

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