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死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


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閉ざされた夜


扉を開けた瞬間だった。


濃密な血の匂いが雪那を包み込んだ。部屋の空気そのものが重い。


血の匂いと、熱を孕んだ空気。獣の巣穴へ足を踏み入れたような、本能的な危機感が全身を駆け巡る。


部屋の奥、大きな寝台の上に、冬竜王は座っていた。


薄暗い闇の中に溶け込むような黒髪。闇そのものを纏ったような黒衣。けれど、その血の如き紅い双眸だけが、異様な光を放っていた。


ぎらり、と。獲物を見つけた獣のように。


「……出て行け」


熱に浮かされたような声だった。低く掠れている。けれど、その奥に潜む危険だけは嫌というほど伝わってきた。


雪那は思う。まるで飢えた獣だ、と。


傷を治していないのだろう。肩口から脇腹まで、あちこちの傷口が血で濡れたまま、流れた血が服を濡らし、寝台を赤く染めていた。


雪那はゆっくりと一歩踏み出す。慎重に。刺激しないように。


「来るな」


聞いたこともないほど低い声だった。空気が震える。本能が悲鳴を上げる。逃げろ、近付くな、と。


冬竜王は紅い瞳から雪那を締め出すように瞳を閉じた。


「今の俺では、手加減できん」


声が落ちる。重く。鋭く。雪那はその声を聞いて、無性に泣きたくなった。


「死にたくなければ出て行け」


突き放すような声音だった。だが、雪那は首を振る。怖い。恐ろしい。けれど、こんな時まで、雪那を傷つけまいとしてくれる冬竜王の傍に行きたかった。


震える足で距離を縮める。紅い瞳が、再び雪那を捉える。


次の瞬間には、視界が揺れていた。気付けば大きな手が首を掴んでいた。


「っ……!」


息が詰まる。気道が圧迫される。肺が悲鳴を上げる。


血塗れの爪が、首に食い込む。今の冬竜王は限界まで追い込まれている。


血を流し、理性を削り、眠るためだけに。その結果、本能が強く呼び覚まされているようだった。近付くものを許さない。傷付ける前に追い払う。ただそれだけの状態だった。


雪那は潰された喉の奥から、必死に言葉を絞り出す。


「あなた、を……治したく、て……」


紅い瞳が僅かに揺れた気がした。


「出て行け。次はない」


首を締めていた手が離れ、支えを失った雪那はその場へ崩れ落ちた。


激しく咳き込む。酸素を求める肺が苦しい。それでも。


雪那は冬竜王を見上げた。見下ろしてくるその姿は、いつもと違う。彼の中で熱が渦巻いている。理性と本能がせめぎ合っている。そんな風に見えた。


雪那は床へ手を付き、立ち上がる。震える足に力を入れて、冬竜王の傍へ。


そして、そっと誰の血で汚れたかも分からない腕へ触れた。


その腕が、雪那の身体を振り払う。本能だった。考えるよりも早く、近付く存在を排除するために。


雪那の身体は部屋の壁へ叩き付けられる。鈍い音が響いた。


雪那は衝撃で霞む視界で、冬竜王を捉える。口から、血が溢れた。内臓のどこかを、負傷したのかもしれないと、他人事のように頭の片隅で考える。


雪那はゆっくりと起き上がった。衝撃はある、けれど痛みはない。


この身体で良かった、と初めて思った。ぐ、と口から溢れた血を腕で拭う。身体が勝手に動き、腹に手を当てて治癒する。


雪那はまた立ち上がる。ふらふらと、それでも前へ進む。


「いい加減にしろ」


冬竜王の声が落ちる。闇の檻に囚われたような氷の双眸。その瞳が雪那を射殺すように貫いた。


「殺されたいか」


雪那は寝台の前まで辿り着く。もう一度吹き飛ばされるかもしれない。次こそ本当に殺されるかもしれない。それでも足は止まらなかった


そして、冬竜王を真っ直ぐ見つめて微笑んだ。泣きそうなほど優しく。


「良いですよ。あなたが終わりにしてくれるなら」


その言葉に、冬竜王が目を見開く。理解出来ないものを見るように。


「でも」


一歩。また一歩と距離を詰まる。最後の距離を縮めて、雪那は寝台に座る冬竜王の前に立つ。


「それは、あなたを治してからです」


灰色の瞳が、血塗られて赤黒く染まった冬竜王の姿を映す。


「そばに、いさせてください。あなたが望んでくれるなら、私は手を繋いで、あなたが眠れるまで、ずっと一緒にいます。どこまでも、一緒に行きます」


祈るような声だった。何の打算もない。何の見返りも求めていない。


ただ純粋に、目の前の男を案じる声。


「だから、治させてください」


雪那は、そっと手を伸ばし、その頬に触れた。


静寂が落ちた。


血の匂いだけが漂う薄暗い部屋で、その中で、冬竜王だけが、今まで見たことのない顔で雪那を見つめていた。


理解できなかった。何故逃げない。何故泣かない。何故そこまでして近付いてくる。


そんな人間を、冬竜王は知らない。

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