万雷の歓声
武闘会当日。
雪那は白狐に案内され、闘技場の観客席へと足を踏み入れた。
その瞬間、思わず足を止める。
「……すごい」
漏れた声は歓声に掻き消された。冬の国とは思えない熱気だった。
数日前から、武闘会の開催が近付くにつれて城全体が浮き足立っているような空気は感じていた。
だが、会場の熱気は、比べ物にならない。
巨大な円形闘技場。幾重にも重なる観客席。その全てが妖魔や獣人達で埋め尽くされている。
角を持つ者、翼を持つ者、獣の耳や牙を持つ者。雪那が見たこともない種族までいる。
誰もが興奮していた。獣としての本能を剥き出しにするように。強者の戦いを待ち望むように。
殺気と熱気と興奮が渦巻いている。雪那は圧倒されるように周囲を見回した。隣で白狐が苦笑する。
「すごい、熱気ですね」
「皆、強者共の闘いを心待ちにしていましたからね」
白狐は観客席を見渡した。過去、自分も参加した大会の高揚感を思い出す。
「どんな方々が集まるのか、私も少し楽しみです」
「ふふ。私もですよ。さぁ、主様が入場されますよ」
ーーードンッ
重い音が響いた。太鼓のような音だった。
それは一度。隣の白狐の声さえ届かない騒音の中で、ただ一度だけ。
それだけで。
今まで会場を満たしていた怒号も歓声も、嘘のように消えた。
雪那は思わず息を呑む。静かだ。水を打ったように静まり返っている。
誰一人として声を上げない。その音に導かれるように、誰もが同じ場所を見ていた。
闘技場の最上段。王のために用意された巨大な物見台。漆黒の王座。
雪那も自然と視線を向ける。
そして――。
闇が揺れた。誰もが息を呑む。数万の視線が、一点へ集まる。
闇から溶け出したように、冬竜王が姿を現した。
次の瞬間、地鳴りのような歓声が爆発した。闘技場全体が揺れ、空気が震える。鼓膜が痛いほどの歓声。声にならない咆哮。内から漏れ出る雄叫び。
それは歓声というより信仰だった。熱狂だった。狂気だった。
誰もが立ち上がる。誰もが叫ぶ。誰もがその姿を見ようと手を伸ばす。
漆黒の髪、血のような紅い双眸、夜そのものを纏ったような黒衣。言葉一つで、この世のありとあらゆるものを跪かせる存在。圧倒的な威容。
冬竜王はその歓声に答えることもなく、玉座に腰を下ろす。
数万の視線を浴びながら、その身で全ての熱狂を受け止めながら、その表情が揺らぐこともなく。ただ、それが当然であるかのように。
氷のような双眸が、闘技場を見下ろす。
「始めろ」
その一言だけで充分だった。熱狂に包まれていた会場が、一瞬で統制される。歓声を上げていた妖魔たちが、我に返ったように頭を垂れ、膝を折る。強者として。崇高なる王として。そして畏怖すべき存在として。
雪那はその光景に、目を見開く。部屋で本を与えてくれた人、肩を抱いて歩いてくれた人。生きる理由をくれた人。
同じ人物だとは思えない。
ただそこに在るだけで、数万の妖魔達が頭を垂れる。誰一人として逆らおうとすら思わない。圧倒的な力。圧倒的な格。
冬竜王はそんな歓声も、跪く群衆も当然のように見下ろしていた。
雪那はただ、その姿から目を離せなかった。白狐が言っていた言葉を思い出す。
――皆、主様の力に魅せられた者達です。
その意味を。
雪那は今、初めて理解しかけていた。




