雪の庭
きん、と冷たい朝の空気が雪那の頬を撫でる。重たい瞼を上げると、朝日に照らされた冬竜王の彫刻のような整った顔が目に入る。
澄み渡るような青空が広がっていても、冬の国の寒さは変わらない。まだぼんやりとした意識のまま、暖を求めるように雪那は冬竜王に擦り寄る。
「……朝か」
冬竜王が、目を覚ます。まだ慣れない覚醒の感覚に、一度きつく目を閉じる。
腕の中にいる雪那を深く抱き込んだまま、霧がかった意識を切り替える。
「……おはようございます」
「あぁ」
冬竜王が目覚めた気配に、雪那は眠そうに目を擦りながら身体を起こす。
冬竜王の身体が離れる。それだけのことなのに、少しだけ寒さが増した気がした。
冬竜王が部屋を出ていくと、白狐がやってきて、身支度を整える。
白狐は昨日と変わらず、何かと雪那の世話を焼きたがる。甘やかされるのは、まだ少し慣れない。
「折角晴れているので、お庭に出てみたいのですが…冬竜王様がいないと難しいですか?」
「……許可を頂いてきましょう。少々お待ちを」
白狐は一瞬固まったが、雪那の願いを叶えるためならと、冬竜王の元へと足を運んだ。
王城の庭園は、雪は残っているものの、晴れているからか、散歩するには問題なく整えられていた。
時折差し込む陽射しが雪を照らし、きらきらと輝かせる。
羽雲が雪那の隣から駆け出し、雪の上を走り回る。雪那はその光景を眩しそうに見つめた。
そして、雪那の後ろには白狐と、護衛として獅子丸が控えていた。まさか庭を散歩したいと言っただけで、冬竜王の側近である獅子丸を護衛として付けてもらえるとは思っていなかった。
「獅子丸様、申し訳ありません。私の我儘で……」
「陛下のご命令だからな、構わん。それより、様付けはやめてくれ」
「そうですよ雪那様。獅子丸でいいのです」
「でも……」
白狐は雪那が雪に足を取られて転ばないように手を差し出しながら、獅子丸を振り返る。
「陛下の恩人だ。問題ない」
「あなたは、雪那様とお呼びなさい」
「それはちょっと……。では、獅子丸さんとお呼びしても?」
「あぁ。こちらは雪那殿と呼ばせて頂こう」
獅子丸は表情を変えないまま、ただ雪那の後ろを静かに着いてくる。
たまに他の妖魔が通りかかっても、冬竜王の側近である白狐と獅子丸の姿を見ると、静かに視線を逸らし去っていく。
その様子を見ていた白狐が、くすりと微笑む。
「あなたがいると良い魔除けになりますね」
「ふん、そのために呼んだんだろう」
普段は穏やかな白狐も、獅子丸を前にすると何故かツンとした態度になる。側近同士思うことがあるのだろうか、と雪那は内心首を傾げた。
「うにゃにゃん!!」
「羽雲、もう満足したの?」
駆け回っていた羽雲が、柔らかな毛に大量の雪をつけて雪那の元に戻ってくる。顔周りの雪を落としてやると、羽雲は気持ち良さそうに目を細めた。
「湯に入れた方が早いだろう」
「確かに……」
「いくら晴れてるとはいえ、人間にはこの寒さは堪えるだろう。そろそろ部屋に戻れ」
一見無表情に見えるが、雪那はその不器用な言葉に、心配が含まれてるのを感じ取って、思わず笑った。
「では、戻りましょうか。獅子丸さん、ありがとうございました」
「うむ」
簡潔に頷いて去っていく獅子丸の背を、頭を下げて見送り、白狐と羽雲と共に部屋に戻る。
部屋に戻り、羽雲と共に湯浴みを終えた雪那は柔らかな寝衣に身を包み、冬竜王の部屋で穏やかな時間を過ごしていた。
窓の外には月が浮かび、雪に覆われた庭を淡く照らしていた。
雪那は寝台に腰掛け、本を読んでいた。けれど、冬竜王が帰ってくる時間が近づくにつれて、本の内容が頭に入ってこなくなる。
以前なら考えられなかったことだった。誰かの帰りを待つこと、誰かが来ることを楽しみにすること。
本を閉じて窓の外を見る。すると、ちょうどその時だった。
扉が開き、冬竜王が戻ってきた。黒衣を纏った大柄な身体。長い黒髪。血のように紅い瞳。氷のような美貌。今では、その姿を見るだけでほっとする。
「お帰りなさいませ」
雪那が寝台から降り、冬竜王を出迎える。冬竜王は短く頷いた。
いつも通りだった。本当に、いつも通りだった。
「今日は獅子丸さんを護衛につけて頂きありがとうございました」
「……あぁ」
「もうお眠りになりますか?」
雪那を見ずに頷く冬竜王に、疲れているのかと、自然に手を伸ばした。
バシッ
乾いた音がした。雪那の手が弾かれる。
時間が止まった。
灰色の瞳が大きく見開かれる。何が起きたのか理解できなかった。宙に浮いた行き場のない手が震えた。
「と、う竜王様……?」
震えた小さな声が口から溢れる。
ただ、その燃えるような紅い瞳は雪那を拒絶していた。




