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死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


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恐怖

泣きじゃくる雪那を抱き締めながら、冬竜王は途方に暮れていた。


何百年も生きてきた。数え切れない死を見てきた。国を守り、敵を屠り、王として在り続けてきた。


それなのに、腕の中で震えるたった一人を、どう慰めればいいのか分からない。


「落ち着いたか?」


「ッ、はい……大丈夫、です」


雪那はまだ息を詰まらせながら、何とか泣き止もうとする。冬竜王は大きな手でただ背中を摩ることしか出来なかった。


雪那が零れ落ちそうになる涙を、手のひらで拭おうとするのを手首を掴んで止めさせる。


「擦るな。腫れるだろう」


「……はい」


代わりに武骨な指先が、繊細な手付きで雪那の涙を掬う。


離れることを怖がるように、雪那の指が冬竜王の黒衣を手繰り寄せる。


やがて、雪那の泣き声は少しずつ小さくなり、涙に濡れた瞳が、ゆっくりと閉じられた。


疲れ果てたのだろう。冬竜王の胸元へ額を押し付けたまま眠ってしまう。


冬竜王はその寝顔を見下ろした。泣いたせいで瞼は赤い。頬には涙の跡が残っている。


雪那を抱き締めたまま、冬竜王は寝台に横たわる。そして、二度とこんな顔はさせない。と、心に深く刻み、静かに目を閉じた。




翌朝。


腕の中にいる雪那が、身じろぐ気配がして、冬竜王は目を覚ます。


その温もりを確かめるように抱き寄せ、違和感に眉を顰めた。


瞬時に意識を覚醒させ、雪那の顔を覗き込む。


「雪那」


名前を呼ぶが返事はなく、ただ苦しそうな呼吸だけが浅く漏れている。


汗で張り付く前髪を掻き分け、額へ触れる。


熱い。


触れた手から伝わる熱さに、冬竜王は眉間に皺を寄せた。寝台から起き上がり、震える身体に布団をかけ直す。


「白狐!!」


王城中へ響きそうな鋭い声だった。三拍の後、扉が勢いよく開く。


「主様、お呼びでしょうか?」


駆け込んできた白狐は、冬竜王が示す寝台を見て、目を見開いた。


雪那は苦しそうに息をしている。頬は熱に染まり、額には汗が滲んでいた。


「氷雅を呼べ」


「っ、はい!」


白狐は飛び出していく。


冬の国に人間の医師はいない。妖魔は人間ほど病に弱くない。ましてや王城に仕える上位妖魔たちが医術を必要とする機会など、ほとんど存在しなかった


雪那が発熱したこの状況で、自分が打てる手がないことに、冬竜王は苛立ちを抑えるように拳を握り込んだ。


ほどなくして呼ばれた氷雅が、雪那を診察する。額に触れ、脈を測り、呼吸を確認する。やがて顔を上げた。


「……陛下。私は人間を診たことがないので、詳しくはわかりません。けれど、雪那様は冬の国にきてから、環境の変化による慣れない寒さ、夏の国での治癒術式の酷使、そして蓄積した疲労もあるでしょう。まずは身体を休めさせるのが優先かと」


「……あぁ」


氷雅が離れると、白狐が雪那の寝衣の乱れを直し、布団を掛け直す。冷たい水で手巾を濡らし、火照る額に乗せる。


冬竜王は黙って雪那を見た。氷雅の言葉を聞いていたのか、雪那が薄く瞼を開く。


熱に潤んだ灰色の瞳は、意識がはっきりしないのか、焦点も合っていないようだった。


「冬竜王、さま……ご迷惑を、お掛けして……」


苦しそうな息の合間に、掠れた声で謝る声に、冬竜王は眉間に皺を刻んだ。


「今は休め」


低く言う。雪那は小さく頷き、そのまま再び気絶するように目を閉じる。


すぐ治る。ただの疲労だろう。数日もすればまた笑うだろう。そう思っていた。



けれど、その日の夜から、熱は更に上がった。


発熱してから三日経ったが、雪那の意識は朦朧とし、食事もろくに摂れない。呼びかけても反応はなく、ほとんど目を覚まさなくなっていた。


「陛下、一度お休みになられた方が……」


「私たちが雪那様を見ておきます」


静まり返った部屋で、後ろに控える氷雅と白狐が、ここ数日寝台の傍を離れなず、食事も睡眠も取らない冬竜王を気遣う。


もし、このまま目を覚まさなかったら。その考えが頭を掠めた瞬間、冬竜王は前髪を掻きむしるように掴んだ。


背筋を、氷の塊で撫でられたように、ゾクっと震えが走る。


あり得ない。雪那の身体には王石がある。王石の力によって自己再生すら行われている身体だ。


ただの熱でこうなるはずがない。何かがおかしい。


ーーー王石?


その言葉が脳裏を過る。


冬竜王は寝台へ身を乗り出し、雪那の寝衣を開く。


そして、息を止めた。


胸元に埋め込まれた王石。本来なら雪那の瞳と同じ灰色だったはずの王石。それが、まるで墨を流し込んだように黒く濁っていた。まるで呪いのように禍々しく。


生き物のように、どくり、どくりと中心から脈打っているようだった。


「っ、……陛下、これは……!?」


後ろからその王石を覗き込んだ白狐が、引き攣るような声を上げた。


雪那の王石から目を離せない冬竜王に、同じく後ろからその様子を見ていた氷雅が何か考え込むように顎に手を当てる。


「秋の国へ、連れて行きましょう」


冬竜王が氷雅を振り返る。その表情に、白狐が息を呑む。真冬のように冷え切った紅色の瞳が、手負いの獣のように鋭くなる。


「これは医師の領分ではありません。私が先に秋の国へ向かい、話をつけます。陛下は馬車で、雪那様を」


その鋭い視線を受けてなお、氷雅が怯むことはなく、冬竜王と真っ向から対峙する。


冬竜王は目を閉じ、長く息を吐いた。けれど胸の奥で暴れる焦燥は消えない。


その衝動を力ずくで押し殺し、ゆっくりと目を開く。


「……行け」


「お待ちしております」


その言葉に押されるように、氷雅が窓へ向かう。背中に畳まれていた巨大な剛翼が広がった。


月光を受けて蒼く煌めき、氷雅の身体は夜空へ飛び出していた。


残された冬竜王は寝台へ歩み寄り、毛布ごと雪那を抱き上げる。


あまりの軽さに、胸が締め付けられた。


どれだけ早く連れて行きたくても、弱った雪那を抱えたまま空を飛ぶわけにはいかない。


白狐が慌ただしく馬車の用意のために部屋を出て行く。冬竜王の尋常ではない空気に、王城の者達が慌ただしく道を開ける。


冬竜王は誰も見なかった。ただ、腕の中の雪那だけを見ていた。


熱に浮かされ、苦しそうに呼吸する雪那だけを。


二度と失わないと誓ったばかりだった。なのに、その温もりが指の間から零れ落ちていくようだった。


そしてそのまま馬車へ乗り込む。


秋の国へ向かうために。雪那を救うために。


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