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死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


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門番


武闘会は終わりを迎える。


結果は、誰もが予想した通りだった。最後まで立っていた四人の戦士達も、一瞬で地へ伏した。


観客席を揺るがす歓声。王の名を叫ぶ声。誰もが熱狂していた。けれど雪那だけは違った。終わっても立ち上がれない。膝の上で握り締めた手が震えている。


視線の先では、冬竜王が血を流したまま闘技場を後にしていた。その背中から目を離せない。


気付けば、隣にいた氷雅の姿も消えていた。


「雪那様」


白狐が優しく名前を呼ぶ声がした。その声に導かれるように、のろのろと顔を上げる。


「戻りましょう」


雪那は小さく頷いた。どうやって部屋へ戻ったのか分からない。白狐に手を引かれ、気付けば部屋の長椅子へ腰掛けていた。


暖炉の火が静かに揺れている。雪那の胸は、少しも落ち着かなかった。白狐が心配そうに覗き込む。


「雪那様、大丈夫ですか?」


「冬竜王様は……?」


白狐の表情が僅かに曇る。


「お部屋にいらっしゃると思います。ですが、本日はお会いになれません」


雪那は立ち上がった。あの人のそばへ行きたいと、強い気持ちが胸を焦がすようだった。


「雪那様!いけません!」


「どうしてですか?」


歩き出そうと、部屋から出ようとした雪那の腕を、白狐が掴む。振り返った雪那の灰色の瞳が揺れている。


「主様はお休みになられます」


「だから、行きたいんです」


その返答に、白狐が息を呑む。雪那は小さく唇を震わせ、血に塗れた背中を思い出す。


「あの方を、一人にしたくありません」


白狐の目が見開かれる。その一瞬だった。腕を掴む力が緩む。


雪那は走った。白狐の制止を振り切って、廊下を駆ける。まともに走ったこともない雪那の足は、もつれながらも真っ直ぐ冬竜王の部屋を目指す。


心臓が苦しい。胸が痛い。それでも止まれない。冬竜王の部屋へ。あの人の元へ。


白狐は追いかけながらも、途中で足を止めた。止められなかった。もしかしたら、雪那なら。今までの誰とも違う雪那なら。


何かを変えられるかもしれない、そんな期待を抱いてしまったから。



やがて雪那は辿り着く。


冬竜王の私室。その前に立っていた二人の姿を見て足を止めた。


いつの間にか隣から姿を消していた氷雅と、そして獅子。


まるで門番だった。何者の侵入も許さないように、部屋を守るように立っている。


氷雅が息を乱してやってきた雪那を見て、眉を上げる。


「おや」


穏やかな笑み。けれど、その目の奥は笑っていない。猛禽類のような瞳が、鋭く細まる。


「何をしに来られたので?」


「冬竜王様に、会わせてください」


「陛下は誰ともお会いになりませんよ」


その言葉で、雪那は唐突に理解した。


あの時、氷雅が言っていた。私達の仕事はこの後が本番だと。


あれは、眠ろうとする冬竜王の護衛だったのだ。ほんの僅かでも眠れるように、安心して眠れるように、誰も近付けないための。


雪那は唇を引き結ぶ。


「入れてください。あの方を、一人にしたくないんです」


「ならん。誰も通すな、それが陛下のご命令だ」


獅子が低く唸る。有無を言わせぬ声だった。雪那は息を整え、頭を深く下げる。


「お願いします。傍にいかせてください」


引き下がらない雪那の態度に、獅子の眉間に皺が寄る。氷雅がため息を吐き、肩を竦めた。


「獅子丸。私が部屋まで送ってきましょう」


そう言って、雪那へ手を伸ばした。


氷雅の指先が、雪那の腕に触れようとした瞬間、雪那の足元に淡い銀色の術式が広がる。


バチッ、と、青い火花が散る。まるで雷に打たれたような音がした。


「……っ」


氷雅の指先が痺れる。警戒するように、眼鏡の奥の瞳が鋭く細められた。


雪那自身も驚いていた。今のは治癒術式だ。けれど、傷を癒すはずの術式が、まるで拒絶するように相手を弾き返した。


雪那は一歩も退かない。灰色の瞳だけが強い意志を宿していた。氷雅が苦笑する。


「優しく言っているうちに引きなさい」


「陛下の眠りを邪魔するな」


邪魔したいわけではない。違う。そうじゃない。


雪那は拳を握る。ただ、たった一人で、こんな眠り方をする人を、放っておけなかった。


何の役に立たなくてもいい。何も出来なくてもいい。それでも、せめて。


そばにいたかった。


「通して頂けないのなら、力づくで入ります」


「お前は、治癒術式しか使えぬはずだが」


どう対処するべきか獅子と氷雅が目を見合わせて考え始めたその時。


「……獅子丸。氷雅」


聞き慣れた声がした。雪那を後から追ってきた白狐だった。白狐は、覚悟を決めたかのように静かに告げた。


「雪那様を、中へ」


「何を言っている」


「お前まで血迷いましたか」


二人が怪訝そうに眉を顰める。白狐はもう迷わなかった。


「私が責任を取ります」


揺るがぬ声だった。たった一人の主君のために、白狐もまた覚悟を決めたのだった。


「私達ではどうにも出来ない夜を、雪那様なら、変えてくださるかもしれない」


氷雅の瞳が僅かに揺れた。やがて、小さく息を吐く。


冬竜王は、雪那一人に傷付けられるような存在ではない。雪那が死ぬことはあっても、冬竜王が死ぬことはない。


そう結論付けた。


「……好きにしなさい」


氷雅が壁から身を離す。獅子丸も不満そうに顔を歪めながら退いた。


道が開く。


白狐がそっと雪那の背中へ手を添えた。そして、深く頭を下げる。


「私達の主を、どうか、お願いします」


雪那は静かに頷いた。


そして。


冬竜王の部屋の扉を開いた。


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