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死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


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秋の国

冬竜王は、雪那を抱えたまま、窓の外から秋の国を見下ろす。


眼下に広がる風景は、随分前から冬の国の真っ白な景色から、色鮮やかな色彩で彩られていた。


見渡す限りの紅葉が広がっていた。燃えるような朱。深く沈む紅。陽光を受けて輝く黄金色の銀杏。


色づいた木々が幾重にも連なり、山々を鮮やかに染め上げている。


風が吹くたび、無数の葉が舞い、赤と金の雨を降らせた。まるで世界そのものが、豊穣を祝福しているような光景。


秋の国。知と叡智を司る国。学術研究の中心地。


幾重にも連なる白い宮殿、谷を渡る白い回廊がそれらを繋いでいる。天へ伸びる尖塔。


山肌に沿うように築かれた無数の建物は、ひとつの巨大な都市であり、同時に巨大な学術機関でもあった。


その中心。最も高い場所に建つ壮麗な宮。秋叡宮が見える。


普通なら目を奪われる景色だった。


けれど、今の冬竜王には何一つ映っていなかった。


毛布に包まれた身体は熱く、苦しそうな呼吸が時折震える。力なく冬竜王にもたれかかる雪那の髪を、何度も梳く。


「……雪那」


もう何度目か分からない呼び掛けに、返事はない。長い睫毛は閉じられたまま。青白い頬だけが熱に染まっている。


胸の奥がザワザワと落ち着かない。馬車は最速で駆けているが、やけに遅く感じる。


間に合わないかもしれない。その考えが脳裏を掠めるたび、胸の奥を冷たい爪で掻き回されるようだった。


やがて馬車が大きく揺れ、停止する。外から慌ただしい声が聞こえた。


「陛下!!お待ちしておりました!!」


馬車の扉が開き、紅葉の香りを運びながら秋の風が吹き込む。


先に到着していた氷雅が駆け寄り、頭を下げて出迎える。その後ろには、秋の国の臣下達が揃っていた。


「準備は整っております」


冬竜王は雪那を抱いたまま馬車を降りる。


「遅いわ阿呆」


しわがれた声が響く。石段の上。白髪と長い髭を風に揺らした老人が、杖に両手を預け立っていた。


小柄な身体。だが、その場の誰よりも大きな存在感。臣下たちが自然と道を開ける。


冬竜王は雪那を揺らさないように慎重に階段を登り、その老人の前に立つ。


そして、冬竜王が静かに頭を下げた。


「翁、助けろ」


老人の白い眉毛ががぴくりと動く。そして深いため息を吐いた。


「誰に言っとるんじゃ、この阿呆」


そう言いながら、翁と呼ばれた老人

ーーー秋叡王は、冬竜王が抱きかかえる雪那に視線を落とす。


「……ほう」


低い声が落ちた。


「これはまた、厄介なことになっとるのう」


豊かな白髭を撫でつけながら、秋叡王は唇を引き結び、冬竜王と雪那を宮殿に迎え入れた。


秋叡王の後を追い、冬竜王は宮の奥へと進む。


幾つもの回廊を抜け、幾つもの扉を越え。辿り着いたのは、ひどく静かな一室だった。


窓から差し込む夕陽が、室内を柔らかな黄金色に染めている。


「そこへ寝かせろ」


部屋の中央に置かれた寝台を顎で示される。冬竜王は頷き、雪那をそっと横たえた。まるで壊れ物に触れるような手付きだった。


秋叡王はその様子を一瞬だけ見つめる。


そして何も言わず、寝台へ歩み寄り、雪那の寝衣へ手を掛ける。


胸元が開かれ、そこに埋め込まれた王石を見た秋叡王の眉間に、深い怒気が刻まれた。


「……なんということじゃ。本当にやりおったか。人間に王石を埋め込むなど……」


怒りとも呆れともつかない声だった。皺だらけの指先が、黒く濁った石に触れる。


まるで生き物のように脈打つ禍々しい色を見て、秋叡王は静かに息を吐いた。


「この娘が、お前が春の国から攫ってきたという奇跡の巫女か」


「あぁ。助かるのか」


その声には押し殺した焦燥が滲んでいた。


秋叡王は答えない。王石へ意識を沈めるように目を閉じ、ぶつぶつと独り言のように呟く。


「これは……呪詛か?いや……春の国の王石を通して……」


細い糸を手繰り寄せるように、秋叡王の指先が雪那の王石を撫でる。


そして、ゆっくりと王石に触れていた手を離す。


「違うな……それだけではない。本体と呼び合っているのか……?」


秋叡王は吐き捨てるように言った。部屋に重い沈黙が落ちる。


冬竜王には、雪那に何が起きているのか、秋叡王の断片的な言葉では理解できない。


だが、状況が最悪だということだけは分かった。


冬竜王には、ただ雪那の手を握ることしか出来なかった。


熱い。握り返してこないその手は、あまりにも弱々しかった。


ただ見ていることしか出来ない。そんな自分に、胸の奥が焼けるように苛立った。


やがて、秋叡王が顔を上げる。


「よし、やるぞ」


秋叡王の目には迷いがなかった。深い叡智が刻まれた瞳で冬竜王を見つめ、手にした杖で床を叩く。


「おい冬坊、突っ立っとらんで来い」


「あ?」


「お前の力を借りる」


秋叡王は部屋の中央へ歩いていく。そして床へ杖の先を当てた。


すう、と光が走る。床に複雑な紋様が描かれていく。円。文字。幾何学模様。まるで古代の術式そのものだった。


「とりあえず結界を張る」


「結界?」


「説明しとる時間はない」


ぴしゃりと切り捨てられ、冬竜王は黙って陣に近寄る。秋叡王は懐から小刀を取り出し、そのまま冬竜王へ放った。


「血を」


術式の中央を指差す。冬竜王は躊躇わなかった。刃を握り、そのまま自らの手首を斬り裂く。


鮮血が溢れ、ぼたた、と赤い血が術式の中心へ落ちる。


最後の一滴が落ちた瞬間、秋叡王が杖を高く掲げる。


そして、床へ叩き付ける。


術式が眩く輝いた。青白い光が爆発するように広がる。床を走り。壁を駆け上がり、天井へ届くと、部屋全体を飲み込んだ。


光はまるで生き物のようだった。静かに、優しく、けれど絶対に侵入を許さない意志を持って、室内の隅々まで満たしていく。


雪那の身体を包み込み、王石を覆い。


やがて、ふっ、と。蝋燭の火が消えるように光が収束した。


静寂に包まれた部屋で、秋叡王が深く息を吐く。


「これで少しは時間が稼げるじゃろう」


その言葉と同時に、雪那の胸元で脈打っていた黒い王石が、脈動を止めた。


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