魔術研究塔の変人
それから翌日――。
今日も宮殿の案内をしてくれる氷雅と一緒に部屋に訪れたのは、冬竜王だった。
「一緒に来てくださるんですか?」
「昨日の続きを見たいんだろう」
氷雅と白狐、冬竜王と共に、秋の宮殿の奥に建つ魔術研究塔へ向かった。
白い塔は空高く聳え立っている。幾重にも重なる螺旋構造。壁面には無数の術式が刻まれ、窓からは青白い光が漏れていた。
「ここが魔術研究塔です」
氷雅が扉を押し開く。その瞬間だった。
「――あっ!!」
「来た!!」
「氷雅様だ!!」
「お帰りなさい!!」
わっと人の波が押し寄せた。白い外套を羽織った研究者達。妖魔もいれば人間もいる。老若男女問わず、皆が目を輝かせていた。
そして、その視線が雪那へ集中する。
「あなたが噂の治癒術師ですね!?」
「本当に見事な銀髪だわ!」
「早くお会いしたかったんですよ!」
「治癒術師なんて滅多にいませんからね!」
凄まじい熱量だった。雪那は思わず目を瞬かせる。その空気はどこか懐かしく、夏の国で出会った術師達によく似ていた。
研究と知識への飽くなき探究心。熱意だけで突っ走るような勢い。炎のような情熱と、知識への渇望。
しかし驚いたのはそれだけではなかった。
「冬竜王様!!」
「今日こそ陛下の力を研究させてください!!」
「髪の毛一本でも!!」
「いや氷魔術を見せていただきたい!!」
「血液でもいいので!!」
研究者達は冬竜王を取り囲みながら、恐怖する様子が微塵もなかった。
雪那は呆然とその光景を見つめる。冬の国ではそんな光景を見たことがなかった。夏の国でも恐れられていたのに。
だがここでは、恐怖より研究対象としての価値の方が高いらしい。
雪那の様子に、その光景を見ていた隣の氷雅が苦笑いを溢す。
「悪い奴らではないんですよ。ただ少々研究熱心でして」
「……えぇ。伝わります」
「陛下に対する恐れより、研究したい欲が勝ってしまうんですよねぇ」
その説明を聞きながら雪那は冬竜王を見る。冬竜王は明らかに面倒そうだったが、邪険にする様子はなかった。慣れているのだろうか。
その時、塔の上から足音が響いた。
螺旋階段を、一人の男が降りてくる。肩までの森のような深い緑色の髪は無造作に跳ね、研究者たちと揃いの白い外套は皺だらけだった。
けれど翡翠の瞳だけは眩いほど輝いていた。男は階段の途中で、騒ぎに気付き立ち止まる。
「おや?これは珍しい方々ですねぇ」
その視線が、雪那達を捉えると、研究者達が自然と左右へ退く。
雪那は少し驚いた。あれだけ熱中していた皆が、その視線一つで道を譲る。それだけで立場が分かる。
男は階段を降り切ると、乱れた姿からは想像も出来ないほど優雅に一礼した。
「魔術研究塔責任者、暁杜と申します」
そして顔を上げる。真っ先に見たのは冬竜王だった。
「あぁ!!お久しぶりですねぇ、冬竜王様!!」
子供のように翡翠の瞳を輝かせて、暁杜は冬竜王に駆け寄る。冬竜王は露骨に顔を顰めた。
「相変わらずのようだな」
「もちろんですとも!!陛下もお変わりないようで!!」
暁杜は嬉しそうだった。雪那は対照的な表情を浮かべる二人を見比べる。どんな関係なのだろう。
すると今度は、暁杜の視線が冬竜王の隣にいた雪那へ向いた。
そして一瞬。本当に一瞬だけ静止した。
「あなたが!!」
雪那は反射的に一歩後退った。夏の国の術師達が脳裏を過る。あの時と同じ目だった。
「素晴らしい!!なんという銀髪!なんという魔力の流れ!!」
ぐいぐいと勢いよく距離を縮めてくる暁杜に、雪那は口を開く隙さえ与えられず、ただただ勢いに押される。
「あなたが秋叡王様が話していた治癒術師ですね!?ぜひお名前を研究記録に――」
「おい、下がれ」
低い声が遮った。気付けば腰を抱かれて、ぐい、と身体が後ろへ引かれた。そのまま雪那と暁杜の距離を取るように、冬竜王に引き寄せられる。
雪那は彫刻のような横顔を見上げて、その安心できる温もりに、強張っていた身体から力を抜いた。
「近い」
「おや、これは失礼しました」
暁杜は全く気にした様子もなく、冬竜王に腰を抱かれたままの雪那を上から下まで眺め、ニコリと笑う。
「せ、雪那と申します。初めまして、暁杜様」
「雪那さんですね!!よろしくお願いします。ぜひ色々お話を……!!」
「この男には気を付けろ。変人だ」
冬竜王が呆れたように呟いた言葉に、暁杜は笑顔で頷く。
「陛下。それは研究者への最大級の褒め言葉ですよ」
全く堪えていない。雪那は思わず小さく笑ってしまった。
「お知り合いなんですか?」
「……まぁ、顔見知りではある」
「昔からの付き合いなんですよぉ」
珍しく歯切れの悪い回答に、絶対それだけではないと雪那は感じ取る。そこへ氷雅が歩み寄る。
「暁杜さん、お久しぶりですね」
「おぉ!氷雅くん!君も元気そうだね」
氷雅の肩を親しげに叩きながら、暁杜は懐かしそうに頬を緩めた。
「さぁさぁ!立ち話も何です!奥へどうぞ!話を聞かせてください!!」
暁杜に先導される形で、一行は研究塔の奥へ向かった。
歩き出してしばらく、冬竜王はようやく雪那の腰から手を離した。
「大丈夫か?」
「はい。不思議な方ですね」
暁杜のぴょんぴょんと跳ねた髪が、歩くたびに揺れる。声も大きい。落ち着きがない。けれど不思議と嫌な感じはしなかった。
「あぁ。あんなふざけた態度だが、間違いなく魔術の天才だ」
雪那は思わず目を見開く。冬竜王が人を褒める。それがどれほど珍しいことか、もう知っている。
氷雅の時ですらそうだった。だからこそ、混じり気なしのその称賛の言葉に驚いた。
「天才……」
「事実だからな」
冬竜王は淡々と言う。そして前方を歩く暁杜へ視線を向けた。
「お前の身体についても、あいつなら何か分かるかもしれん」
あぁ、だから冬竜王は着いてきてくれたのだと気付く。雪那の身体を調べるため。王石の影響、共鳴の原因を探すため。
もしかしたら、本当に何かが分かるのかもしれない。
そんな期待を胸に抱きながら、雪那は魔術研究塔の奥へと足を踏み入れた。




