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死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


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籠の外の世界

雪那は、ぽかんと目を瞬かせた。


先程聞こえていた言葉の意味を、頭の中でゆっくり反芻する。


実家。つまりここは氷雅の生家。雪那は、氷雅と秋叡王を交互に見た。


「ということは……」


「えぇ。この方は、人間で言うところの私の祖父ですね」


雪那はそこで、ふと浮かんだ疑問に首を傾げた。


「ですが……氷雅さんは冬竜王様の臣下、ですよね?」


その疑問に答えたのは秋叡王だった。隣に立つ孫を見上げながら、白いふさふさの眉を下げた。


「はぁ……一度、冬の国の武闘会に連れて行ってしまったのが運の尽きじゃったわい」


「武闘会、ってあの?」


「そうじゃ。そこで見た冬坊に憧れてのう。遊学だ何だと理由をつけて、さっさと国を出て行ってしもうた」


氷雅は何も否定せず、それどころか微笑んでいる。秋叡王は豊かな白髭を何度も撫で付ける。


「神童と呼ばれておったのにのう。学問の都で育った子が、よりにもよってあんな力が全てみたいな国へ行くとは思わなんだ」


秋叡王は恨みがましく冬竜王を見た。その視線を受けた冬竜王は長い脚を組み、鼻で笑う。


「おかげで、良い臣下を手に入れられて満足だ」


その言葉に、氷雅の完璧な笑顔が、ほんの一瞬だけ崩れた。背中に畳まれていた翼が、ばさりと揺れる。


「……ンン」


わざとらしい咳払いと共に、何事もなかったかのように眼鏡を押し上げた。見ていた白狐が小さく吹き出している。


滅多に人を褒めることのない冬竜王の珍しい言葉に、流石の氷雅も表情が乱れた。


氷雅は緩んだ顔を誤魔化すように強引に話を切り替えた。


「さて、雪那様のお身体について、まだお伝えすべきことがあるのでは?」


「あぁ、そうじゃった。雪那、腕を出してごらん」


雪那は言われるまま左腕を差し出した。その腕にはめられた銀の腕輪。その中央には、深紅の石が埋め込まれている。


秋叡王はその石へ手をかざした。ぼうっ、と青白い光が広がり、複雑な円陣が幾重にも浮かび上がり、ゆっくりと石へ吸い込まれていった。


雪那は息を呑む。まるで空に描かれた星図のような美しい術式だった。


「よし、これでよい」


「これは?」


「部屋へ張っておった結界をな、お前さん自身に身に付けられるよう加工した。これで部屋の外にも出られるじゃろう」


それはきっと、秋叡王の気遣いだった。雪那は光を取り込んだ腕輪をそっと指でなぞる。


「外へ……?」


「うむ。まぁまだ冬の国に帰してやることは出来んがのう。力はこの石に込められた冬坊のものを使っておる。お前さん自身に負担はない」


こんな高度な術式を。まるで息をするかのように施してしまう。その技量に、雪那は畏敬の念すら覚えた。


「ありがとうございます」


自然と頭が下がる。秋叡王は優しく目を細めた。


「とはいえ、あくまで応急処置じゃ。共鳴そのものを止める方法は、まだ見つかっておらん。暫くは治癒術式も使わん方が良い」


雪那は唇を噛む。自分のせいで、冬竜王だけじゃない、氷雅にも秋叡王にも迷惑をかけて、時間を取らせてしまっている。


「分かりました。ご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ございません」


その言葉に、秋叡王は少しだけ目を丸くした。そして、ふっと笑い杖の上で手を重ねる。


「冬坊を眠らせたと聞いた」


脈絡の無い話に、雪那は目を瞬かせる。秋叡王は哀れみと慈愛の満ちた目で冬竜王を見つめる。


「こやつが眠れんのは昔からじゃ。可哀想でのう。儂も色々試した」


「おい翁、余計なことを」


「黙れ冬坊」


冬竜王が顔を顰めて止めようとするが、秋叡王にぴしゃりと遮られて口を噤む。


「じゃが、駄目じゃった。なまじ人より強い力を持って生まれてしまったせいで、眠れないまま長い年月が過ぎた」


秋叡王は雪那へ視線を戻した。冬竜王を見た瞳と、同じ感情を抱いて、雪那を見つめる。


「お前さんの話を聞いた時、儂は冬坊を思い出した。お前さん達は、少し似ておる」


「……え?」


「望まぬ力に振り回され、大切なものを山ほど失って、それでも生き続けるしかなかった」


癒えていない傷に触れられたように、雪那がグッと唇を噛み締める。雪那の手に、秋叡王の温かい手が重なる。


「いいか、お前さんは何も悪くない。謝らなくていい。誰かの犠牲の上に成り立つ奇跡など、あってはならんのじゃ」


穏やかな笑みが消える。代わりに現れたのは、王の顔だった。その瞳には、何千年という時の中で積み重ねられた叡智と信念があった。


「雪那。お前さんは冬坊の夜を終わらせてくれた。それだけで、儂にとっては助ける理由になる。じゃが、それだけではない」


重ねられた手が熱を持つ。縫い付けられたように、黄昏色の瞳から目を離せない。


「いいか、雪那。春の国の所業は、許されるものではない。王として、儂は春の国の所業を、認められん。お前さんを守ることは、儂の誇りを守ることでもある」


雪那の心に、秋叡王の言葉が落ち葉のように降り積もる。


長い年月秋の国を治める、王としての絶対的な信念と覚悟。高潔なる精神。


雪那の境遇を知って、冬竜王も、炎流王も、秋叡王も誰も責めない。守るべき存在として扱ってくれる。


それがどんなに、雪那の心を救ってくれるか。


「儂らの秋の国は学問の都じゃ」


湧き上がる涙を堪えるように俯いた雪那に、穏やかな声が落ちる。


「閉ざされた籠の中しか知らぬ娘よ。儂らの国は、学ぶ者を拒まない。好きなだけ世界を見なさい。好きなだけ学びなさい。お前さんを縛る者は、ここにはおらん」


その言葉は、春の国によって擦り減った雪那の胸の奥に、深く深く染み込んでいく。


秋叡王は重ねていた手を離し、柔らかく笑った。


「今は、身体を休めることだけ考えなさい」


雪那が小さく頷くと、秋叡王は踵を返す。


「行くぞ、氷雅」


「はい」


氷雅が頭を下げる。二人は静かに部屋を後にした。


扉が閉まる。部屋には静寂が戻った。


雪那は窓の外を見る。色とりどりの紅葉が揺れている。今まで見たどんな景色よりも、その景色は鮮やかに見えた。


春の国の高い壁の向こうに、こんな世界があったのだ。知らなかったことが、きっと沢山ある。学んでみたい。見てみたい。


胸の奥に、小さな灯がともる。


それはきっと、雪那が初めて抱いた未来への憧れだった。

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