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死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


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33/60

王を仰ぐ理由


本を捲る音だけが静かに響く部屋で、暖炉の火がぱちりと弾ける。


雪那は長椅子に座ったまま、夢中で本を読んでいた。分厚い本の頁をめくるたび、知らない世界が広がる。知らない国。知らない歴史。知らない文化。


春の国で与えられていた本とはまるで違う。こんなにも世界は広かったのかと、読むたびに驚かされる。


冬竜王はそんな雪那を眺めながら、向かいの長椅子へ深く腰掛けていた。


先程まで暇を持て余して城中を歩き回っていたとは思えない集中力だった。やはり読みは当たっていたらしい。


コン、と控えめな音が扉から響く。


「主様、少し宜しいですか」


聞き慣れた白狐の声だった。冬竜王が視線だけを向ける。


「入れ」


扉が開き、白狐が姿を現した。長椅子に腰掛ける冬竜王の前に立ち、手にした書類を机に広げる。


「武闘会についてですが、試合前に何名かから主様に謁見したいという申し出が」


「あぁ、調整しておけ」


武闘会。聞き慣れない単語だった。本に集中していた雪那が顔を上げ、首を傾げる。その反応に気付いた白狐が穏やかに笑う。


「ご存知ありませんか?」


「はい」


素直に頷く雪那に白狐は向き直った。読みかけていた本を閉じた雪那が、初めて聞く単語に耳を傾ける。


「武闘会とは、冬の国最大の催しの一つです。この城の者だけではありません。冬の国全土から力自慢や強者達が集まり、主様の御前で試合を行います」


「御前試合……」


「ええ。強者同士が戦い、勝ち抜いた者には栄誉が与えられます」


弱肉強食を謳う冬の国らしい催しだった。そして、と白狐が涼しい目元を和らげて続ける。


「それだけではありません」


「?」


「勝ち残った数名は、主様と戦う権利が得られるのです」


雪那は思わず目を見開いた。隣に座る冬竜王の顔をまじまじと見つめる。雪那はまだ、冬竜王の本当の力を知らない。


「冬竜王様と?」


「はい」


冬の国の王にして、妖魔達が畏れ敬う絶対的な存在。その力と直接対峙できる機会を前に、白狐は肩を竦めて苦笑いを溢す。


「ですので毎年大騒ぎになります」


「それは……そうですね」


雪那は納得した。妖魔達がどれほど冬竜王を敬っているかは、この城へ来てから嫌というほど見ている。


その冬竜王と戦える。確かに一大行事になるだろう。


「なぜ、冬竜王様も戦われるのですか?」


雪那の問いに、一瞬だけ空気が止まった。冬竜王も白狐も僅かに動きを止める。


雪那がその違和感に気付く前に、白狐がすぐに笑顔を浮かべた。


「力を示すのも王の務めですから」


「そう、なんですね」


「血の気の多い奴らが多いからな。言葉で理解させるより、力を見せた方が早い」


その声音はどこまでも淡々としていた。当たり前の事実を述べているだけ。そこに驕りも自慢もない。


雪那は少しだけ驚いた。冬竜王の力のほんの一部しか知らない自分には、まだその大会の本当の価値を理解出来ていない気がした。


そんな雪那へ、冬竜王は何気なく続ける。


「白狐も元は武闘会の参加者だ」


「え?」


雪那は思わず白狐を二度見する。白狐は気恥ずかしそうに目線を逸らす。


「主様」


「事実だろう」


白狐は細身だ。いつも穏やかで、どちらかと言えば学者や文官のように見える。とても武闘会で戦う姿など想像出来なかった。


「……本当に、白狐さんが?」


「ふふ。えぇ、昔の話です。若気の至りと言いますか……」


その笑顔からは、戦う姿は全く想像出来なかった。けれど、冬竜王の側近を務めているということは、それだけの実績があるのだろう。


「主様に力の差を教えて頂きました」


白狐は苦笑した。けれどその声音に悔しさはない。むしろ誇らしさすら感じる。


「その後、冬竜王様に仕えることに……?」


「ええ。主様の側近は、ほとんどがそうですよ。皆、主様の力に魅せられた者達です」


静かな声には、確かな敬意が含まれていた。冬竜王を見つめる白狐の瞳は、まるで眩いものを見ているかのように細められていた。


「主様と戦い、自分との圧倒的な差を知る。そして気付くのです。自分達がとれほど足掻いても辿り着けない場所に、主様が立っているのだと」


雪那もまた冬竜王を見る。自分を助けてくれた人。生きる理由をくれた人。


けれど、妖魔達が見ているのは違う姿なのだろう。圧倒的な強者。誰もが崇拝する孤高の王。神性のような力を前に、皆が頭を垂れる。


雪那はまだ、その姿を知らない。窓の外では雪が降り続いていた。


冬竜王は、本当は一体どんな方なのだろう。知らない一面を少しだけ見てみたい。


「私も見れますか?」


「構わんが、血生臭いからな」


「雪那様、その、あまりお勧めは致しませんわ」


雪那が武闘会をどう考えているかは何となく想像がつくが、その考えを遥かに凌駕する大会であると知っている二人は、何とも言えない顔で許可をくれた。


白狐や獅子、城の妖魔達の誰もが疑う余地もなく頭を垂れる冬の王。その理由を、雪那はまだ知らない。


だからこそ、少しだけ見ていたいと思った。冬竜王が立つ、その高みを。


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