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死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


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三つの選択肢

研究塔の奥へ案内された先は、一つの大きな研究室だった。


壁一面を埋め尽くす本棚。


天井まで届く書架の隙間には梯子が掛けられ、机の上には書類や魔術具、宝石の欠片が山のように積まれている。


天井からは用途の分からない魔道具が幾つも吊り下がり、部屋の隅では何かの術式が青白く明滅していた。


人が生活する部屋というより、研究そのものが巣食っている空間だった。


「どうぞどうぞ!」


暁杜は机の上の書類を腕で押し退けながら椅子を勧める。


「散らかっていますが気にしないでください」


「相変わらずですね、暁杜さん。もう少し整理した方が研究も捗るのでは?」


用意された椅子に腰掛けながら、氷雅は苦笑いで所狭しと物が置かれた部屋を見回す。


「研究者に整理整頓を求める方が間違っていますよ。それにどこに何があるか分かっているから良いんです」


「開き直らないでください」


雪那は、氷雅と暁杜の気心知れた二人の軽いやりとりに思わず笑ってしまった。


暁杜は他の研究者達と同じように熱量の高い人だった。けれど不思議と親しみやすい。


「いやぁ。陛下が人間を拾ったと聞いた時は本当に驚きましたよ。どういう心変わりです?」


「別に。ただの気まぐれだ」


「ふーん……?」


暁杜は納得していない顔をするが、深く追求することはなく、そのまま物珍しそうに部屋を眺めていた雪那へ視線を向ける。


「ですが安心しました」


「え?」


「もっと衰弱していると思っていましたから。秋叡王様から話は聞いています。春の国で長く幽閉されていたことも、今回秋の国へ来た理由も」


雪那は少しだけ目を伏せた。だが暁杜はそれ以上踏み込まない。すぐに空気を変えるように微笑んだ。


「それにしても見事な銀髪ですねぇ!!本当に綺麗だ」


「暁杜」


「触りません」


遠慮なく雪那の髪に手を伸ばそうとしていた暁杜の手が、冬竜王の鋭い視線によってピタッと止まる。


「まだ」


「まだ、じゃない」


「失礼しました」


反省していない暁杜は、まるで無邪気な子供のようだ。気になることには躊躇いなく手を伸ばす。


緊張していた心が自然と解れていく。雪那の緊張が和らいだのを見て、暁杜も満足そうに頷いた。


「さて、雪那さん」


「はい」


机の上の書類を脇へ寄せる。その瞬間、纏う空気が変わった。研究者の顔だった。


「症状について、改めて聞かせてください」


「……はい」



雪那から話を聞き終えた後、暁杜はしばらく黙っていた。


研究室には重い沈黙が落ちる。先程まで軽口を叩いていた男とは別人のようだった。


話を聞きながら書き留めていた内容を整理するように、指先で何かを考えるように叩く。


「……今回の高熱の原因の一つである春の国の呪詛は、秋叡王様が解術済み」


「はい」


「現在は結界によって共鳴を抑えている状態」


暁杜は腕を組み、ぐっと高い天井を振り仰ぐ。翡翠の瞳が色を増して、彼の頭の中で思考が凄まじい速さで回転しているのが分かる。


「解明すべきは、王石との共鳴についてですね」


雪那は思わず膝の上で手を握る。それこそが知りたかったことだった。


どうすれば止まるのか。どうすればこれ以上冬竜王達に迷惑をかけずに済むのか。


暁杜は机の上に置かれていた紙を引き寄せ、さらさらと術式を書き始めた。


「王石がそもそも分かれる状態になることが稀でしょうが、春の国にある本体と、雪那さんの身体に埋まった欠片は、今も力は繋がっている」


紙の上に、幾つもの線が引かれる。線と線が繋がる。雪那はその紙を見つめた。ずくん、と胸元の王石が存在を主張するように波打った気がした。


「問題は、そこに人間の身体が挟まっていることです」


冬竜王が忌々しげに眉間に皺を寄せ、腕を組む。


「前例は」


「聞いたことがありません。少なくとも私は知りません」


研究者達の頂点に立つ男が知らない。冬竜王に天才と称された男が知らないのであれば、他の誰にも分かるはずがなかった。


雪那は静かに息を吐いた。やはり簡単な話ではないらしい。すると暁杜は視線を雪那に向ける。


「雪那さん」


「はい」


「共鳴を止めたいですか?」


「止めたいです」


雪那は迷うことなく頷く。膝の上で握りしめた拳に力が入る。


これ以上、望まぬ力に振り回されたくない。春の国に狙われるのも、冬竜王達に迷惑をかけるのも、耐えられない。


冬竜王が僅かに視線を動かし、雪那の表情を見つめる。


「……それに、せっかく外に出られるようになったので」


もっと色々なものを見たい。もっと世界の広さを知りたい。冬竜王の、隣にいたい。


「止める方法はあります」


研究室が静まり返る。雪那は思わぬ言葉に目を見開いた。その言葉の続きを求めるように、身体が前のめりになる。


「本当ですか?」


「えぇ。ただし、簡単ではありませんし、代償は大きいと思います」


暁杜は頷く。だがその表情は明るくない。冬竜王は続きを促す。


「方法は」


「考えられるのは三つです」


静まり返った研究室に、暁杜の声だけが落ちる。暁杜は長い指を三本立てる。


「一つ」


一本目の指を折り曲げる。


「今と同じように封印し続ける」


氷雅が眼鏡の奥の瞳を細める。雪那の鼓動が、どくどくと早鐘を打つ。


「根本解決にはなりませんね」


「えぇ」


二本目の指が折り曲げられる。


「二つ目、体内の王石を摘出する」


雪那は息を呑む。冬竜王の目も僅かに細くなった。その選択肢は、雪那も冬竜王も何度も考えてきた方法だった。


「ですが、摘出した瞬間、雪那さんがどうなるのか分からない。身体が王石に適応している可能性もあります」


暁杜は真剣な顔で続ける。


「そうなれば摘出は命取りです」


雪那は自分を落ち着かせようと、無意識に腕輪へ触れた。


そして、三本目の指が折り曲げられる。


「三つ目、共鳴の発信源を断つ。つまり、春の国の王石本体を破壊する」


沈黙が落ちた。誰も言葉を発さない。


春の国の王石。国全体を覆うほどの結界を維持してきた王石を、破壊する。そんなことが、可能なのだろうか。


暁杜は机へ肘をついた。


「理論上はこれが最も確実だと思います。本体が消えれば、共鳴は起きない」


雪那は、突然降ってきた解決策に、身体が芯から冷え切っていくのを感じた。


春の国の王石さえなくなれば、雪那の全てを奪った象徴でもあるこの欠片から、春の国から、解放されるのだろうか。


そして、冬竜王が口を開く。


「……なるほどな」


「けれどその場合、雪那さんは治癒術式を使えなくなる可能性があります」


「……え?」


雪那は思わず顔を上げた。暁杜は手にしていた筆を置き、雪那に向き直る。


「雪那さんの治癒術式は、王石によって格段に力が底上げされていました。王石と深く絡み合っていることも考慮すると、治癒術式もなくなる可能性が高いかと」


雪那にとって、この力は誇りでも何でもない。他の術師達のように、誰かを助けたくて、力を磨いたわけでもない。


ただ、そうあれと強いられた結果だ。けれど、この力がなくなったら、自分には何が残るのだろう。


冬竜王の役に立てなくなった時、自分はどうなるのだろう。胸の奥が、ひどく冷えた。


雪那の顔が強張ったのを見て、暁杜は肩を竦めて見せた。パッと表情を変え、笑顔に戻す。


「まぁ、王石をどうこうする方法など、私も考えたことないですけどね」


その言葉が、今すぐ答えを出さなくてもいいと言ってくれているようで、雪那は詰めていた息を吐き出した。


背中が、冷や汗でぐっしょりと濡れている気がした。


「ですが、調べる価値はあると思います。王石については我が王も知っていることがあると思いますし、確か書庫にも古い記録があったと思います」


冬竜王は何も言わなかった。ただ静かに目を伏せていた。その横顔が、何を考えているのかは分からない。それなのに、胸の奥が妙に落ち着かなかった。

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