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死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


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孤高の王


獅子と白狐と別れた後も、雪那はすぐには部屋へ戻らなかった。


冬の城は静かだった。磨き上げられた床を歩く足音でさえ、雪の中に吸い込まれるようだった。


先程の獅子とのやり取りを思い返す。痛みがないのは不便だろう、と。そんなことを言われたのは初めてだった。


思いがけない不器用な優しさを受け取って、大切に心の奥に仕舞い込む。


雪那は窓の外へ視線を向ける。夏の国の鮮やかな青空と違い、冬の国はいつでも分厚い雲が空を覆う。


窓から視線を戻すと、回廊の影が揺れた。気付けば前を塞ぐように三人の妖魔が立っていた。


羽雲が雪那の前に立ち、低く唸り、白い毛を逆立たせる。


雪那を貫くような彼らの視線に宿る感情は、獅子や先程の眼鏡の妖魔とは違っていた。


露骨な敵意。隠そうともしていない。


「何故だ。何故陛下はこんな軟弱な人間を傍へ置く」


「おい人間。一体何をした」


「何故お前が特別扱いされる」


責め立てるような声で問われるが、雪那には質問の意味が分からなかった。


何故、と言われても答えようがない。冬竜王が決めたことだ。自分には理由など分からない。


答えようと言葉を探している間にも、妖魔達は続ける。


「あの方は孤高の存在でなければならない」


「誰より強く、誰より気高く、誰より恐れられる存在だ」


雪那は黙って聞いていた。妖魔達の声には熱があった。崇拝。敬愛。そして妄執。長い時間をかけて積み重ねたものなのだろう。


「あの方は、人間如きが馴れ馴れしく傍にいて良い方ではない」


「今は物珍しいから置いているだけだ」


「陛下のお力を汚すことは許されん」


羽雲が唸り、今にも飛び掛かりそうだった。雪那はそっと羽雲の頭を撫でる。それでも視線は逸らさなかった。


胸の奥が少しだけ熱い。


初めてだった。怒りという感情を、こんな風に感じたのは。


雪那は彼らより冬竜王を知らない。共に過ごした時間も短い。見てきたものも違う。種族も、何もかも違う。


けれど、それでも。彼らの言葉だけは聞き流せなかった。


「皆さんが、私に何を言いたいのか分かりません」


静かな声だった。回廊が、しんと静まり返る。雪那は敵意を剥き出しにする妖魔達と真っ向から対峙する。


「冬竜王様は、生きる理由をくださいました。だから、私はあの方のそばにいます。それを、否定される理由はありません」


雪那の言葉に、妖魔達の顔が怒りで歪む。


「人間風情が!!」


「偉そうに陛下を語るな!!」


真ん中の妖魔が雪那と距離を縮め、腕を掴まれた。ぎり、と骨が軋む。細い腕が妖魔の手の中で締め上げられ、白い肌がみるみる赤黒く変色していく。


羽雲が激しく吠えた。けれど、雪那は襲いかからないよう、手で制した。


雪那は顔色一つ変えなかった。悲鳴も上げない。怯えもしない。ただ、静かに妖魔達を見つめる。灰色の瞳が、強い怒りを滲ませて揺れる。


その反応に、妖魔達の方が戸惑う。何故叫ばない。何故痛がらない。何故、普通の人間のように逃げ出さない。


「――なら」


空間全てを支配するような重い声が落ちる。その声に、妖魔達の身体が凍りついたように硬直する。


雪那が振り返る、そこにいたのは。漆黒の王だった。降り積もる雪より冷たい紅い瞳が、静かに妖魔達を見下ろしている。


「お前達が、俺を語ってくれるのか」


妖魔が弾かれたように掴んでいた雪那の腕を離し、その場へ膝をつく。顔面は真っ青だった。


振り払うように離されて、後ろに傾いた身体を、冬竜王が難なく抱き止める。雪那の腕には妖魔の指の跡が赤黒く残っている。


冬竜王の視線がそこへ落ちた。


「陛下!違うのです!」


「我々はただ!!陛下のために!!」


震える声が廊下へ響く。必死に赦しを乞う妖魔たちの前に立ち、冬竜王は怒るわけでもなく、ただ静かに言葉を落とす。


「聞いてやろう。お前達が、俺の何を知っているのかをな」


誰も答えられなかった。見えない力で押さえ込まれているように、顔を上げることすら出来ない。


そこへ、軽い足音が響いた。


「おやまぁ」


聞き覚えのある声だった。先ほど雪那に声をかけた、眼鏡の妖魔が回廊の奥から現れる。状況を一目見るなり、小さく肩を竦めた。


「陛下、この者たちに語れるほどの見識があるとは思えません」


そして冬竜王の横へ進み出て、恭しく一礼する。


「お手を煩わせるまでもありません。私が処分しておきましょう」


眼鏡の奥で、その瞳が仄暗く光る。冬竜王は興味を失ったように目を伏せた。


「城から摘み出せ」


「御意に」


眼鏡の妖魔が頭を上げ、口元に弧を描く。その笑みを見て三人の妖魔が青ざめた。


「お待ちください!!陛下!!何故です!!」


「あなた様は人間などに興味を持つ方ではなかった!!」


「私達はただ陛下を――!!」


「お静かに」


口元に人差し指をあて、眼鏡の妖魔は一切の同情も浮かべることもなく、淡々とその場を支配する。


「命を取らないだけでも温情でしょう」


怜悧な声が静かに落ちた。冬竜王はもう彼らを見ていなかった。


「行くぞ」


そのまま肩を抱かれて、冬竜王に連れられて歩き始める。


雪那は一度だけ後ろを見る。


その場に崩れ落ちる妖魔達。そして眼鏡の妖魔。彼は雪那と目が合うと、小さく肩を竦めてみせた。それだけだった。


冬竜王の腕が肩を強く引き寄せる。雪那はただ孤高の王と呼ばれたその横顔を見上げた。


窓の外では雪が降り続いていた。誰も止められない冬の中を、二人は並んで歩いていく。

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